流血日和
なんだこれなんだこれ、どういう状況だよ誰か説明しろ!
と、心の中で声を大にしても伝わるはずもない。唇は塞がれていた。キスされている。頭の中ではそれを認識しているが、身体がどう反応していいか分からない。
「……ねえシズちゃん、ちゅーしてるんだよ、ちゅー。ちょっとくらい応えてくれてもいいんじゃないの」
「誰が、テメェとなんて!」
「やだなぁ、はじめてってわけでも、ないじゃない」
何度でもしてあげるしね、吸い付いてくる臨也をどうにかしたいのに、どうにもならない。今のままではどうしたって服を着たままのこいつを濡らしてしまう―――いや、濡れてもいいか別に。俺に関係ないし。
「いい、かげん、に……ッ」
「え、ちょ……」
ザブン、と派手な音がした。迫ってくる臨也をかわすために、湯から勢い良く立ち上がり、そのまま奴の頭を風呂の湯に突っ込んでやったのだった。いきなりだったのでパニックになったのか、バタバタともがこうとしたが頭を上げられるはずはない。流石に、これで殺すつもりはないので適当なところで力を緩めると、しとどに濡れた黒髪が跳ね上がる。ぷあ、と、求めた酸素を大きく吸い込んで。
「……ひっどい、最低、けっこー濡れた……」
風呂の縁に両手をついてぜぇぜぇと息を上げている臨也はそれなりに愉快だった。こんな狭っこいところに好き好んで入ってくるのが悪い。
「ってか寒い。濡れてると」
「知るかよ」
はぁもー、などと、甲高くわめく声が風呂場に響いていた。ぽたぽたと、濡れた髪から水滴が落ちていたり、筋を引いて服に染みたりしていた。そう、衣服が少しずつ少しずつ濡れていた。
「さっさと出て行け。俺はゆっくり風呂に入りたい」
「はっ、睨んだって今、シズちゃん言っとくけど全裸じゃん。すっぽんぽんでそんな顔されたって全然、怖くないんだけど?」
「怖くなくて結構だ。邪魔だっつってんだよ」
精一杯、低い声を出してそう言い捨てる。本当にさっさと何処かへ行ってくれ。不法侵入も、それで全てチャラにしてやるから。目の前の細い身体を包んだ衣類が、重くなるように水分を吸い続けているのが分かる。それがたまらなく、嫌だった。
「邪魔って言われて素直にどく、そんな折原臨也、君は見たことがあるかなぁ」
細い腕が、手のひらが、こちらへ伸ばされてくるのがいやにゆっくりと見える。同じように細いふとももが、膝が、風呂の縁をまたいで中へ、侵入してきた。湯の。中へ。どぼん。
「……お、前なあ!」
「ふん、いいじゃん、お風呂えっち? 燃えるでしょ」
へりに腰掛けて、こちらの両肩を細い両手で掴むとぎゅっと風呂の中へ押し戻される。そうして、自分は風呂の縁に腰掛け、俺を見下して笑っていた。赤い瞳がにたりと潤んでいるのが分かる。差し伸ばされたてのひらが、俺の髪をあやすようにすくように、ゆるりとかき回す指先の甘ったるさに、後頭部からぞわりと鳥肌が立つ。ジンと、重く鈍痛を叩きつけていた腰に、痺れる何かを感じた。
「いいこと教えてあげる。シズちゃん、月のアレでしょ。だから腰とかお腹とか痛いんでしょ? おっぱいもおっきくなってるもんねぇ。張ってる。誰の子孕むだなんて、そんなの本気で言うわけないじゃないか。だってシズちゃんは俺のものなのに」
ねえ、そうでしょう。飲み込むようにまた口づけられている。黒い服はもう十分に湯を吸って、灰色になった部分がべったりと身体に張り付いていた。ラインが全て剥き出しになっている。
「孕むなら俺の子にして。ねえ、それとも俺が孕もうか」
どぷん、俺の膝の上に滑り込むように、細いからだが湯の中へ全て浸かった。恐ろしく、一瞬のことで目が白黒する。何がしたいんだ、コイツ。
「でも実はさ、俺もせーりなんだよね」
「……、お、まえ……」
「孕むのはまた今度、で、ねえ、ちょっとだけ遊んでよ」
ね、ね。額に口づけられて、そのまま鼻梁を舐められてもう一度、唇に噛みつかれた。