リーコノSS集
それは切なくも
そっと、その扉を開ける。
そこに居るだろう猫に気付かれないようにそっと。
そうして、少し開いた扉からその猫の様子を窺う。
それだけが、今の俺に出来るすべてだ。
与えられた部屋に篭り、ただ一日を過ごす。
料理や洗濯はフィリの仕事らしく、俺にはさせて貰えない。
大きな大木の周りで迷わない程度の距離のところを散歩する。
リークスの元に来てからはそれくらいしかすることは無い。
「アンタさぁ、リークス様を見習って本を読むとかもっとこう無いわけ?」
見かねたフィリに尋ねられる。
しかし、字は読むのも書くのも出来るけれど苦手としていることの一つだ。
率先してやろうと思えるはずも無い。
「・・・・・・字を書くのも読むのも下手だから」
「ふーん・・・・じゃあ、練習したら?」
「教えてくれるのか?」
「何で僕がそんなことをしなくちゃいけないのさ!」
提案してくるくらいならそのくらいしてくれても良いだろうに、即行で断られる。
そうなると他にすることは無い。
「あー・・・・・・歌を歌うとかさぁ」
「・・・・・俺が、歌っても仕方ないだろう」
誰にとって、ということ言わなくても伝わるだろう。
ここの主にとって俺はただの影なのだから。
そう言いきるとフィリは困ったように笑って、小さな声で仕方ないなと呟いた。
「え?」
「仕方ないから、僕が暇なときくらいは字の練習に付き合ってやる!」
「本当か?」
「こんなところで嘘を行っても仕方ないだろう」
「ありがとう、フィリ!」
何もすることが無いというのは辛くて、自分の存在価値を感じられなくてどんどん思考が後ろ向きになっていく。
それが少しでも改善されるのであればそれに越したことは無い。
そうして、コノエの日課にフィリとの字の練習が増えたのだ。
「違う、そこはこっちだよ」
「えっ・・・・こうか?」
「そう」
次の日から早速始まった練習にコノエは四苦八苦しながらも真面目に取り組んだ。
どこにあったのか、仔猫向けの簡単な本数冊を手本に字を綴っていく。
その途中でフィリから容赦なくダメだしをされる。
「本当に下手だね」
「悪かったな・・・・」
「いいから、手を動かしなよ」
憮然とした表情で字を綴っていくコノエをフィリは優しい表情で見守っていた。
「フィリ、最近アレはどうしている?」
フィリがリークスに食事を運んでいくとふと思い出したかのように問いかけられた。
「最近は字を教えてくれって言って来ましたね」
「字を?」
「はい。驚くくらい下手で、毎日少しだけですが練習をしてます」
答えを聞くとそうか、と呟いてまた手元にある本へと意識を戻す。
それの邪魔をしないようにそっと扉を閉めようとするとリークスが一言声を掛けた。
「少しだけ開けておけ」
その言葉に首を傾げつつも頷き、少しの隙間を残して扉を閉めた。
夜になり砦の中にも明かりが灯される。
コノエが炎を怖がるからなのか、それとも元々リークスが好きではないからなのかは知らないが道しるべの葉が至る所に置かれていた。
しかし、その明かりだけでは本を読むのには不適なのか、リークスは魔術を使って部屋を照らしていた。
その光が筋状に、少し開いた扉から零れていた。
そこからこっそり、コノエは中を覗く。
机に向かい、背中しか見えない猫を見つめる。
何故、こんなにも気になるのか分からない。
「そこにいつまで居るつもりだ」
静かな声が部屋の中から響き、コノエの尻尾はブワリと膨らんだ。
振り向かないリークスの言葉は、それでもコノエに向けられたものだということが分かる。
おずおずと扉に手を掛け、そっと開ける。
「気付いてたのか・・・・・・」
「当たり前だ」
視線は本に向けたままで、それでもコノエに言葉を向ける。
そのことが何故かとてつもなくコノエには嬉しかった。
「それで、何の用だ」
「別に・・・・・・用なんて無い、けど」
気付いたら毎夜のように訪れていただけなのだ。
そんなことを聞かれても困る。
「そうか」
「そうだ・・・・・・」
言葉が続かない。
沈黙が部屋を支配する。
コノエが居た堪れなくなって、部屋を出て行こうとする。
と、そのタイミングを見計らっていたかのようにリークスが声を掛けてきた。
「最近、歌っていないな」
「何が・・・」
「そこの椅子に座って何か歌え」
コノエの言葉を遮るようにリークスは指示をする。
指差された先にはソファが置かれていた。
どうしていいのかと、二度三度視線を往復させてから溜息を一つ吐きそこへと腰掛けた。
「何を歌えばいいんだ?」
「何でも、好きなものを歌え」
そんなことを言われると逆に困るとコノエは眉間に皺を寄せる。
そうして逡巡したあと、そっと口を開き、旋律に歌を乗せた。
その歌はいつか、歌うたいの猫が歌っていた歌。
懐かしく、切ない思いを呼び起こす。
「・・・・・・お前はその歌を歌うのだな」
そっと呟いた言葉はコノエに伝わることは無かった。