こらぼでほすと 二人3
ロックオンは買って来た欧州ビールを飲んだら、眠気に負けて、脇部屋に下がった。後片付けをして、朝の支度をしていたら、坊主たちが帰って来くる。
「店でおやつ食ったから、もう寝るよ。」
悟空は、そのまま風呂に直行だ。坊主のほうは、女房の顔を見て、どっかりと卓袱台の前に座り込む。
「お湯割り。」
「・・・すいません。」
何か言いたいことがあるという顔に、坊主は軽く頬を歪めた。他のマイスターたちが戻って来るのと、実弟が戻って来るのは、違うものがあるらしい。肉親であるから、近くて遠い。三蔵には、そういう肉親はないが、そんなものを旅の途中で何度も見てきた。お湯割りと簡単な酒の肴を用意して女房が運んで来る。
「向うでも飲んでたから薄めに作れ。・・・おまえが風呂を上がってから愚痴は聞いてやるが、その前に客間に布団を敷け。」
「そうですね。あんた、となりに寝てくれますか? 」
「そこまでか? 」
「そこまでなんです。さすがに、弟に抱きつくわけにもいかないでしょう。勘違いされたら、怖ろしい。」
そこいらは事情がわかるので、あーと坊主も、なんとはなしに了解の声を出す。就寝中にバイの男の肩なり腕なりに触れれば、そういう勘違いはあるだろう。ちょっと酔っているので、実兄だと気付かないままで、いろいろといたしてしまう可能性も高い。女房は抱き締めて眠らせてくれなんてことは希望していない。ただ、となりに体温が欲しい。となりの布団から寝息が聞こえる程度でいいので、亭主も、それぐらいなら付き合ってやる。
悟空が寝室に引き上げてから、寺の夫夫も順番に風呂に入る。戸締りして、卓袱台の前に座ると、亭主はタバコを燻らせていた。女房が洗い髪を拭きながら、薄いお湯割りを一口飲む。
「で? 」
「ライルが、一緒に故郷の料理を食べようと言うんです。」
「奢らせてやれ。」
「・・・・そうですね。俺、家で母親が作ってた料理の味を覚えてないんですよ。一緒に食事すると、たぶん・・・バレるんだろうな・・って・・・」
「それが、どうかしたのか? 」
「・・・ライルは家庭の味と比較して楽しみたいんだろうから、俺がわからないって気付いたら、イヤな気分になるんじゃないかなあ・・って・・・そういうのって誤魔化せませんかね? 三蔵さん。」
女房の言葉に、亭主も顔を向けた。かなり、おかしなところのある女房なので、一々驚きはしないが、どんな顔で語ってるのか気になった。女房は、残念そうな顔をして頬を緩めている。取り繕っていないから、正直、困っているらしい。
「しょうがないだろ? 一度、死んでリセットしちまったとでも言えばいい。・・・それは、死ぬ前からか? 」
一度、9割方死んでいる女房なので、脳に異常でもあるのか、と、思った。だが、女房の答えは違った。
「たぶん、両親と妹が亡くなってからだと思います。記憶はあるんです。家族でイベントごとの食事をした光景だとか会話は覚えているんですが、なぜか味は思い出さないんです。」
「ん? おまえ、歌姫とアイリッシュシチューとか作ってるじゃねぇーか。」
「あれはレシピ通りにやってるんで、ディランディ家の家庭の味じゃない。あのシチューは各家庭で入れるものも味付けも微妙に違うので、俺が作ってるのは、共通のレシピです。」
ライルは、最近までアイルランドを拠点にしていた。だから、あちらの料理に慣れ親しんでいる。ディランディの味と違うのも理解しているはずだ。もし、ニールが覚えていないと気付いたら、不愉快になるだろう。それが怖い。
「おまえがイカれてるのは、あいつも知ってるはずだ。そんなことで不愉快にならん。」
「そうですか? 」
「それなら、あいつが言う味を再現してみればいい。それが、おまえんちの味だ。」
「・・・そうだけど・・・」
言い出すのが怖い、と、女房は酒を呑んで苦笑する。とんでもない人生を突き進んでいた自覚は、ニールにもある。一度、死んだから記憶が飛んでいる、と、言えば、ライルは納得するかもしれない。だが、それを口にするのが怖いのだ。双子しか知らない母親の味を、ニールが忘れていると知ったら、ライルは悲しいだろうし怒るのかもしれないと思う。世界中に二人しかいないはずなのに、一人だったと知ったら、それは悲しいものだ。
「俺には家庭の味なんてもんはねぇーから細かい事はわからんが、おまえの実弟は、そんなことで怒るとは思わない。あいつ、おまえのことを気にかけてるぞ? 」
悲しいことではあるだろう。それは予想できるが、それよりも忘れてしまったニールの過去の過酷さに気付くだろう。そうしなければ生きていられなかったほど、失くしたものは多かったということだ。というか、すでに、ある程度、女房の実弟は気付いているのではないか、とも思う。どこかがおかしいのは、過去を知っている実弟なら、すぐに判るはずだ。だから、そんなことは気にしなくてもいい。
「はははは・・・それは知ってますよ。インフルエンザのことで、散々に説教を食らいました。俺のこと、心配してくれてるんだと思うと嬉しい。」
「そりゃ心配すんだろ? 行方不明で一度死んだ兄貴だ。二回もやられたら、たまらんだろうからな。・・・・たぶん、気付いてるぞ? 」
「え? 」
「生まれて十数年、一緒に暮らしてたんだ。おまえが、イカれてることは理解しているだろう。たぶん、味を記憶してないことも気付いてるんじゃないか? 」
「・・・・そうなのかな。」
「別に、大したことじゃねぇ。いつも通りにして、何も実弟が言わないなら、そういうことだ。告白しなきゃならんほどの重要事項でもない。」
「結構、重要だと思うけどなあ。」
「俺にはないが、困ったことはない。」
「そりゃそうでしょう。あんたは強いですからね。」
「悟空にもねぇ。八戒や悟浄にはあるかもしれないが、相当、古い話だから、はっきりと覚えてないはずだ。・・・・生きてりゃ、過去のことなんて忘れてくもんだ。一々、全部、覚えてたら、うっとおしいだけだ。・・・・おまえは嫁ぎ先の味になったんだ。それでいいだろ? 」
そう宣言されると、そういうものか、と、ニールも妙に納得できる。まあ、亭主は、いつもこうやってグダグダしているニールを掬い上げてくれるので安堵もする。同じことをクドクドと零しているのに、亭主は、それをウザイと言うことはない。適当に付き合って、何かしらの断言をしてくれる。そうすると、ニールも、納得は出来るのだ。
「さすが、聖職者は説教が上手い。」
「ああ? 誰も説教なんてしてねぇーだろ。おまえ、もどきがいなくて寂しいから、グダグダおかしなことを考えるんだ。手間のかかる実弟が戻ってるんだから、もう考えるな。」
ちょっと落ち込み気味なのは、手のかかるリジェネがヴェーダに出向いて留守をしているからだ。あれが居れば、ぼんやり余計なことを考えている暇はない。ドボドボと焼酎の原液を女房の湯飲みに注ぎ込む。酔えば、前後不覚に眠れる。グダグダと、どうにもならないことなんて考えなければいい。
「呑んで倒れろ。布団まで引き摺ってやる。」
「・・はい・・・お世話かけます・・・」
「店でおやつ食ったから、もう寝るよ。」
悟空は、そのまま風呂に直行だ。坊主のほうは、女房の顔を見て、どっかりと卓袱台の前に座り込む。
「お湯割り。」
「・・・すいません。」
何か言いたいことがあるという顔に、坊主は軽く頬を歪めた。他のマイスターたちが戻って来るのと、実弟が戻って来るのは、違うものがあるらしい。肉親であるから、近くて遠い。三蔵には、そういう肉親はないが、そんなものを旅の途中で何度も見てきた。お湯割りと簡単な酒の肴を用意して女房が運んで来る。
「向うでも飲んでたから薄めに作れ。・・・おまえが風呂を上がってから愚痴は聞いてやるが、その前に客間に布団を敷け。」
「そうですね。あんた、となりに寝てくれますか? 」
「そこまでか? 」
「そこまでなんです。さすがに、弟に抱きつくわけにもいかないでしょう。勘違いされたら、怖ろしい。」
そこいらは事情がわかるので、あーと坊主も、なんとはなしに了解の声を出す。就寝中にバイの男の肩なり腕なりに触れれば、そういう勘違いはあるだろう。ちょっと酔っているので、実兄だと気付かないままで、いろいろといたしてしまう可能性も高い。女房は抱き締めて眠らせてくれなんてことは希望していない。ただ、となりに体温が欲しい。となりの布団から寝息が聞こえる程度でいいので、亭主も、それぐらいなら付き合ってやる。
悟空が寝室に引き上げてから、寺の夫夫も順番に風呂に入る。戸締りして、卓袱台の前に座ると、亭主はタバコを燻らせていた。女房が洗い髪を拭きながら、薄いお湯割りを一口飲む。
「で? 」
「ライルが、一緒に故郷の料理を食べようと言うんです。」
「奢らせてやれ。」
「・・・・そうですね。俺、家で母親が作ってた料理の味を覚えてないんですよ。一緒に食事すると、たぶん・・・バレるんだろうな・・って・・・」
「それが、どうかしたのか? 」
「・・・ライルは家庭の味と比較して楽しみたいんだろうから、俺がわからないって気付いたら、イヤな気分になるんじゃないかなあ・・って・・・そういうのって誤魔化せませんかね? 三蔵さん。」
女房の言葉に、亭主も顔を向けた。かなり、おかしなところのある女房なので、一々驚きはしないが、どんな顔で語ってるのか気になった。女房は、残念そうな顔をして頬を緩めている。取り繕っていないから、正直、困っているらしい。
「しょうがないだろ? 一度、死んでリセットしちまったとでも言えばいい。・・・それは、死ぬ前からか? 」
一度、9割方死んでいる女房なので、脳に異常でもあるのか、と、思った。だが、女房の答えは違った。
「たぶん、両親と妹が亡くなってからだと思います。記憶はあるんです。家族でイベントごとの食事をした光景だとか会話は覚えているんですが、なぜか味は思い出さないんです。」
「ん? おまえ、歌姫とアイリッシュシチューとか作ってるじゃねぇーか。」
「あれはレシピ通りにやってるんで、ディランディ家の家庭の味じゃない。あのシチューは各家庭で入れるものも味付けも微妙に違うので、俺が作ってるのは、共通のレシピです。」
ライルは、最近までアイルランドを拠点にしていた。だから、あちらの料理に慣れ親しんでいる。ディランディの味と違うのも理解しているはずだ。もし、ニールが覚えていないと気付いたら、不愉快になるだろう。それが怖い。
「おまえがイカれてるのは、あいつも知ってるはずだ。そんなことで不愉快にならん。」
「そうですか? 」
「それなら、あいつが言う味を再現してみればいい。それが、おまえんちの味だ。」
「・・・そうだけど・・・」
言い出すのが怖い、と、女房は酒を呑んで苦笑する。とんでもない人生を突き進んでいた自覚は、ニールにもある。一度、死んだから記憶が飛んでいる、と、言えば、ライルは納得するかもしれない。だが、それを口にするのが怖いのだ。双子しか知らない母親の味を、ニールが忘れていると知ったら、ライルは悲しいだろうし怒るのかもしれないと思う。世界中に二人しかいないはずなのに、一人だったと知ったら、それは悲しいものだ。
「俺には家庭の味なんてもんはねぇーから細かい事はわからんが、おまえの実弟は、そんなことで怒るとは思わない。あいつ、おまえのことを気にかけてるぞ? 」
悲しいことではあるだろう。それは予想できるが、それよりも忘れてしまったニールの過去の過酷さに気付くだろう。そうしなければ生きていられなかったほど、失くしたものは多かったということだ。というか、すでに、ある程度、女房の実弟は気付いているのではないか、とも思う。どこかがおかしいのは、過去を知っている実弟なら、すぐに判るはずだ。だから、そんなことは気にしなくてもいい。
「はははは・・・それは知ってますよ。インフルエンザのことで、散々に説教を食らいました。俺のこと、心配してくれてるんだと思うと嬉しい。」
「そりゃ心配すんだろ? 行方不明で一度死んだ兄貴だ。二回もやられたら、たまらんだろうからな。・・・・たぶん、気付いてるぞ? 」
「え? 」
「生まれて十数年、一緒に暮らしてたんだ。おまえが、イカれてることは理解しているだろう。たぶん、味を記憶してないことも気付いてるんじゃないか? 」
「・・・・そうなのかな。」
「別に、大したことじゃねぇ。いつも通りにして、何も実弟が言わないなら、そういうことだ。告白しなきゃならんほどの重要事項でもない。」
「結構、重要だと思うけどなあ。」
「俺にはないが、困ったことはない。」
「そりゃそうでしょう。あんたは強いですからね。」
「悟空にもねぇ。八戒や悟浄にはあるかもしれないが、相当、古い話だから、はっきりと覚えてないはずだ。・・・・生きてりゃ、過去のことなんて忘れてくもんだ。一々、全部、覚えてたら、うっとおしいだけだ。・・・・おまえは嫁ぎ先の味になったんだ。それでいいだろ? 」
そう宣言されると、そういうものか、と、ニールも妙に納得できる。まあ、亭主は、いつもこうやってグダグダしているニールを掬い上げてくれるので安堵もする。同じことをクドクドと零しているのに、亭主は、それをウザイと言うことはない。適当に付き合って、何かしらの断言をしてくれる。そうすると、ニールも、納得は出来るのだ。
「さすが、聖職者は説教が上手い。」
「ああ? 誰も説教なんてしてねぇーだろ。おまえ、もどきがいなくて寂しいから、グダグダおかしなことを考えるんだ。手間のかかる実弟が戻ってるんだから、もう考えるな。」
ちょっと落ち込み気味なのは、手のかかるリジェネがヴェーダに出向いて留守をしているからだ。あれが居れば、ぼんやり余計なことを考えている暇はない。ドボドボと焼酎の原液を女房の湯飲みに注ぎ込む。酔えば、前後不覚に眠れる。グダグダと、どうにもならないことなんて考えなければいい。
「呑んで倒れろ。布団まで引き摺ってやる。」
「・・はい・・・お世話かけます・・・」
作品名:こらぼでほすと 二人3 作家名:篠義