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花弁にキス

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ジェラートを掬ったスプーンを口に入れた客の整った眉が、「おや」というように僅かに跳ねた。
「お口に合いませんでしたか?」
 けれど彼女は首を振って、もうひと匙口に運ぶ。そして意味ありげな色っぽい上目遣いで言った。
「タクミ、あなた変わったわね。日本の学校で何かあったのかしら」
「それは褒め言葉ですか?」
「そうね、成長もしたわね。でもそうじゃなくって……」
「?」
「色気が出てきた」
 ツヤツヤの唇でいたずらっぽく笑った。


 薔薇の形に盛りつけられた白いジェラート。
 薄紫の小山のてっぺんから皿にかけて、ブルーベリーがポロポロと散らばっている。
 いかにも涼しげなドルチェの一皿にピカピカのスプーンを添えて。
 受け取った創真の横から覗き込んだ恵が「わぁ」とやわらかな感嘆の声を挙げた。


 事の始まりは和菓子だった。
 田所恵宛に、この遠月学園の卒業生である乾日向子から差し入れられたものだ。
 宿泊研修で出会って以来、恵をいたく気に入っている彼女は日本料理屋のシェフを務めている。学園に用事で現れたついでに、仕事の伝手のある老舗店の菓子を手土産に持ってきた。幸か不幸かタイミング悪く、恵に会うことは叶わなかったが。
 日向子が訪れていた頃、恵は創真と一緒に、彼をライバル視するタクミ・アルディーニとその弟と遭遇していた。一方的に近い小競り合いの果てに、一緒に寮へ帰ることとなり、四人で日向子の差し入れをありがたく頂いたのだ。
 中身は季節の花を見事にかたどった練り菓子がいくつも並び、やはりため息のもれる美しさだった。イタリア出身のタクミもキラキラした目で手に取り、眺め回して「Bello」と呟いた。
「美しい、素晴らしい技術だ」
 和やかに鑑賞しているところへ、繊細さが少しばかり足りない男が何の気なしに言った。
「こういうのはイタリア料理にはあんまりねえもんな」
 挑発などではなく、本当に思いついたまま口にしたのだからたちが悪い。
 そこでやや小柄なイタリア男の目がギラリと色を変えた。彼の真っ直ぐな背筋には、故郷への深い愛情と、日本で巡り会った好敵手への深い対抗心が突き刺さっている。
「いいだろう……花の都の美しさ、皿の上で見せてやる!」
 勢い余って突き刺さりそうな人差し指を創真の鼻先につきつけて啖呵を切った背後。丸々した双子の弟が予想を裏切らぬ展開に笑い転げた。
「花の都って言っても兄ちゃん、料理一筋で、向こうで花なんか愛でてたことないじゃないか」
「そ、そんなことは……」
「女の子の持ってた花の名前も言えなくてバカにされてたし」
「なっ、違うっ、余計なことは言わなくていい!」
 そして笑いの収まらない弟を引きずって、「目に物を見せてやる」約束の日時を告げて去っていった。

 斯くして、「花には詳しくない」と弟に暴露されたイタリア男は皿の上に美しい花を咲かせてきた。食材にしない花については明るくないが、料理への情熱とひたむきさでやり遂げた。タクミ・アルディーニはそういう男だ。
「スプーンを入れるのがもったいないくらいきれい」
 頬に手を当て賞賛する恵に満足気に頷いてコックコートの白い腕を組んだ。
「どうだ」
 得意気に振り返ると、創真はすでにジェラートの花弁を匙に乗せて口に運んでいる。料理の上での美的センスがないわけではないのだが、味への探究心と交換で情緒をどこかへ置き忘れてきたらしい。
「薔薇のにおいがする」
「薔薇のリキュールを使ってるからな」
 よく見れば純白と思われた薔薇はほんのりとピンクに色づいている。
 スプーンを薄紫の小山へ移動し、葡萄の房のように流れるブルーベリーの果実と一緒に掬いあげた。葡萄をモチーフにしているのかと思ったが、添えられたリーフパイは葡萄の葉ではない。小さな葉が魚の骨のように並んでいる。
「もしかしてこれ、藤の花か」
「そうとも」
「和風なの選んできたな」
「バカを言え。フィレンツェにも美しい藤棚はある」
「小さいころに見た親戚の結婚式の写真にね、藤のきれいなチャペルが写ってたんだよ」
「……ってことはこの薔薇は」
「花嫁さんのドレスにあしらってあったものをイメージしてるんだ」
 清らかなドレスに目映いチャペルは乙女の夢。恵がいっそううっとり目を細めた。
「おや、ジェラートかい?」
 現れたのは寮生であり、学園の先輩である一色慧だ。裸にエプロンという出で立ちだが、もはや見慣れてしまった少年少女たちに驚きはない。タクミの勧めるまま一口味見をして、まさに薔薇の蕾がほころぶように微笑んだ。
「なるほど、初夏の結婚パーティーにぴったりだね」
 タクミではなく、夢の中の顔の見えない恋人に頬を染める恵に向けて。
 そして、タクミと、このジェラートを突きつけられている創真に順番に視線を送って。
「白い薔薇は“私はあなたにふさわしい”」
 目を丸くする兄の陰からイサミが顔を出しておっとり口を挟んだ。
「それってライバル関係にもあてはまるんですか?」
「……………っ!当てはまるに決まってるだろう!」
「兄ちゃん焦りすぎ、ブハッ」
 賑やかな一同を眺めながら、みるみる溶けていく花びらをペロリと平らげた。リーフパイはサクサクで香ばしく、冷えた舌の上に暖かく感じられた。続くブルーベリーの藤の花もあっという間に腹に収めてパチンと手を合わせた。
「ごっそーさん!美味かったぜ、タクミ」
 イサミの襟を掴んだまま振り返ったタクミがハッと振り返る。弟を絞め上げていたせいだろうか、真っ白な頬がほんのり薔薇色に染まっていた。



「アレが食べたい」
 急なリクエストに答えて作ったのが二回目だ。手持ちの材料では足りなかったので、ひと通り揃えるのに手間取ったが、それでも学園内でかき集めることが出来た。ここが遠月学園だからこそできた芸当だと思う。
 卒業が近かったので、ジェラートという季節ではなかった。他の誰も誘わなかったので二人きりで調理室の窓辺に椅子を並べた。
 暖房を入れていなかったので、ゆるやかに花が溶け崩れていく。感傷が似合わないとばかり思っていたのに、創真がスプーンも持たずに花を眺めているので、学園を出る日が近いことを意識してしまった。頭の中で桜が舞い、日本の学校で定番の別れの歌が流れだす。何年も日本で学生生活を送っていたせいで発想まで染まりきっていた。うっかり目が潤んでしまったのをすぐに見つかって笑い飛ばされた。
「うるさい!笑うな、黙れ!昔は花の造型なんかこれっぽっちも堪能しなかったくせに、やっと情緒というものが身についたのかと思って感心していたところだったが、勘違いだったようだな!」
 顔をツンと逸らして自分の皿に匙を入れた。柔らかくなった花がいっきに崩れて皿に広がっていく。
「いやぁ、学園にいたらいつでも何でも頼めるけど、もうそれもできねえなと思ってさ」
 丁寧に花びら一枚分を掬って、そっと口に入れる一連の仕草に目を奪われた。作法や物腰が美しいわけではない。でも、大事に食べてくれるのはわかった。
「フン、愁傷なことを言うようになったものだな」
「ハハッ」
「…………それで、何でコレなんだ」
「ん?」
「他にも色々あるだろう。何も、まだ寒いのにジェラートなんて」
作品名:花弁にキス 作家名:3丁目