こらぼでほすと 二人7
実弟は、昨日、買った服に着替えていた。パンツは同じだが、中のシャツが違う。シャワーを浴びたら、これに着替えろ、と、真新しいシャツを渡された。
「俺のだけど、サイズはいけるだろ? 」
「でも、それ、買ったやつだろ? 帰るだけだから、このまんまで。」
「はあ? そんなシワシワのワイシャツで? 一緒に帰る俺が恥ずかしいだろ? 着替えろ。あんた、そのまんま寝ちゃって俺がスーツをひっぺがさなきゃ、とんでもない恰好になってたぞ。」
ほら、起きてシャワーを浴びろ、と、急きたてられて、ニールも起き上がった。
テーブルには、コンチネンタルブレックファーストの残骸と思われる皿があった。特区には、アイリッシュブレックファーストというメニュー自体がないので、簡単なもので済ませたらしい。
実弟が、保温ポットからコーヒーを注いで用意してくれた。ミルク多めにして、一口飲むと身体に染みた。
「昨日、酔って騒いでたけど、俺は覚えてるからな。全部、俺が言ったことは本気で本心だから、あんたは、これから組織に入る前のことは言わなくていいし、できれば忘れろ。それから、俺に遠慮はすんな。何を言っても俺は驚かないし、何をしても大丈夫だから。」
「・・は?・・・」
仏頂面で、対面に座る実弟は、そう切り出して、同じようにコーヒーをすすっている。
「あんたと俺は双子なんだ。対等にモノを言えばいいんだ。・・・・俺に気を遣って無理しなくていい。昨日、メシ食った時、味がわからなかっただろ? 」
指摘が的確で、ニールも苦笑して頷いた。伊達に十数年、双子で同じ家に暮らしていたわけではないらしい。ニールの表情で、わかったのだと言う。今までは、刹那だけが気付いていたニールの微妙な表情の変化を、ロックオンも気付いたのだ。ニールのほうも、素直に認めた。
「・・うん・・・もう、あっちの味は覚えてないんだ・・・」
「そういう時は、そう言えばいいんだよ。俺だって、もう、母さんの味なんか、うろ覚えだぜ? 俺は、あんたより母さんの料理を食ってた回数は少ないからな。」
ロックオンは、ジュニアハイスクールから寄宿舎のある学校に入った。そのせいで、帰省しない限りは、母親の手料理は味わえなかったからだ。
「・・・言ったら、おまえが悲しいかな? って思った・・・」
「誤魔化されるほうがムカつく。別に、そんなことは些細なことだろ? 俺、何があっても兄さんのことを嫌ったりしないよ。あんた、根本的なとこがお人好しにできてるから、やらかした理由は、どうせ俺たちが原因なんだろうしな。」
「・・・そうなのかな・・・」
「そうなんだよ。双子で生まれた俺が保証してやる。あんた、世話好きのお人好しだ。俺にはないもんを、あんたが持ってるんだ。そこいらは、俺にも与えてもらわないと公平じゃない。」
「そんなこと考えこともなかったな。・・・そうか、ライルには世話好きは発揮してないか。」
「してないよ。刹那には、たっぷり世話を焼いてるだろ? 俺、スルーされてるぞ。」
「嫌がるかと思って。おまえ、俺が、なんかすると怒鳴るから。」
「あー、うん・・・怒鳴るけど、やっては欲しいんだ。それも、兄さんが無理にやってる風にやって欲しいので、あれは、そのためのスタンスだ。」
「ややこしいな? 」
「俺は、ヒネクレものだからな。そこは考慮しろ。」
「・・・つまり、俺の好きにしていいんだな? 」
「好きにしていいよ。あんたがやることなんて、大して問題のあることはない。」
「わかった。刹那と同じようにするよ。」
「おう、どんとこいっっ。それから、夜間の散歩は一人で絶対にするな。いいな? 」
「襲うか? 俺みたいなおっさん。」
「昨日、酔客に絡まれたのは、どこの誰だよ? どこにでも変態はいる。おっさんを襲いたいって変態もいる。」
まあ、実際のところは、無頓着で、まあ、いいか、と、身体を差し出しそうで怖いから、ロックオンは注意している。そんなことになったら、ただでは済まないだろうと簡単に予想できる。亭主と間男が、全力で襲った相手を排除するだろうからだ。殺人はマズイし、実兄が勝手に流されておかしなところへ行かれるのは、ロックオンも阻止したい。
「うーん、わかった。・・・・確かに逃げるにしても走れる距離はしれているしな。」
「そうだよ。まだ、ウォーキングしかできないくせに走るとかねぇーよっっ。俺が居る間は、付き合うからさ。また、晩飯、あの店に行こうぜ? それで、ブラブラ散歩して帰ればいい。それなら、いい塩梅だ。」
「そうだな。ローストビーフ食べに行かないとな。」
「そう、他にも試したいのがあったから付き合え。」
はいはい、と、ニールが頷いて、窓のほうを見た。太陽が、かなり高い位置にある。時間は? と、時計を見たら、すでに昼前の時刻だ。慌てて、携帯端末で亭主に連絡したら、「メシなら、適当にする。」 とは、おっしゃっる。適当に冷凍庫には、チンすれば食べられるものが入っているから、一食ぐらいなら問題はない。
「もう、帰りますよ? 俺も腹減ったし・・・え? ・・・ライルとランチ? いや、そんな予定は・・・はあ・・・ええ・・・松前漬けですか? はいはい・・・それ、百貨店? 数の子が入ったやつ? ・・・わかりました。夕方までに帰ります。・・・はい・・・」
実兄は、亭主に何か頼まれたらしい。携帯端末を切ると、「ライルと、ランチしてから帰って来いだって。」 と、笑っている。
「義兄さんには、俺のこと、ライルって言ってんだ。」
「ああ、亭主の前だけはな。他のが居たら、ロックオンって呼んでるけど、あの人には、俺の弟として聴いて欲しいから。・・・・あのさ、三蔵さんが松前漬けの数の子入りっていうのを百貨店で買ってきて欲しいって言ってるから、チェックアウトしたら買い物に付き合ってくれ。」
それぐらい信用しているのだろう。義兄は、ライルの素性を他人に洩らすことはないから、二人の時は、そう呼んでくれているのだ。そう考えると、ほんと、実兄と義兄は夫夫なんだな、と、ロックオンも実感する。どちらも信頼しているから、素を曝け出している。
「買い物は付き合うぜ。ソーダパンの探索もしないとな。・・・あと、メシ食おう。コンチネンタルブレックファーストってパンとチーズだけだから、俺も腹減ってきた。」
「・・・悪い。酒呑んだから、起きられなくて・・・」
「酒に弱いのは理解した。シングルのロック一杯が限界なんだな。」
「その前にギネス飲んでるだろ? あれのほうが効いたな。あの後、歩いたから酔いが回ったんだと思う。」
「あれか、なるほど。・・・・・あ、ギネス各種も買おう。呑み比べしないと。」
コーヒーを飲み干して二人して立ち上がった。着替えて、チェックアウトして、次は買い物だ。
作品名:こらぼでほすと 二人7 作家名:篠義