こらぼでほすと 二人7
滔々と捲くし立てられる言葉と、ニールの顔に水滴が落ちてくる。顔を真っ赤にして実弟は怒っている。そんなふうに悲しんでくれていたのか、と、ニールは微笑んだ。とっくの昔に縁は切られたものと、ニールは実弟が悲しむことなど念頭になかったからだ。ニール自身は、ライルが平和な世界で生きていると思っていた。ライルが生きる未来は、穏やかなものであればいいと祈りはしていたが、それだけだった。
「・・・ライル・・・うん・・ごめんな・・・もう、どこにも行かないからさ・・・」
「当たり前だっっ。俺が帰る場所は、あんたのところしかないんだぞっっ。姿を消したら、探し出して監禁してやるっっ。」
「まあ、姿を隠すのは無理だろう。・・・俺、おまえ以外にも大量の足枷がついてるからな。」
「あんたは怪我するようなこともあっちゃダメだっっ。だから、夜に一人で散歩なんかしちゃダメなんだ。」
「うん、一人ではやらない。約束する。」
「組織にも関わるなっっ。」
「それも、今のところは無理だ。」
「今だけじゃないっっ。未来永劫、関わるな。・・・あんたが出てくるような場所じゃねぇーっっ。あんたと俺は立場を交換したんだ。今度は、あんたが地上で暮らすんだっっ、いいな? ニールっっ。」
「うん、わかってる。組織には行かない。」
「・・・ニール・・・頼むから置いていかないでくれ。」
「・・・置いていかないよ。ちゃんと地上で待っててやる。」
「ダウンもするんじゃねぇーぞっっ。刹那が、それ聞いて、物凄い顔してたんだからなっっ。ミッションがあって、すぐには駆けつけられなくて・・・あいつ、壁を力任せに叩いて、俺に謝ったんだぞ? 俺も、すぐには下ろせないって。・・・あいつが、あんな顔したのは、あれが最初で最後だ。」
「・・・ごめん・・・ライル、水飲まないか? それだけ叫んだら喉が渇いただろ? 」
「うるせぇーいつも、そうやって誤魔化してんだろ? 俺は誤魔化されたりしないぞ。」
そう言いながら、ゲホゲホと実弟は噎せた。そりゃ、これだけ叫んだら喉が枯れるだろうと、ニールが覆い被さっている実弟から抜け出して、ミニバーからミネラルウォーターを取り出して、自分のスーツのポケットから錠剤を取り出した。
「アルコール中和剤だ。飲んどけ。二日酔いしないから。」
「・・うん・・・」
封を切ってミネラルウォーターと共に差し出すと、大人しく実弟も受け取って口にした。ごくごくと飲んで、ほおうっと息を吐く。しばらく無言だったが、ぽつりぽつりと語りだした。
「・・・今日・・・すっげぇー楽しかった・・・あんたと、こんなことできるとは思わなくて・・・あんたが、昔みたいに笑うと俺も楽しいよ・・・」
「俺もだよ? ライル。」
「あんたは、ライルって呼べ。そのほうが俺は、昔みたいで嬉しい。」
「・・・あ・・ああ・・・ごめん、つい、二人だったから気が抜けてた。・・・・シャワー浴びるか? 」
ちょっと落ち着いたらしい。やれやれ、と、ニールもベッドに座り込む。
「後でいい。・・・なあ、ニール。」
すると、実弟は顔を上げた。
「なんだ? ライル。」
「俺たち、相当に運が良いんだ。あんたは組織で死ぬつもりだったのに死ななかった。俺は組織で戦ったけど死ななかった。どっちも生きて再会できたのは、奇跡的だ。」
「そうだろうな。」
ニールにとっては、それこそが、とても不本意だったが、まあ、生き残ったお陰で実弟とも顔を合わせられた。それは奇跡的なことだとは思う。あのまま宇宙の藻屑になっていたら、何も知らないままだった。実弟が、自分を亡くして悼んでくれる気持ちすら気付かないままだっただろう。
「・・・だから、きっと、俺たちは、このまま生きていくんだよ。父さんや母さんやエイミーの分まで長く生きていくんだと思う。俺は、まだまだ死ぬつもりはないからな。刹那と組織で戦ってくけど、それでも死なないつもりだから。」
「・・うん・・・」
「あんたは俺を出迎えるんだ。俺が生きてる限りは、あんたも死なないはずだ。俺たちは双子だから・・・きっと、同じくらいは生きてるはずだ。」
「まあ、そうだろうな。」
「あんたには生きている価値がある。それだけは忘れないでくれ。」
「・・・うん・・・」
「あんたが過去にやらかしたことも、俺は理解しているし、それを詰るつもりもない。・・・あんたが俺のためにやったことでもあるから、その罪は半分は俺のもんだ。・・・何も言わなくていい。俺は知ってるから・・・俺も聞かない。あんたも、もう気にするな。忘れられるクスリがあったら飲ましてやりたいぜ。」
かなり支離滅裂なことをほざいているが、それが実弟の本音なのだろう。鷹にも亭主にも言われていたが、実弟は、ニールの過去については知っていると言う。それも踏まえた上で、今日は呑んでいた。過去の話にならなかったのは、実弟が、会話の流れを、そちらに向けなかったからだろう。一々、気にするな、と、言う言葉に、大人になったんだなあ、と、口元が歪む。実弟は双子で同い年ではあるのだが、ニールからすると十数年前のままに感じていたからだ。
「忘れないさ。」
「忘れて、能天気に生きてりゃいいのにさ。あんた、そういうとこが頭硬いよな? 」
「あはははは・・・そういう性分なんだよ。」
実弟の飲み遺しを奪い取り、ニールもゴクゴクと水を飲む。気が抜けると睡魔に襲わられる。バタンと背後に倒れこんだ。
「おい、そのまま寝るつもりか? 服ぐらい脱げよ。」
「・・・もう、いいや・・・」
電池切れ状態で、コトンと寝てしまった実兄を眺めて、ロックオンも微笑む。しょうがないな、と、スーツを脱がせて、隣りのベッドに投げた。ちゃんとベッドに横にする。着替えは、今日、買ったのがあ
るから、明日、車から運べば良い。ロックオンのほうも、スーツだけは脱いで、ニールの横に転がった。アルコール中和剤は、すぐに効くものではない。こちらも酔って眠くなってきた。
「おやすみ、兄さん。」
ちゅっと実兄の額にキスをひとつして、ロックオンも目を閉じた。
翌朝、目を覚ますと一人だった。あれ? と、ゆっくりと起き上ろうとしたら起きられない。まだ、身体が睡眠を欲している。それには抗えなくて寝返りを打って、うとうとしていたら、ドアが開く音がした。どこかへ出かけていたらしい。それから、ルームサービスの注文をする電話の声だ。それが終わると、ガサガサと音がして、足音が近付いてきた。
「まだ、寝てるか。」
ごめん、まだ眠い、と、言いたいのだが、声が出ないし目も開かない。声だけは辛うじて聞こえている。それから、足音は離れ、タバコの匂いがした。
うとうとしているだけだと思っていたが、本格的に寝ていたらしい。ゆらゆらと揺すられて目が覚める。
「そろそろ、起きろよ。」
ようやく身体も起きる気になってくれたのか動いた。寝足りた感じで、目も開く。酒は残っていないのか、二日酔いの気配もない。アルコール中和剤を飲ませた実弟も、元気な様子だ。
「よく眠れた? 」
「ああ、ぐっすりだ。」
「俺は、腹が減ったから先に食ったよ。あんたは、どうする? 」
「うーん、コーヒーくらいは飲みたいな。」
「そんなとこだろうと思って、残してある。」
作品名:こらぼでほすと 二人7 作家名:篠義