あい、じゃなくても
俺は臨也の野郎が嫌いだ。
だから、臨也がボケようが俺を忘れようが
そんな事はトムさんのように「悲しい」なんて思わねえ。
思うわけがねえ。
なのに俺は、トムさんと別れてから新宿に向かい、臨也の自宅前まで来ていた。
何でここに来たかって聞かれても、なんか自分でもよくわからねえ。
ずっとモヤモヤしてやがる。
スッキリしねえ。
こいつが関わるといつもそうだ。
「よう。いーざーやあ。」
「・・・なんで、・・・っていうか、警察呼んでいいわけ?」
鍵がかかっていた鉄のドアを蹴り破って部屋に入った。
振り向いた臨也の野郎は、驚いた顔で俺を見た。
(忘れただと?ふざけやがって!)
「ああ、そうだ。悲しいんじゃねえ。悲しいわけがねえ。
手前が勝手に俺を忘れようが、俺が手前を忘れられるワケじゃねえからよお」
臨也の野郎は聞いてるのか、聞いてねえのか変な顔でこっちを見てやがる。
「聞いてんのか?さっきから変な面しやがって。」
「ヘイワジマ君だったっけ?不法侵入で訴えるよ。」
「勝手にすりゃいいじゃねえか。」
「じゃあ勝手にさせてもらおうかな」
「そこまで!」
とうっ!と言いながら折り曲げられたドアを跳び越えて
白いガスマスクをした白衣の男が現れた。
「あんたは・・・新羅の」
「久しいな、静雄君。さて、私はあるものを取りに来たんだがね。臨也君」
ガスマスクはこっちを一瞥して、臨也に向けて手を差し出した。
「何言って・・・」
「なんという事だ。その様子では既に飲んでしまったようだな。
君は白い錠剤を新羅から受け取ったのでは無いかね?」
「・・・まさか」
臨也が何か白いものが入った瓶を懐から取り出した。
「そう、それを大人しく返して頂こう。それは実に大切なサンプルでね。」
「ひとつお聞きしたいんですが」
「なにかね?」
「これ、何の薬なんです?」
ガスマスクは姿勢を正し、ふふんと笑った。
「実際に飲んだ君なら分かるだろう?おおそうだ!
せっかくだし、感想を聞かせてもらうとしよう!
どうかね?この強精剤の効能のほどは?」
臨也が顔を引き攣らせる。
「・・・ちょっと待って。何でそんなもの」
臨也が言い終わらないうちに、カマイタチのような一陣の疾風と共にガスマスクが宙を舞った。
黒いバイクだ。
《すまない。新羅とこいつに代わって、私が謝る。》
言い終ると同時に、スローモーションで宙を舞っていったガスマスクが
冷たく硬い床に叩きつけられる。
「首無し。」
「よお、セルティ。こりゃどうなってんだ?」
《実は臨也が飲んだ薬は、こいつが開発中のいかがわしい薬らしいんだ》
「これ。セルティ君!いかがわいいとは何かね!これもある種の男性にとっては
喉から手が出るほど欲しくて堪らない魔法の秘薬なのだよ!!」
速やかに復活したガスマスクが誇らしげに主張する。
「俺は特に必要ないんですけど」
「で、臨也の野郎はそれを飲んじまったってワケか。」
コクリと頷くセルティ。
成る程。さっきからこいつの様子がおかしいのはそのせいか。
「感じ悪いなあ。人が大変だっていうのに、楽しそうに笑わないでくれる?
ところで、君は俺に何の用?」
臨也が正面から俺を睨む。
見飽きるほど見慣れた顔だ。
これはこれでムカつくが、
何ていうのか、あの仮面みてえな笑い方よりは幾らかマシだ。
「とりあえず、手前を殴りに来た」
「・・・は?俺があんたに何かした?」
「俺を忘れやがっただろうが。さっきも言ったが、手前が勝手に俺を忘れてもなあ、
俺は手前を忘れられるワケじゃあねえんだよ」
「で?殴れば思い出すとでも思ってるわけ?古いテレビじゃないんだからさあ。
っていうかさ、もしかして思い出して欲しいのかな?」
臨也は、いつもの「性格の歪み切った笑い」を浮かべた。
「そうだ。一度聞いてみたかったんだけどさ、一人だけ忘れ去られるってどんな気分?」
「どんなもこんなもねえ。最悪の気分さあ。手前との思い出なんざ、どれもロクなもんじゃねえけどよ。」
トムさんが言ったような、「悲しい」感情とは違う。
ただ、穴が開いている。
単純に「気持ちが悪い」感覚。
「ぷっ・・・」
臨也が笑う。こいつが愉快そうに笑う顔はいつ見ても苛々する。
「シズちゃんさあ、実は俺の事 大っ好きなんじゃない?」
「・・・・・・!!!!!!!」
シズちゃん。
さっき「シズちゃん」とか言いやがったよな?
「おい臨也、手前・・・」
「なーにかな?『シズちゃん』」
この苛つく張り付いた笑顔は、確実に俺を識っている『奴』の顔だ。
あああああああムカつくムカつくムカつくムカつく!!!!!
突然、嘘みてえに腹の底から怒りが込み上げてきやがった。
散々溜まってたバケツの水をぶちまけたみたいだ。
《こ、こら!夜中だぞ!落ち付け!!》
「別に、大いに暴れてくれて構わないよ。いつかみたいに警察沙汰にしてあげる。懐かしいねえ」
《お前も煽るな!!》
「いーざーやああ!手前えええええ!!」
■AM4:00 池袋高級マンションの一室
「おかえり、セルティ!遅かったね」
《散々だったぞ・・・》
「え?何かあったのかい?」
《臨也の記憶が戻っていたんだ。》
「おおーそれはよかった!」
《しかも、あろうことか臨也の部屋に静雄が居て・・・!》
「ああ・・・それは、お疲れ様」
《臨也の記憶なんだが、森厳が言うにはあの薬がうまく働いたらしい。》
「脳に作用するからって?それはいくらなんでも単純すぎる話だと思うけど・・・」
《記憶と感覚は密接に結びついているらしいな》
「え?まあ、そうだね。」
《結局、臨也の静雄に対する感覚が独特のものだったのが幸いしたみたいだ》
「なるほどね。感覚を鋭敏にする薬が上手い具合に記憶を手繰り寄せたってわけだ。
あの二人も、なんだかんだでお互い特別なんだろうね。
それが例え僕達みたいに純粋な愛じゃなくても、ね。」
■AM3:00 新宿 臨也の部屋
「そろそろ疲れたからさ、皆帰ってくれない?」
「ひとつだけ聞くけどよお。」
「・・・・・?」
「いつから俺を思い出してやがった」
「確か君が鉄のドアをへし折って入ってきた時かな。
普通に考えて、あれは殴られるより強烈なインパクトだよね。」
「なら、なんで忘れたような振りしてやがった」
「えー、だってシズちゃんが面白いんだもん」
「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぶっ殺す!!!!!!!」
「・・・君らは本当に仲がいいねえ」
《なんでもいいから止めてくれ!!!!》
END★