あい、じゃなくても
池袋の平和島静雄。
あいつは自分でも信じられないくらい苛つく存在みたいだ。
利用出来る駒かどうかだとか、そんな事以前にただ潰してしまいたいという衝動が走る。
生理的に気に入らないって、こういう事を言うのかも知れないね。
どうやら噂通りの馬鹿で単細胞でただの怪力喧嘩人形だっていうのに。
何故俺がこんなにも心理的に支配されなきゃならないんだ。
ああそうか、だからこんなに苛つくのか。
(・・・忘れたいんじゃないのか。)
自問自答する。
邪魔な存在。
苛立たしい、不愉快なだけの存在。
そんな奴の事を思い出したところで、何か得をするわけでもないだろうに。
「………っ」
頭が締め付けられるようにキリキリと軋む。
「もういいや、寝よう」
新羅に貰った錠剤がある事を思い出してコートのポケットから瓶を取り出す。
一錠飲み下して、そのままソファに転がった。
■PM24:00 深夜の池袋
一方その頃、平和島静雄は池袋内に存在する廃ビルの一室のドア前に居た。
「お疲れっした」
「おうお疲れ。……ん、どうした静雄。」
「…いえ・・・。」
「大丈夫ならいいけどよ、袖掴まれたままじゃ俺帰れねえから」
ドレッドヘアの男が苦笑いしつつ心配そうに平和島静雄を覗き込む。
「何かあっただろ?話してみ。お前、今日微妙に変だったから実は気になってたんだわ」
平和島静雄は申し訳なさそうにペコリと頭を下げ、長い沈黙の後重い口を開いた。
「あいつが…」
「あいつ?」
「ああ、いや……トムさん。もし俺がトムさんの事突然忘れちまったらどうします?」
「へ・・・?」
突然の要領を得ない質問に首を傾げつつ、トムさんと呼ばれた男はどう応えるべきか考えた。
「怒るとこじゃねえ。それはわかるんスけど」
「うーん、俺なら思い出してもらえるように努力とかすっかな。一応。でも忘れられたら悲しいよなー」
「悲しい?」
心底納得が行かないと行った表情で、平和島静雄は首を傾げた。
「そりゃあ悲しいだろうよ。今までの事とか何もかも白紙に戻っちまうんだろ?」
「・・・そッスね・・・。」
小さく呟きながらポケットから煙草を取り出し銜える。
平和島静雄は目の前にあるドアを開けず、来た道を引き返し歩きだした。
「お、おい、静雄!」
「あ、もう大丈夫ッス。お疲れっしたトムさん。」
ドレッドヘアの男は、その背中を苦笑いを浮かべて見送った。
「まったく、何をあんなに動揺してんだか・・・」
■PM 25:00 池袋某高級マンションの一室。
「ああああああああああああああ!!」
白衣の男はPCの前で頭を抱えた。
《どうしたんだ!こんな夜中に》
そこにPDAを見せ付けるようにして現れた、黒い首なしの女性。
「せ、セルティどうしよう。臨也に渡したあの薬、鎮痛剤じゃなくて・・・」
PCの青白いディスプレイに目を凝らすと、どうやら岸谷森厳からのメールらしい。
新羅が震える指で指した箇所にはこう書いてある。
「私が製薬会社と組んで開発中の薬をそっちに置き忘れていたのを思い出した。
鎮痛剤のラベルを貼ってカモフラージュしてあるが、あれは劇薬なので絶対に触らないように。
そのうち取りに帰るのでよろしく。」
《げ、劇薬!?お前、それを臨也に渡したのか!?》
コクリと力なく頷く新羅。
《劇薬って何だ!どんな効果があるものなんだ!?》
新羅は動かない。
セルティは焦って新羅の肩を激しく揺さぶった。
《し、新羅!ま、まさか、死んだりする類のものなのか!?》
新羅はゆっくりと顔を上げ、小さく呟いた。
「強精剤なんだって」
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?》
「なんでも、脳に直接作用して所謂性的な興奮を高める事に特化した世界初の」
《もういい!心配して損した!!》
「良くないよ!もっと早く知っていたら、僕がうごふッ!!」
セルティの強烈な肘鉄が、新羅の鳩尾にクリーンヒットした!!
一人ディスプレイの前に取り残された新羅は、しばらくその場から動くことも出来なかった。
「セルティ〜・・・ひどいよお」
■同時刻、新宿某所
「・・・・・・・なんだ、コレ。」
汗にまみれて目を覚ました。
寒気は無いが、ただ体が熱い。
身体中から汗が異常に噴出して、喉が渇いて仕方が無い。
(何だ?薬の副作用か何かか?)
臨也は速やかに薬のビンを取り出してラベルを見た。
「特に問題は無さそうだけど・・・一応新羅に連絡してみるか」
携帯を手に持ったそのとき、何の前触れもなく
ドアが内側に「折れ曲がった。」