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ガガーブその向こう側 前篇

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「それで?どうして傘はなくなっていてお弁当箱も持っていないんですか」
「・・・」
一日も終わろうという下校時間ちょっと前。
ホームルームをふけて帰ろうとしたトーマスをルカが待っていた。
「今日昼頃に姉さんが、中等部の校舎に訪ねてきて
傘を貸したかどうか聞かれたんです」
余程今朝のことが腹にすえかねたのだろう、
ルティスは妹であるルカに、トーマスと関わるのはやめるよう隣の中等部まで言いに来たらしい。
「それで、何か様子がおかしかったので事情を尋ねたら
今朝あなたが遅刻ギリギリにやってきたこと、
傘をさしていなかったこと、傘の袋は持っていたことを話してくれたんです」
「そうか」
「船長!」
「っ」
小さい頃から、ルカはトーマスを船長と呼んでいた。
少年だったトーマスが船乗りになることを夢見ていたからかもしれない。
トーマスが高校生になって、人前ではその呼び方を使わなくなったけれど、
大切な時はいつも「船長」と呼びかける。
その名で呼ばれると、トーマスもなぜか背筋が伸びた。
「きちんと僕に話してください。
大体、今朝は僕より早く家を出たじゃないですか
何故そんな時間になったんですか?
また、喧嘩に巻き込まれた・・・とか?」
「いや、そうじゃねえよ」
「じゃあどういう・・・」

「ねえ、あっちに捨て猫がいるらしいよ」
「え?うそー、見たい見たい!」
中等部の女子数名が脇をすり抜けていく。
(タイミング悪すぎだぜ・・・)
「捨て猫?」
「おいルカ、なんか騒がしいからこっちから帰ろうぜ」
「・・・船長は帰っていてください、僕はちょっと見てきます!」
「お、おい!・・・行っちまった、くそっ」
小さいころから家の都合で、家族と離れ離れに暮らすルカは、
一人きりのものを放っておけない性分になった。
動物であっても、捨てられたと聞いてそのままにしておくはずはなかった。

「わーちっちゃいね〜っ」
「眠ってる〜」
「ほれほれ」

「?にゃあ」

「かわいい〜〜〜っ!!!」

「ちょっと通してくださいっ・・・ちょっとだけ見せて・・・」
女生徒がたむろしているところにルカが割って入った。
小さな生き物の無事を確かめたいその一心で。
そこで、予想外のものを見ることになる。
「・・・え・・・」

「この子、傘があってよかったねー、あれ?体操着も入ってる」
「こっちにはお弁当箱、餌も貰ったんだ」
「にゃおう」

子猫の入った段ボールには朝トーマスに渡した折り畳み傘がかかっており、
その脇には食べ散らかされた弁当箱があった。
「・・・」
「・・・悪りぃ」
「どうして言ってくれないんですか
僕が怒ると思ったんですか?」
「・・・なんとなく言い出せなかったんだ」

「にゃ?」
子猫は人垣の後ろに見知った人物を見つけ、段ボールから飛び出てきた。
「きゃっ、ジャンプした」
「どうしたのかしら?」
「にゃーーー」
「・・・」
「みゃうみゃう」
子猫はトーマスのズボンの裾にじゃれついて離れようとしない。
「大分、懐かれてますね」
「ふん、うっとおしい」
女生徒たちはその様子を見て、顔を見合わせた。
「なんだ、飼い主いるんじゃん」
「飼い主って、おい!」
「つまんなーい、帰ろー」
「うん、いこいこっ」

「みゃう〜」
「おい、離れろっ、くそっ」
「ふふ、いいじゃないですか、いっそ船長が飼ったらどうです?」
「・・・ルカお前冗談でも怒るぞ」
「だってこの子はあなたがいいみたいですよ?」
「・・・」
「おいでー」
よいしょ、とトーマスにひっついている子猫を抱き上げた。
予想に反して、ルカの腕に収まる子猫は嬉しそうだ。
「この子の名前を考えなきゃですね、船長考えてくださいよ」
「あ?んなのお前が適当に考えろよ」
「いいんですか?ルティス、とか、ガウェインとかにしちゃいますよ?
あ、べリアスでもいいですね」
「っざけんな!呼びにくくなるじゃねえか」
「だから、船長が考えてください」
「・・・ちっ、仕方ねえ」
ルカの手から子猫を受けとったトーマスは、高く抱き上げ子猫を見据えた。
「お前の名前は――――」