At Any Rate ... (インテサンプル)
「なっ」
ぐい、と振り向かされれば、そこにいたのはカフェでも姿を見た先輩だった。一日に二度も見かけただけでは飽き足らず、接触されるなんてまったくもってついていない日だと辟易する。
「なんでジブン、あの女といたんや?」
「なんでって……」
涼しい顔が得意なはずの今吉が珍しく険しい表情をしている。これは何かある。
その様子が酷く滑稽に見えて、くつくつと笑いがこみ上げてくる。
「ふはっ。先輩、あの人と知り合いなんですか?」
「同じ学科やしな。で、何でジブンが――」
「そんなに関係が気になりますか? はっ、そんなの言うわけないじゃないですか。バッカじゃないですか」
鼻で笑って見せると、今吉の表情が薄くなる。無表情の一歩手前か、なぜか空気がピリっとし、冷たくなる。これは、本気で怒っているときのそれで――。
なに、コイツ、本気でなんかあんのかよ。あの女が好き……はないと思うが。
あらゆることを邪推しても今吉の考えなど理解できるはずもなく、その真相など分かりはしないのだ。
「あの女だけはやめとき」
静かなトーンだが、いつもよりも声は低い。
「あんたに指図される覚えはないんですけど」
「あいつの性格の悪さは有名やし、評判かて――」
「そんなことかよ」
女の性格が良くないことも、遊び歩いていることだって分かる。今更、今吉に忠告されることはない。そんなことも気づかないと思われていることが侵害だった。
「性格悪くて評判悪い? そんなの、俺にぴったりじゃないですか」
断じて、似合いたいなどと思っているわけではないが、自分の性格の悪さぐらい把握している。もっとも、あの女とは性質が違う上に質の悪さじゃこちらが上回っている。
「あかん、ダメや。ワシは納得せんで」
「なんであんたに納得されなきゃなんねーんだよ。中学時代の後輩に、いちいち絡むのやめてもらえませんかね?」
微かに下がる今吉の眉尻に一瞬の戸惑いを覚える。どうして今日は、そんなに表情が豊かなんだよ。
「次、講義あるんで」
そういって振り切り、自分のキャンパスへ戻る。次は今吉がどんな表情をしているのか分からない、ただ、いつもの涼しい表情とは違うだろうということは分かった。
作品名:At Any Rate ... (インテサンプル) 作家名:すずしろ