空想の戦場
セントラル/ロイ
通りを行く人の中に青い軍服の姿が見えて、ロイ・マスタング少佐はたちまち不機嫌になった。
もっともそれは、まだ遠くの四つ角にいるのが目に入っただけで、彼の顔はいたって涼やかな笑顔で久しぶりに会った彼女とカフェで午後のお茶を楽しんでいる。
休日、ではない。その証拠にロイは軍服を着用している。人手が足りないという理由で、連日ほぼ缶詰状態で仕事に明け暮れていて、軽くキレたのである。休みは己が力でもぎ取るものだとはっきり認識した瞬間だった。
まず人の目を盗んで彼女に電話をし、トイレに行くフリをしてそのまま裏口から逃亡したのだった。良い天気の日に美味しいお茶を飲み、美しい女性と楽しい一時を過ごす。これがなくては生きている意味がない。大分大袈裟ではあるが、ロイはそう、心の中で拳を握るのだった。
が、悪巧みがそういつまでも続くわけもなく、先程遠かった下士官はカフェのテラスにロイの姿を見つけると、息せき切って一直線に走ってきた。
「しょっ、少佐、しょ、将軍がっお呼びですので至急お戻りくださ…っ」
ロイは肩で息をする下士官に水を勧め、席を立った。
「もう行ってしまうの?寂しいわ」
「私も同じですよ。ですが……分かってください」
ロイはその手を取って、中指の爪先に接吻をした。
「また会ってくださるわね?」
言葉は無用だった。代わりの眼差し一つで、彼女はうっとりと微笑んだのだから。