天使への遺言
おまえの馬車を見送った後私は、主星より少し離れた星にいる、次期光の守護聖を迎えるべく向かい、しばらくは現地で守護聖としての心得等を説いて学ばせた後、共に主星の聖地へと戻った。
彼はまだ年若い少年だった――マルセルとゼフェルの間になるか。それでも、なかなか気骨はあると思われる。よくがんばって学び取ってくれた。
無論、私も努力した。急な守護聖交代における悪い教訓は、すでに鋼の守護聖の際よく学んでおり、急であるが故に、速やかに引き継ぎを行わなければならない中、決して焦らせたり、荒立てたりさせることのないよう留意した。また私自身、守護聖としての歴は長きに渡ることもあり、ある意味『急な』とも言えないものでもあったので、心静かにそれを迎えることができたと思う――いつ、このときが訪れてもおかしくはなかったのだから。それゆえ、彼にもなるたけ丁寧に教えを説くことができたと思う。おまえのような、聖地や守護聖等について何も知らない者に根気強く教えた経験が生かされ何よりだ。
私は、彼を仮の私室に休ませておき、自分は執務――むしろ残務というべきか――を処理すべく、久方ぶりに聖地の宮殿内にある執務室に向かった。そしてそこで、クラヴィスとすれ違った。
ちらりと私を見やるクラヴィスに、「次の光の守護聖に苦労をさせぬよう」告げると、この期に及んでも鬱陶しげな顔を私に向けるので不愉快になり、つい、吐き出してしまった――今から思えばたぶん、やるせない本音を。
「私がここを去れば、せいせいするであろう?」
はたしてクラヴィスは、ふっ、と笑って「そうだな……」と答えた。
予想はしていた。
なのに、いざ面と向かってそう言われると――そのように仕向けたくせに――私は射抜かれたような鋭い痛みを覚えた。だから、何か続きを言おうとするクラヴィスに、「失礼する」とだけ言い捨て、その場を足早に去った。
このように、クラヴィスにしてもそうだが、他の守護聖にしても話す機会は極端に減った。それというのも、私が指示する立場でなくなったからだ。それに、もともと『肝試し』の対象にすらならない存在だ。だから私は、誰に時間を費やされることもなく――飛空都市において、毎日二度やってくる誰かの――おまえのように訪れる者もいない執務室で、残務自体はなんら滞ることなく片付けることができた。
そして。
おまえはまだロザリアと共に飛空都市にいたが、明日にはいよいよこちらへやってくるという日のことだった。女王即位の儀までまだ時間はあるが、明日に来るのは私の歓送会が催され、それに参加するためだ。
会いたくないと思った。
私はあれ以来、おまえとの接触を一切断つようにしていた。もっとも、次期光の守護聖の教育もあり、接する機会もなかった――幸いなことに。
そう、あれは――口づけ合ったことは『記念の良い思い出』だから。それで終わりにしておきたかった。いくらあがいたところでもう私は、おまえにとっては必要のない――
そこで私は思考を止める。
あれはどこか遠くの話だ。おまえとのことすら、夢の中の出来事だったのかもしれない。夢であれば……いつか消え失せ、忘れるであろう。
ところが。
誰ももう訪れることのないはずの執務室へ、最も近寄らない者たちがやってきた――マルセル、ランディ、そしてゼフェルだ。
口火を切ったのはマルセルだった。開口一番、私に向かってこう言った。
「ジュリアス様、アンジェリークを連れて行かないでください」
「は?」
たぶん私は、ずいぶん呆けた顔をしていたのではないか。あまりにも思いも寄らぬことを言われたので、一瞬、反応ができなかった。だから、何の抗弁もできぬ間にマルセルは続ける。
「光の守護聖が……ジュリアス様が交代と聞いてアンジェリークは、それはもう酷く衝撃を受けています」
まあ……それは、そうかも知れぬが。
「僕……ジュリアス様の歓送会のことを知らせついでにアンジェリークの顔を見にいったとき、ロザリアと喋ってるのを聞いちゃったんです。泣きながら、女王になるのをやめる、ジュリアス様についていくって言ってるのを」
仰天した。
女王になるのをやめて……あろうことか、よりによって私についていく、だと?
「でも僕は……僕たちは、アンジェリークが女王陛下になって欲しい……いえ、なるべきだと思ってるんです」
側で、付き添い役のランディも深く頷いた――ゼフェルはそっぽを向いていたが。
「だからどうか……アンジェリークを連れて行かないで!」