天使への遺言
「そういえば……ジュリアス様はあの像に何か願い事を唱えたの?」
「……いいや」私は首を横に振って応える。「それはここに願うから良い」
そう言って私は、握ったおまえの手の指先に口づける――冷たく硬いものでなく、温かで柔らかい、おまえ自身の手に。
(おまえと共に時を過ごせる幸福を……願う)
顔を上げておまえを見ると、頬を真っ赤に染めていた。なるほど、像ではこれは拝めない、などとまたつまらぬ感慨をもっておまえの顔を見つめていたそのとき。
「あの人、天使様に似ている!」という子どもの声が聞こえた。私の動きが少々目立ってしまったらしい。
「わ、見つかっちゃいました?」
「ああ……だが、慌てるな。急ぐといかにもと思われる。ゆっくり去ろう」
像を背にしながら、おまえは言う。
「早く、新女王陛下の像に変わらないかなー。でないと、おちおち歩けないわ」
その言葉に私は苦笑した。
「早晩置かれるとは思うが……たぶんあの天使像はあのままあそこにあると思うぞ。なにせ、慕われているからな」
そう、あの老人をはじめとした民たちの如く。
「……とはいえ、先程鳥の糞が落ちてきたりもしていたが……」
ああ、どうも、私は浮かれているらしいな。よけいなことを申した。とたんにおまえが反応してくる。
「いやだーっ! やっぱり早くロザリアの像に替えて!」
「……何を言うか」
全くもって、とんだ天使だ。
民たちが知れば驚くだろう。
……いや……存外というか、やはり、慕われるか――
「あ!」
何か思いついたのか、立ち止まるとおまえは、急に声を小さくして言った。
「何を……ジュリアス様は私に遺言しようとしていたの?」
ああ……それか。
探るようにして私を見ているおまえに思わず苦笑したものの、それを控えると私は言った。
「女王のおまえに金など残しても仕方ないだろうから……てっきりおまえは私の羽根ペンが気に入っていたと思ったので、あのペンと……おまえに伝えられなかった言葉を」
私につられて、今度はおまえも真剣な表情になる。
「それは、なに……?」
立ち止まると私は、つないだ手でおまえを引き寄せ、告げる。
「……愛している、と」
そう言って、もう片方の手でおまえの頬に手を添え、軽くだがおまえに口づけた。
天使像の前で、その本人に口づけて私は、改めて温かで柔らかな感触を実感する。
ここにこうして本物の『天使』がいるけれど、もはやまわりの民たちは我関せず、相変わらず思い思いに楽しく過ごしている。それはそれで良いのかもしれない――エリューシオンは、私だけを――あるいは女王や守護聖方だけを頼らなくても、こうして生きているもの――そう言ったおまえの言葉どおりに。
そして――
遺言などでなく、こうして直接、想いを伝えることができて私も嬉しく思う。
「……どうやら、願い事はかなった……いや、かない続けるらしい」浮かれ続けて私は言う。「私とともに『天使』は……おまえは、ここにいるからな」
「ええ、そうですとも!」
そう言っておまえは、握った手を解くと今度は私の腕に抱きついてきた。
そう。
いつか本当に『遺言』を伝えるその日まで、共に過ごせることを願う。
そして、この私の願い事はかなう。
おまえ――天使たるおまえが私の側にいる限り――
かない続ける。
< 終 >