あゆと当麻~嵐のdestiny~
一族が生まれたときのことから一族が滅亡するまでの歴史。その間に繰り返された数々のまがまがしい者との対決。流血。残酷な歴史。見まいと瞼を閉じても記憶が刷り込まれていく。いや。元々あった記憶が戻ってきているのだ。記憶が継承されていく。
女妖邪が亜由美に刀を向けた瞬間、錫杖が打ち込まれた。
錫杖が聖なる光を解き放つ。
まばゆい輝きが女妖邪と当麻達の間に割り込んでくる。
女妖邪は舌打ちすると退いていった。
亜由美は呆然と湖畔に膝まずいていた。
力無く湖畔の岸辺に座り込んでいた。
鎧は洗われたと同時にまた唐突に消えていた。
素足の亜由美がそこにいるだけだった。
ただ、額から現れた文字だけが神々しく光っていた。長く伸びた髪がその名残を確実に残していた。彼女も戦士だった。その事実は当麻達を戸惑わせた。思いも寄らぬ覚醒におもいもよらぬ心の持ち主。どうあつかってもよいのかもわからない。
「あたし・・・? わたし・・・?」
戦闘のなごりを遺して近づく当麻達に連れられて亜由美は呆然と言葉を繰り返しながら連れて帰られた。
いきなりの変異に亜由美は戸惑った。自分は亜遊羅という人間であること。
迦雄須という彼らの師と同じ同根の一族の者で最後の長の一人であることなど少しづつ頭が整理されるにつれ情報が亜遊羅の自我に占領されていった。
私は・・・亜遊羅? 亜由美?
混乱する頭で亜由美は必死に考えた。
私は誰?
その間も当麻達は秀達を救出する手だてを考えていた。亜由美の信じられないトルーパーとしての覚醒もさることながら今は連れさられた仲間のことが一番だった。
そのころ、ちょうど宿敵朱天が現れたのもこのころだった。彼は迦雄須のみちびにより人の心を取り戻していた。そして迦雄須の継承者とならんと修行していたのだ。あの時、間一髪のところで錫杖を打ち込んだのは朱天だったのだ。
当麻達は戸惑ったが、ナスティと純は素直に彼を受け入れた。次第に当麻達も朱天を仲間と見なすようになった。
欠けた仲間の代わりに心強い仲間が出来た。
亜由美はそのなりゆきをただ放心状態で見守るだけだった。
何が起こっているのか、私は誰なのか、何をすべきなのか。
いっぺんにわかったかとおもうといっぺんにわからなくなる。
混乱した頭と心を抱えて亜由美の笑顔が消えていく。
つとめて当麻達の前では明るく振る舞うも自分が彼らとは違う意味を知ってもう心から笑うことなど出来なかった。
自分が最後の時にかけられた術を知って亜由美の心は恐れおののき、孤独感に震え、人知れず涙を流した。今、彼らに心配をかけるわけには行かない。私は・・・そう。彼らと次元を事にして存在する邪悪な者と対峙するものなのだ。
亜由美の心はもう別の者に支配されていた。その様子に誰もまだ気づく物はいなかった。
信じられない覚醒。亜由美にとってもまた彼女の先代の長になる彼にとっても予想外だった。
彼はまだ亜由美の前に姿を現すことはなかった。出来なかったのだ。阿羅醐の復活を操作していたのは他でもない自分たちの宿敵唖呪羅だったのだ。その邪悪なエネルギーを押さえるために先代の長は一人天上の世界で戦っていた。
亜由美は一人でこの試練を乗り越えていくこととなっていった。
頭の中に言葉がこだまする。定められた運命が亜由美を支配していく。
私は亜遊羅。唖呪羅を封じるためだけに生まれてきた者。最後の長、そして永遠の長。
決して死すことの叶わぬ身。亜須羅一族の最後の長、永遠の時の番人。
その事実は悲しみと共に亜由美の心に次第に刻まれて凍り付いた心に染みついていった。
ずっと広い屋敷の中で記憶をよみがえらせていた。
亜由美の記憶と亜遊羅の記憶。
果たして自分は一体どちらだろうと惑う。
亜由美なのに亜遊羅の役目が自分の肩にのしかかる。
自分は亜遊羅だと思わずにいられなかった。
長い時間を一人で待つ。
機械的に日常生活を送りながら。
やがて、晴れた空が皆の戦いが終わったことを知らせる。
亜遊羅として最初にすることが決まった。
皆の元へ向かう。
見なれない鎧をまとった長い髪の少女がサムライ・トルーパー達の前に降り立つ。半分のものにしか彼女のことは分からない。
遼、当麻、純、ナスティ。
当麻がその姿に絶句する。やせ細ってより一層華奢な感じになってしまった自分の許婚をまじまじと見つめる。
だが、その視線をにこやかに受けるとそのまま三魔将と迦遊羅のほうを向く。
「私の名は亜遊羅。あなたがたの階層のもう一つ上に存在している唖呪羅と対峙する者。
もしよろしければ、今一つの間この現世にとどまって御話を聞いていただけますか?」
その小さな体に似合わない涼やかで穏やかな女性の声で亜由美は言う。
「あなたは誰?」
迦遊羅が問う。
「覚えていないかしら? 亜遊羅という名を。あなたと幼き日、里で遊んだ私を?」
亜由美がじっと迦遊羅を見つめる。遠い記憶がよみがえる。
迦遊羅の目が見開く。
「あ・・・姉様?」
その言葉に誰もが言葉を失った。
なぜ、四百年のときを超えて生きているのか?という迦遊羅の問いを押しとどめてナスティの屋敷に皆が戻る。
皆が戦いの疲れを癒している間に亜由美は迦遊羅と語り合った。
今まで一人きりだった部屋に迦遊羅と共に過ごす。いずれ自分の代わりに幸せな人生を送るはずの少女と過去を懐かしむ。
「あなたはいつも私の後をついて回ってとてもかわいらしかった。今もそう。とてもかわいらしい女の子ね」
そう言って亜由美は微笑む。
「覚えていて? あなたが魚を釣るといって小川へ行って慌てて私も後を着いていったら勢い余って・・・」
「姉様が小川に飛び込んでしまいましたわね」
二人でくすくす笑いあう。
「ほんとうに迦遊羅はいろんな事に興味を持っていたからそのとばっちりをたくさん受けて・・・もう大変だった。
今もじゃじゃ馬なの?」
面白そうに瞳をきらめかせて問う。
さぁ?と迦遊羅が小首をかしげる。
「目覚めたばかりですし」
この言葉を言うときばかりは迦遊羅も悲しげな瞳をする。
「でも、もう終わったこと。これからは楽しいことが待ってるから」
にっこり微笑んで慰める。
どういうこと?との問いに亜由美はようやく答える。
「あなたは四百年間ずっと苦しめられてきた。いいかげん、解放されてもいいと思うの。
あなた一人ぐらいなら私でもどうにかできる。だから、この現世で幸せになって欲しいと思って」
「そのようなこと・・・。私はいずれ妖邪界にもどらねばならぬ身」
「一人ぐらい欠けても大丈夫。それに現世ですることもあるかもしれないでしょう? 迦遊羅さえよければ三魔将の方々に御話したいの」
でも・・・、と迦遊羅は迷う。
「私はこれから与えられた運命を歩かなければならない。
だから、代わりに、姉妹のように育ったあなたに自由に生きて欲しいの。
こんな小さな願い聞いてもらえないかしら?」
哀しげにはかなげに願う亜由美の顔を見ると迦遊羅は断れなかった。
おずおずと頷く。
ありがとう、と言って亜由美は涙を目ににじませた。
ひとつだけ教えてくれませんか?と迦遊羅は言う。
亜由美は問いを聞かずに頷く。
「話すよりもあなたに直接記憶を見せてあげる」
亜由美は迦遊羅の手を取る。
作品名:あゆと当麻~嵐のdestiny~ 作家名:綾瀬しずか