あゆと当麻~想い~
やっとのことで軍を打ち負かし、都に入る。
都はどこも敵だらけだった。わらわらと鎧武者が現れ出でる。
「妖邪界と似たつくりのようだ」
螺呪羅が言った。
「ならあそこまで大した距離ではないな」
当麻が城を指し示す。
「このまま一気に突破する」
もう長い時間をかけて近づくつもりはなかった。
皆の疲労は明らかだった。
短期決戦を望む。
当麻の判断に皆従った。
だが、戦いは壮絶だった。今まで相手にしてきたものよりも格段に強い。
必死で戦っていた皆が次々に犠牲になっていく。
ひとり、ひとり、また倒れていく。
なぜ?
私は皆を守りたかっただけなのになぜ、皆が私を守るの?
あゆの頬を涙が伝った。最後に残ったのはあゆと当麻だけだった。他のものは先へ行ってくれと倒れながらも言ってくれた。その言葉に亜由美は涙を瞳ににじませるがそんな顔を皆には見せたくはなかった。必死でにじんでくる涙を抑えた。
天守閣は大きかった。威圧するように聳え立つ。その天守閣の一番上に唖呪羅はいたようだ。もう二人を止める敵はいなかった。錫杖が光を放ちすぐに天守閣の中に入っていた。まるで呼ばれているかのようだった。そこで唖呪羅が待ち受けていた。
後ろでかばいながらあゆ、と当麻が力強く名を呼んだ。
「亜遊羅でもいい、亜由美でもいい。どちらにせよ、最初の二文字は同じだ。だから俺はそう呼ぶ。いいか。必ず勝て。そして生きて戻るんだ。必ず」
あゆは泣きながらうん、と答えた。
唖呪羅は手ごわかった。
一撃で当麻が倒される。もともと白兵戦にはむいていない弓手なのだから今まで残っていたのが不思議なぐらいである。
「当麻!!」
そのまま当麻が城の外へ投げ出される。
「許さない!」
怒りに身を焦がしながらあゆは目を閉じる。体の奥底から膨大な力が呼び覚まされる。
鎧も何もかも、すべての力を錫杖にこめる。
駆け寄り錫杖で唖呪羅を一刀両断する。
唖呪羅がたちまち消えうせる。だが、唖呪羅は不気味な笑いを残して消えていた。
唖呪羅の力で作られていたものが消えうせる。
そこは野原だった何もない草原へ変化していた。だが、それで終わりではなかった。
唖呪羅は生きていた。怒りで唖呪羅を打ち負かすことはできなかったのだ。どこにいるかははっきりわかる。継承された力には唖呪羅が今だ倒されていないことが感じて取れた。耳にあの不気味な笑いが聞こえてきた。
あゆに与えられたこころは「想」。
生きとし生けるもの、死せるものを愛する心こそが真の救いとなること知ってあゆは愕然とした。
覚醒時、額に文字が浮かび上がったのは知っている。想という文字。
それがどんなものかあゆには理解できない。ただ理念だけをあゆは理解していた。
唖呪羅はこのままではすぐに復活してしまう。
それを防ぐには唖呪羅ごとこの地を封印せねばならない。
その方法をただひとつ、あゆは知っていた。
自らの、一族の血で完成させるその封印。魂だけが転生した自分に一族の血は流れていない。
が、魂と継承された力はある。それと自分の血でなんとかなるに違いないと考えた。
この地の中心にあゆは赴いた。錫杖があゆを導く。
そこは一面花が咲き乱れていた。
あゆは美しいこの花の中で大切な人々を傷つけた罪深い自分の命を終わらせることができるのにほんの少し救いを見出していた。
「約束、守れなかったな」
ぽつんと花の中に言葉が落ちる。
あゆは複雑多岐にわたる術を幾とおりも完成させていき、最後の仕上げとなった。
錫杖を手にしまぶたを閉じる。
「ごめん。当麻」
当麻の顔が浮かんで消える。最後だと言うのに浮かんだ当麻の顔は怒っていた。
錫杖を持ち、いざ身を貫かんとしたそのとき、錫杖が奪われた。
からん、と錫杖が遠くに投げ出され落ちた。
まぶたを開け、慌てて念じて手に戻そうとしたそのとき、突然あゆは抱きしめられた。
強く強く抱きしめられる。骨が折れるかと思うほどに抱きしめられ、息が詰まる。
「だめだ!」
当麻だった。この地が野原になったときまだ余力が残っていた当麻は天空の矢であゆを探し出していた。
恐ろしく、嫌な予感がしていた。
あゆの最初の言葉を当麻は確かに聞いたのだった。
遠く離れている場所であゆの声が聞こえるはずがない。だが、何かの力が当麻にあゆの危機を知らせた。
その言葉を聞いて当麻は身を凍りつかせた。
何をしているのかわからないが、何かが約束をたがわせたのだ。
生きて戻れという約束を。
当麻は必死に空を翔けた。
幸い、あゆは術に没頭していて長い時間が過ぎているのに気がつかなかった。
すんでのところで当麻は間に合ったのだ。
「死ぬことは俺が許さん」
あゆは震える声で嘆願する。
「お願い。当麻。やらせて。そうしないと、再び、それもすぐに唖呪羅が復活してしまう。
もう皆を危ない目に合わせるわけには行かないの」
「復活したならもう一度やり直せば良い。今度は間違えぬよう最初から俺も付き合う」
「当麻達を当麻をもう危ない目には会わせられない。当麻にはもう幸せな人生が待っているのよ?!」
「お前のいない人生のどこが幸せなんだ!」
苦しげに当麻が叫んだ。
それを聞いてあゆが押し黙る。
当麻のそんな苦しい声をあゆははじめて聞いた。
悲しみに胸がちぎれる。
「ならば俺を殺せ」
長い静寂をやぶって静かに当麻は言った。
「俺を殺してから術を完成させろ」
「そんなこと、できるわけがないっ!」
あゆは泣き叫んだ。
「お願い。当麻を守らせて!!」
あゆの心の底の叫びが野原に響いた。
「お前ができないなら。自分でやる」
あゆから腕を解いて離すと天空の矢を自らの喉にねらいを定めた。
まぶたを閉じ、ゆっくりねらいをそらさず自分の喉に近づける。
「だめぇ!!」
あゆは飛びつくと当麻の手から矢を奪い取っていた。
当麻がまぶたを開け、あゆを見つめた。
「もう一度やり直そう。頼むからうんと言ってくれ。俺を置いていくな」
あゆに言葉は生まれなかった。どう答えたら良いのかもわからなかった。
「愛して・・・いるんだ。どうしようもないほど」
搾り出すように当麻が言う。大事なあゆを失うかもしれないというこの時、当麻は悟った。
俺はこいつを愛している。年齢が若いかどうかなど関係ない。俺はこいつを愛している。ただ好きなんて淡い想いではない。あゆが死んでしまうと考えただけで恐れおののいてしまう。
「あゆ」
深く思いのたけを込めて当麻が名を呼ぶ。
あゆの瞳から涙があふれた。
真の人の想いはこれほどまでに深く強く純粋なものなのか。
想とはそういうことなのか。
あゆのこころから想のこころが呼び覚まされる。
額に文字が浮かび上がる。想の文字が額に、あゆのこころに当麻への愛がはっきりと浮かび上がる。
愛している。
切ないほどの甘い想いが二人の間に流れる。
通じ合う二人の心。
シャンシャンシャン、と錫杖が鳴って突然二人の間に現れた。
強い光を放つ。
まばゆい光に包まれて何も見えなくなった。
光に包まれたあゆに声が語る。
「最後の時の長よ。いとしい子孫よ。私たちにも罪を償わせてほしい。非情の術をかけたことを。
あの地は私達が今しばらく抑えよう。そして再び愛するものと共に訪れるが良い。そなたの真の目覚めを待っている」