あゆと当麻~想い~
当麻は気を失った亜遊羅、彼にとってはあゆに一言短くわびると彼女を抱き上げた。
「どうするんだ?」
遼が問う。
「こいつの体が弱っている。いきなりあんな力を使ったせいだろう。だが、このままこいつを連れ戻すわけには行かないのでね。この先に身を隠すところがあればいいが」
振りかえって当麻が言う。
「皆は帰ってくれてもいい。こいつに腹を立てているだろうから。だたこいつもやりたくてやったわけじゃない。それだけわかっていてほしい」
当麻は抱き上げている亜遊羅の顔を見つめると顔を上げて皆を見渡した。
「わかっている。ただ、いきなり言われたのでいらだっただけだ」
征士が答える。
「あゆ、がどういう人間かは当麻ほどではないが私だって知っている。私もお前に付き合おう」
「ありがとう。征士」
「秀はどうなの?」
伸が問いかける。他のメンバーは当麻についていく顔に書いてある。一人複雑な顔をしてたのは秀だけだったのだ。あのわがままな亜由美の行動に今だ怒りを感じていた。そして自分達に何も言わずに消えていったことも。
「あ〜ぁぁっっ。わかってるよ。つきあえばいーんだろっ。当麻をこんなところに残しておけねぇしよ」
「だそうだよ。皆、付き合うって」
秀以外はすでに覚悟の表情をしていたのを知っている伸がまとめて答える。
「すまないな」
当麻の言葉に遼が気にするなよ、と声をかける。
「急ごう。できるだけ距離を稼いで置きたい。いくらなんでも俺だってこんなだたっぴろい野原で襲われるのは好きじゃない。
まったくこいつは兵法って言うものをしらないらしいな」
軽いため息をつく。
無事に帰れたら兵法を教えておこうと当麻は思った。
いくらか進んで当麻達は林を見つけた。このようなところでも自然と言うものがあるらしい。幻の様な世界なのに実世界と変わらないのが不思議だった。これはすべてあゆのいう敵の力で出来ているのだろうか? 敵の力で創造されているのならどこに自分たちがいることもわかるはず。空恐ろしい考えが頭を横切った。当麻は不審に思ったがあえてその問いを頭の中から追い払った。ばれたときはばれたときだ。すでに心は決まっていた。絶対に亜由美を連れ帰すと。
この林ならまず一気に大軍が押し寄せてくるとは思われなかった。
火をかけられたらひとたまりもないが。
ひとまず、腕の中にいる彼女を休ませたい。自分達も無理を重ねるわけにはいかない。
遼はまだ回復していない。ほかのものもそうだ。
付き合わせたのはよかったのかどうか当麻には判断できない。
敵がいつ来るかわからないので二人ずつ交代で見張りを立て、あとはそれぞれ休んだ。
当麻だけは見張りに立つとき以外、あゆのそばに座り、見守りつづけた。
迦遊羅と伸が当麻の傷を気遣って癒そうと申し出たが礼を言って体力を温存しておくように頼んだ。
幸い、本気で差し向けた軍があっさり破られたせいか敵は現れなかった。何か別の策を練っているらしい。
あゆは今までの疲れが一気に出たのか、こんこんと眠りつづけた。
一人で抱え込みやがって。この馬鹿が。
眠っているあゆに向かって呟く。
彼らは夜営地を転々としながら進んだ。敵の襲来がないのが不気味であった。
ある夜営地で征士は見張りを交代する時、当麻に言った。
「ずっと休んでいないのではないか? すこし休んだほうが良い。見張りなら私一人で十分だ」
「気持ちだけ受け取っておく。正直、眠ってしまったら、またこっそり逃げだしてしまう気がしてな」
当麻は肩をすくめた。
「皆のうち誰か一人が見ていればいいだろう? 何もお前だけが背負い込むことはない」
「それはそうなんだが」
困ったように当麻が言う。
その後、征士が見ておくからと言うので一旦は横になった当麻だったが気になって眠る所ではなかった。
ちょっとした物音に飛び起きる。
何度かそれを繰り返して休むことをあきらめた。
ともかく、いっしょに行動することを納得させるまでは安心できない。
移動時もずっと抱いていたし、夜営地でも当麻は片時もあゆのそばから離れなかった。
どれだけそうしていただろう?
遠くに都らしきものが近づいてきたあるとき、夜営地で当麻の見つめる中、あゆはゆっくりとまぶたを開けた。
はっとして飛び起きる。
急にくらくらしてあゆは額を押さえた。
「急に起きあがるからだ」
当麻が額をなでてやる。
その手をぱっとあゆは払いのけた。
口を開く寸前、当麻が手でふさいだ。
「大声を出すな。皆、休んでいる」
あゆが頷いたので当麻は手を離した。
「どうして!」
小声で、だが激しさをこめてあゆは言った。
「お前は体を弱めていた、かといって素直に帰るわけでもない。少なくとも俺はお前を守ると約束した。
皆もお前を心配している。戦いたければ、俺達と行動を共にすることを納得するんだな」
険しい光が瞳に浮かぶ。
「手を出すのであれば俺に出せ。皆には出すな」
当麻が厳しい声で先に制する。
あゆがぐっと言葉を詰まらせる。
「何か口にするものをもらってこよう。いいか。絶対に逃げるなよ。逃げたら何をしても絶対につかまえるからな」
脅しではなく、本気だと悟ったあゆはしかたなく頷いた。
現在の移動手段は馬だった。野生の馬がいるのを確認してとらえたのだ。その馬一匹に当麻があゆを乗せては知らせていた。
「私も今は戦士なのよ」
あゆが当麻の腕の中で何度も抗議する。
あんまりうるさいから途中でもう一匹つかまえてあたえた。
鎧がすべてをなさしめているのか。あゆは初めての乗馬にも簡単になりこなした。そして早足で都に向かった。
何度か逃げようかとあゆは思った。だが、いつも当麻が後ろからぴったりとマークしている。
いつ逃げ出されてもいいかのように。
行動を共にしている間、あゆは寡黙になった。誰とも会話を交わそうともしない。
天空、とも当麻、とも呼ばなかった。誰一人どの名でも呼ぼうとしなかった。
いつもの名を呼ぶには自分は亜遊羅でありすぎたし、かといって天空などと言えば彼らが悲しむのが目に見えていたからだ。
皆が以前と変わらぬ様子で接してくれるのが痛かった。
自分はそんな皆を傷つけようとしたのだ。
だが、もしそれで皆が助かるのであれば進んでそうしようと考えていた。
ただ、当麻に釘を打たれていたために行動しようがなかった。
あゆは自分を責めていた。
どうして、もっと巧妙に隠すことができなかったのか。
それよりもいろいろ当麻に話しておいた事が悪かった。
どんな虚勢を張ろうとも恐ろしいほど気持ちが読み取られてしまう。
あの時は語ることによって自分を癒していた。だが、そんなことをせずに胸に秘めておけば良かったと後悔する。
ついに大きな門を前にしたときにあゆ達は大軍に遭遇した。
馬から飛び降りる。
あゆは一歩先にでると錫杖を構えた。
その先から錫杖を当麻が取り上げる。
「その手はよほどのとき以外使うな。あれはお前にダメージが大きすぎる。
今は決戦に備えて体力を温存しておけ」
そしてあゆを背中にかばうと矢を番えた。
気がつけば皆の背で守られていた。
「どうして・・・っ。これは私の戦いなのよっ」
悲壮な声が彼らの間に響き渡る。
「守りたいから守るだけだ。ほかに理由などない」
当麻が答えた。