あゆと当麻~想い~
想い―役目
「いいかげん、これをはずしてくれ」
リビングの椅子に縛り付けられた当麻が不機嫌そうに言う。
「取り外したが最後。お前はまた飛び出すだろうが」
当麻を縛り付けた張本人、征士が答える。
図星の当麻は押し黙る。
早朝とはいえ、緊急事態に純以外のものが起き出していた。
「少し頭を冷やすのだな」
「起きましたなら、これが枕元に」
迦遊羅が一枚の便箋を取り出して読む。
それは亜由美から迦遊羅への託であった。
両親のこと、妹のことを迦遊羅にたくしていた。
ごめんなさい、から手紙が始まっていた。
「一人で黙って行くこと許してください。きっと皆、怒るでしょうね。
でも私はもう皆を戦禍に巻き込みたくない。それに皆の戦いはもう終わりました。
これは私一人に課せられた戦い。申し訳ないけれど、家のこと頼みます。
いい家族じゃないかもしれないけれど、お父さんもお母さんも妹もきっと迦遊羅のことを大事にしてくれるよ。
そうして失われた四百年間が戻ることを祈っています。あゆ、で締めくくられてます」
迦遊羅が手紙を読み終わった。ただし、最後の三行を抜いて。
そこにはこう書かれていた。当麻の事、お願いします。これは心からのお願い。当麻を幸せにしてあげて。
読めば、きっと当麻が逆上すると思ってわざと読まなかった。
だが、当麻はめざとくそれを見つけた。迦遊羅が読む手紙の行数を手紙の裏から見て数えていたのだ。
「もう三行、あるだろう? 何と書いてあるんだ」
「今のあなたには聞かせられません」
迦遊羅が断る。
「読むんだ。迦遊羅」
射るように当麻が睨みつける。
「迦遊羅」
当麻が再度、名を呼ぶ。
「読んであげては?」
迦遊羅の脇で手紙の内容を知ったナスティが言う。
「でも・・・」
迦遊羅は逡巡する。
「きっと当麻には大切なメッセージだと思うわ」
しばして迦遊羅は読んだ。
それを聞く当麻の顔色が変わる。
「あの馬鹿はっ。人の幸せ考える前に自分の幸せ考えろっ」
当麻の眼に涙が浮かんでいた。
何度か息を吸って吐いて、当麻は静かに告げた。
「俺は行く。だが、皆は残ってもらいたい」
「馬鹿なっ。当麻一人で行ってどうするんだよ。彼女だって俺達の大切な仲間じゃないかっ」
遼が声を荒げる。
「そーだよ。俺達の大切な妹だぜ」
秀も言う。
俺は、と当麻が答える。
「あいつに守ってやると約束した。だから俺は行く。だが、輝光帝で戦った遼はまだ体が癒えていない。
皆もそうだろう。俺だって実際のところはしんどい。遼まで失うわけにはいかないからな。
それにあの阿保は俺が迎えに行かないとこちらには帰ってこないんだ」
「どういう、ことかしら?」
ナスティが問う。
「言葉のままさ。あいつは死ぬ気でいるし、もし無事に戦い終えても向こうで役目を果たそうとするに決まっている」
「役目?」
伸がいぶかしむ。
「亜須羅一族は時の長をかねている。すなわち、時の流れを見守ることさ。あちらとこちらの境を封印しながら、な。時の長はまたの名を時の番人と言うそうだ」
いつの夜話だったか、ぽつり、ぽつりと亜由美が語っていた役目について話す。
「それじゃぁ。あゆお姉ちゃん。戻ってこないの? 僕、そんなの嫌だよ」
「純。起きたのね」
ナスティが泣きそうな純を抱きしめる。
「大丈夫よ。きっと戻ってくるわ。あたしはそう信じている」
ナスティが純に語る。
「戻ってくる、こともあるそうだ。ただし、間違いなく俺達の死んだ後でな。
戻ってくるターンはまちまちらしいが大抵は百年に一度あるかないからしい」
「そんなっ」
淡々と語る当麻に遼が再び、声をあげる。
「あちらは時間の流れが妖邪界のようにゆるやかなんだそうだ。だが、そんな事は俺が許さない。
俺を置いて死ぬのもな。絶対に生きて連れ戻す。運命なんて言葉で片付けさせてたまるか」
当麻が静かに言う。
淡々とした声の中に当麻の決意がかいま見える。
あいつは時の長の前に俺の許婚だ。深い想いが当麻の中にあふれていた。
「どうして、そのような大事なことを我々に話さなかったのだ?」
螺呪羅が問いかける。
「俺だって全部聞いたわけじゃない。恐らく、すべてを聞いているのはそこにいる迦遊羅だけだろう。
それに全部話さないでほしいと頼まれていた。聞けば皆、驚くだろうから、と」
迦遊羅も頷く。
「水くせぇぜ。俺達に隠し事なんてよ」
秀が怒りをあらわにして言う。
「私達の役目は時として人に話さないほうがいいこともあるのです。秀」
迦遊羅が言う。
「なんだよー。迦遊羅まで肩を持つのかよ」
「きっと、私を人間界で暮らさせるために一人ですべてを背負い込もうとしたのでしょう。
でも、私も姉様がいなくなるのは嫌です」
「俺だって嫌だ。誰一人として仲間が欠けるのは嫌だ」
遼も言う。
「僕も」
「私もだ」
伸、征士が言う。
「俺だって嫌だよっ」
秀も声をあげる。
「我々も付き合おう。迦遊羅を大切にしてくれる者だ。我々にとっても縁浅くない」
悪奴弥守が言い、残る二人も頷いた。
「よかった。僕、お兄ちゃんたちならお姉ちゃん助けてくれると思っていた」
そう言う純のおなかが鳴った。
「それじゃぁ。朝ご飯用意するわね。伸、手伝ってくれるかしら?」
「オーケー」
伸が立ちあがってナスティと台所に消える。
「ところで、この紐取り外してくれないか?」
「一人で飛び出したりせぬと約束するならばな」
征士の言葉に当麻は約束する、と答えた。
待っていろ。必ず、行って、二度と一人で戦うなんてできないようにとっ捕まえてやる。
心の中で当麻は一人でいる亜由美に語り掛けた。
「新宿って何かあるのかな」
薄暗い空を見上げて遼が呟いた。
「さぁな」
征士が答える。
「ところで当麻。これからどうやってそこへ行くんだ?」
秀が尋ねる。
「迦遊羅の錫杖が導いてくれるだろう」
「お前、一人でどうやって行くつもりだったんだ?」
当麻の答えを聞いて逆に秀が問い返す。
「俺の鎧は天空だからな。飛べばなんとか行けるんじゃないかと思っていた」
「お前、それは無謀だよ」
秀に言われては身もふたもない。
「それほど当麻はあゆが好きって事なんだよ」
伸が微笑む。
「恋は智将すら狂わせるか」
征士が一人納得する。
「好きで悪いか」
当麻がぶすっと答える。
その様子に少し迦遊羅がさびしげに見る。
手紙で当麻をたくした亜由美はきっと迦遊羅も当麻を慕っていることに気づいていたのだろう。
だからこそ、託した。
恐らく、自分より迦遊羅の方がふさわしいのだろうと身を引いたのだ。
好きあっているのに素直になれないのですね。
亜由美は当麻に好きだと一言も告げてはいないと言っていた。
どうして、という問いに言えない、それが答えだった。
迦遊羅はそれに腹を立てるよりも一種のいとおしさを感じていた。
当麻が自分を選ぶことがないのは寂しいことだったが、今や事実上となった大好きな姉が幸せになれるのならと迦遊羅は思っていた。
私達は似たもの同士ですね。
お互いのことを思って身を引いている。
損な性分だ。人に優しすぎる、というのだろうか。
迦遊羅が苦笑した。
その様子を遼が見つける。さびしげに当麻を見た後、ふっと苦笑いを浮かべる迦遊羅を。