あゆと当麻~想い~
恐る恐るプリンを口にした三魔将達から賞賛の声が上がる。
「かように、美味なるものがあるとは」
那唖坐の言葉に亜由美がでしょー、とスプーンを振り回して答える。
「あゆ。スプーンを振りまわさない」
伸がしっかり見つけて注意する。
「はーい。それで、伸。お代わりあるの?」
「もちろん。リクエストどおりに。皆、二つづつあるよ」
「やりーっ」
それを聞いた秀がかっこむ。
「しゅーう。僕の愛情こもったプリンをもう少し味わってほしいなぁ」
「次で味わうから。・・・おかわりっ」
「はいはい。じゃ、残っているのを持ってくるから秀とあゆも手伝って」
食べかけのプリンをテーブルに残して、伸が台所へ向かう。
秀と亜由美がいそいそと着いていく。
その様子に当麻が眉を寄せた。
いくらなんでも今日の亜由美ははしゃぎ過ぎだ。ナチュラル・ハイと言ってもいいくらいだ。
わざと明るく振舞っている?
疑問は突然確信へと変わる。
一体なんのために?
当麻の思考は深く潜っていった。
ベッドの中で当麻は寝返りを打った。もう夜中の二時だ。
心の中がざわざわしていて寝付けない。
同室の征士は早々と眠っている。征士の就寝は基本的に夜、九時だ。
いらいらとまた寝返りを打つ。
ふいにドアの向こうに人の気配がした。
息を潜めてドアを見つめる。
ドアの向こうに亜由美が立っていた。朝、起きたときにわかった。
今、出るときだと。だが、昼間では皆にみつかってとがめられてしまう。
そこで皆が寝静まったときを待っていた。
当麻はもう眠っているだろう。征士に付き合って最近、夜が早いから。
そっとドアに額を押し付け、ささやく。
さよなら、と。そしてありがとう、と。
いくらそうしていただろうか、立ち去りたくない気持ちを押さえてドアから離れる。
ドアの向こうの気配がなくなった。
当麻は飛び起きると部屋の外に飛び出た。
暗闇の中に歩み去ろうとする亜由美の後ろ姿を見つけた。
「おいっ」
意外に大きな声を出して当麻が亜由美の腕をつかむ。
振りかえった亜由美はかがんでと出し抜けに当麻に言った。
「お前、なにを」
聞きながらかがむ。
亜由美は少し背伸びすると当麻の額に軽いキスをした。
とたんに当麻の視界が暗くなる。
意識を失った当麻が崩れるようにひざをつく。その体を抱きかかえるとそのまま廊下に横たわらせた。
部屋に連れて行きたいが、重過ぎる。
また背が高くなったな。男の子は成長が早いんだから。
そんなことを思いながら自分も廊下に座り込む。
意識を失った当麻の唇にそっと自分の唇を重ねる。
そらからじっと当麻の顔を見つめる。
「ごめん」
そう言うと亜由美は立ちあがり、ナスティの家を抜け出した。
目指すは新宿。そこに敵はいる。
定刻どおり朝五時に目を覚ました征士は珍しいこともあるものだな、と隣のベッドを見た。
当麻のベッドはもぬけの殻である。
着替えてドアを開けた征士は言葉を失った。
当麻がすーすーと寝息を立てながら眠っている。しかし、それはベッドの中ではなく、廊下で。
「おい。当麻。こんなところで眠っていては風邪を引くぞ」
当麻の体をゆさぶる。
「当麻!」
今度は強く揺さぶる。
いつもはそれぐらいでは起きない当麻がはっと目を覚ました。
征士を見るなり、胸ぐらをつかむ。
「あゆは?! 亜由美は?!」
「何を寝ぼけているのだ? 彼女なら部屋で眠っているだろうに」
征士の言葉を聞き終わらないうちに当麻は亜由美と迦遊羅が眠っているはずの部屋に飛び込んだ。
「当麻。いくらなんでも女性の部屋に乱入するとは、いくらお前でも許されることでは・・・いない?」
当麻の肩越しにベッドが空になっているのを見つける。ベッドカバーの上にはきちんと折りたたまれたパジャマが置かれている。
突然、固まっていた当麻がきびすを返す。そのまま猛烈な勢いで階段を駆け下り、玄関へ向かう。
なぜ気づかなかった?
当麻は自分を責めていた。
あれだけ話を聞いていて。
明るいあゆはメッセージであり皆へのお礼。皆を喜ばせるためのプレゼント。
輝く笑顔は俺へのプレゼント。
そして、昨日のわからない瞳に走ったものはもう戻らないことを意味していた。
俺の顔がいつでも見れない、ということだ。俺の顔を見納めていたのだ、と唐突に気づいた。
玄関をはだしで飛び出したところで征士に止められた。
「そのような姿でどこに行く? しかもはだしで」
「行ったんだよ。あいつはっ。一人で敵の元へ行ったんだっ。もうここへは戻ってこないんだよっ」
半ば叫ぶかのようにして征士に答える。
征士の制止を振りきって駆け出そうとするのを強く腕を掴まれて阻まれた。
「離せよ!」
「当麻、お前一人で行ってどうする? まずは皆に報告をするべきだろう」
「そんなんじゃ、遅いんだっ。今ごろあいつは一人で戦ってるんだっ」
当麻の頬を征士が強くはたく。
「しっかりするのだ。取り乱して、お前らしくない」
「あのっ・・・大ばか者がっ」
当麻が地面に向かって叫んだ。