あゆと当麻~想い~
想い―二人
あたり一帯に広がっていた亡者を一掃すると亜由美は肩で息をしていた。
手探り状態でここまでようやくたどり着いたが、目的地には程遠い。
それなのに亡者達がわらわら出てくる。
こう言う時、当麻に仲間達がいることがうらやましくなる。
だが、これは自分一人でやり遂げねばならない。
ならば見事に役目を果たして見せようと亜由美、いや、今は時の長、亜遊羅は思った。
ここでは亜由美であることを捨てねばならない。
ふいに当麻の気配を感じて眉をひそめた。
それは次第に強くなる。それも当麻だけではない。皆の気配を感じる。
やはり、気づかれてしまった。
当麻に気づかれたときにいっそ、記憶を消してしまおうかと思った。
だが、そうすると皆の記憶も消さなくてはならない。それに時間を取れる余裕はなかった。
ふいに地からつきあげる激しい衝動に亜遊羅は体制を立て直すのに必死になった。
目の前を光の道が突き抜ける。
まばゆい光が消えるとそこには当麻達が立っていた。
「あゆ」
当麻が近づこうとする。
「来ないでください!」
鋭い声で制すると錫杖を地につきたてた。
どぉんという衝撃が二つの地を別つ。
「何だ? 何が起こったんだ?」
秀が叫ぶ。
「驚く必要はありません。金剛」
もう彼らを名で呼ぶことはない。切ない思いが亜遊羅の中にこみあげるが隠すように告げる。
「今、結界によってこの地を二つに分けました。こちらに来ることはできません」
「なんだって?」
秀が走り出すが目に見えない障壁によって阻まれた。
「なんだよ。行けないじゃねーか」
障壁にがんがんと蹴るがぶつかってその先へは行けない。
「どけ! 秀! 結界などこの俺が射抜いて見せる」
「無駄です。天空。この亜遊羅の力を破ることはかないません。あきらめて早々に立ち去りなさい」
冷たく亜遊羅が言い放つ。
「あゆ」
その口調に当麻が戸惑って名を呼んだ。
ほんの数時間しか経っていないというのにその呼び名のどれほど懐かしいことか。
心の中を震わせながらそれを隠すように息を吸って吐き出す。
「私はあゆでも亜由美でもありません。時の長、亜遊羅です」
それから亜遊羅は美しくそれでいて凄絶な微笑を浮かべた。くったくのないあの笑顔ではなかった。
「あなた方にはわからぬのですか? あなた方は私にとって足手まといなのです」
その台詞に皆、驚きを隠せないようだった。
「せっかく助けに来てやったにっ」
単純な秀が最初に怒りをあらわにする。
そう。それでいい。皆を怒らせ、そのまま帰せばいい。そのほうが彼らにとって幸せなのだ。想いを断ち切るように口を開いた。かすかに体は震えていた。もう彼らとは同じ空の下にいることは出来ない
それでも言いたくない言葉を吐いた。
「邪魔です」
はっきりと告げる。
そのにべもなく冷たい口調に誰もが怒り始めた。
だが、この場にいるのは本来場違いなのだ。間違いは正さないといけない。
彼らは阿羅醐と対峙するものであってそれ以上の対峙は自分の領分なのだ。それが役目というもの。
突然、漂ってくる妄執の気配に亜遊羅ははっと振りかえった。
しまった。ぐずぐずしている内に次の相手が来てしまった。
しかも今度は大軍だ。総大将もいるらしい。
せまってくる大群が脳裏に鮮明に写り出す。
相手も本気になってきたということか。
来る敵に向かって亜遊羅は皆に背を向け、身構える。
それを誰もが拒絶と受け取った。
「行こうぜ。助けに来て損したぜ」
秀がきびすを返す。
当麻が何も言わず、矢を番える。そして真空破を射る。
何度も、何度も射る。まるでありったけの力を使っているようだ。
結界は一度に破壊することはできないが、一点に集中させて攻撃すればそこは耐性が脆くなる。
それを祈って当麻は真空破を射続けた。
亜遊羅である亜由美は先を見据えた。
来た。
錫杖がぽう、と消え、まとっている鎧の背から剣をふた振り持った。
女の身でも扱いやすい軽い細身の剣だ。
亜遊羅が継承したこの鎧は身にまとう者に応じて変化するようだった。
剣を構え、飛び上がる。
「青雷舞!」
二つの剣をくるくる回すと、するどい青い無数の光線が亡者達の上に降り注ぐ。
その様子を見とめた当麻の矢を射る手が動揺でわずかにゆれた。敵の中に身を当時が亜由美のすがたが見えなくなる。
焦って矢のねらいがずれる。
「くそっ」
結界はまだ壊れない。じりじりとあせりながら矢を番える。
その間にも亜遊羅は敵陣の中で必死に戦っていた。覚えのない剣術も鎧が教えてくれるように導かれ亡者を倒して井気宇。
なんとしても当麻達のほうに行かせてはならない。
結界があろうとも万が一のことがある。
ここで死守しなくては。
必死の想いで剣を躍らせる。
「当麻、手伝います」
瞬時に当麻の次に気づいた迦遊羅が錫杖を手にする。
ふたつのエネルギーが一点に集中する。
「僕も手伝うよ」
間髪入れずに伸もくわった。
剣技は使えないがエネルギーを一点に集中させられる者が加勢する。
もう少しだ。もう少し。
当麻の額を脂汗が流れた。
このままでは埒があかない。
亜遊羅はあせった。
こうなっては大技を使うしかない。
使ったことなどなかった。知識にあるだけでどうなるかわからない。
だが、最終手段はこれしかない。今は急いでこれをかたづけなくてはならない。
間合いをとって後方へ飛び退る。
その間に手は剣と錫杖を持ち替えていた。
「我は亜遊羅。時の長にして時の番人なり。その真名を持って命ずる。邪なる者よ。とく、退ね!」
言霊に乗せて亜遊羅の一族が守ってきたその力を波動にかえて放つ。
波動が亡者すべてに届き、一掃される。
突然に大きなエネルギーを放出することに体はまだ慣れておらず、そのままがくりとひざをつく。
目の前の視野が狭まりまるで意識を失っていくように感じた。
だめ。弱さを見せては。
少なくとも当麻達の前では強くあらねば。
再び立ちあがろうとするが、体が重く、言うことを聞かない。
体がバランスを崩してかしぐ。
その体をようやく結界を突破した当麻が駆けつけ支える。
「離して」
亜遊羅は弱々しく抗う。
「一人では立てないくせに。無理をするな」
亜遊羅が見せた力は当麻を驚かせていた。あれほど強大な力を持っているとは。
だが、強大な力を使えば使うほどどこかしら体にがたが来る。
力を知っているものは決して無理な使い方をしない。
「離して」
もう一度、今度は弱々しながら強く言って剣を当麻の喉元へつきたてた。
「おい!」
誰かが近づこうとした。
つい、と剣をうごかす。浅い傷を作って当麻の喉元に血が一筋流れる。
誰もが動きを止めた。
「私は本気よ。ここから立ち去りなさい。そしてあなたも手を離して」
冷たい光を宿して亜遊羅は言う。天空、とは言わなかった。追い詰められている。当麻はそう感じた。
「俺を殺すか?」
当麻が澄んだ瞳で亜遊羅の瞳を見つめる。
「お前に殺されるなら本望だ」
静かに当麻が告げる。
動揺した亜遊羅の瞳が揺らいだ。剣を持つ手が震える。
その一瞬を逃すことなく当麻は片手をはずすと亜遊羅のみぞおちにこぶしを入れた。
剣が亜遊羅の手から滑り落ち、がく、と意識を失う。
「悪い」