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遥かなる呼び声

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 何やら妙に静かだなと思いふと傍らを顧みれば、「伝説の称号」とやらを持つかの少年はただ一人佇んで、じっと空を見上げていた。
 どこまでも続く草原を思わせる眼は瞬きを知らぬ宝玉。後ろで一括りにした差し込む陽光の髪が、かすかにそよぐ。反った喉が緩やかなカーブを描いている。彼方に広がる透き通るほどの蒼の色彩の中で、肌の白さがやけに目立った。それこそ彼の身にまとう赤で統一された衣服や鎧の類よりも。
 この空の、どこに彼は心惹かれているのだろう。ほとんど直角をなすように見上げるその様に、大きな房の付いた兜が脱げて転がり落ちてしまうのではないか、という思いに捕らわれる。不意に風が吹き、房飾りが揺れるのを目の当たりにしてスコールは、落ちるぞ、と心の中でぼそりと呟いた。思うだけで、口にはしない。
 もっとも、実行に移そうとしたところで無駄足だったろう。大概の場合において、自分の発言は出遅れの感が否めない。先制は必ず、とある二人によって奪われるのだ。
「よお! なーに見てんだ?」
 そら、ご覧の通り。半ば飛びつくように、小さな身体に伸びたのはそれぞれ異なる二本の腕。右側からバッツが、そして左側からはジタンが少年の肩をぐいとばかりに掴んでいく。少年の驚愕の声が、吸い込まれそうな青空へと、高く、高く響き渡った。
「な、何するんだよ! もう!」
 少年の憤慨は至極もっともだ、とスコールは思う。対する二人はといえば、しれっと「「声かけただけ」」と涼しい顔だ。嘘付け、と突っ込んでみるも、やはり心の中だけに留まる。
 二人の言に少年が納得するはずもなく、草原の色をなす瞳をめいっぱい見開いて、彼は頬を膨らませた。普段、大人びたことばかり言う少年だが、こんな時は年相応の表情になるものだ。そういえば一番年下なのだったか、と今更ながら気付く。十二か、十三、確かそれくらいの年齢だったはずだ。
「きゃー、たまちゃんこわーいー」
「たまちゃん言うな!」
 言うほどには怖がっていないバッツに対して、少年が鋭く抗議する。それはそうだろう。第三者の目から見ても、からかっているとしか思えない。いや、事実からかっているのに違いない。その証拠に、バッツの表情は明らかな喜色を浮かべている。曰く、悪戯っ子の笑みという奴を。
「なんだなんだ、わっがままだな〜。じゃあオニちゃんで」
「何だよその呼び方! 前より酷くなってるじゃないか!」
「そうだぞーバッツー」
 おや、とスコールは片目をひそめた。てっきりジタンもバッツに乗っかって少年をからかうもの、と思っていたのだが、意外にも彼は少年の味方に回ったようだ。と、一瞬そう思ったが。
「オニちゃんて、いくらなんでもそりゃあないだろ。センスを疑われるぜ?」
 ……んん? と更にスコールは顔をしかめた。何か、悪い予感がする。得てして、そんな予感ほどよく当たってしまうものだ。戦士の勘? 違う。そんなものじゃない。経験に裏付けられた確信、と言ってもいい。スコールの思いをよそに、ジタンは真面目くさって頷いた。
「そりゃ駄目だろ? 大体、オニちゃんなんてのは――なんといってもかわいくない」
「かわいさの問題じゃないよ!!」
「ってことで、やっぱここは『たまちゃん』で決まりじゃねえ?」
「何が決まりだよ!!」
 少年は、叫んだ。声高らかに。顔中を、怒りの赤に染め上げて。
「そんなの、僕は絶対認めないからねジタン!!」
 ああ、やっぱり――と、スコールは溜息をつく。可哀相に。阿呆な会話に踊らされて、少年は顔どころか耳や首筋まで真っ赤だ。しかし十六のジタンはまあ目を瞑るとして、一番年下とそう変わらないような態度を見せるバッツは一体何なのか。驚愕的事実だが、彼は二十歳を迎えている。つまり大人なのだ。だというのに大人気ない……というより、ガキっぽすぎやしないか?
「な、な、スコール。お前はどっちがいいと思う? たまちゃん? それともオニちゃん?」
「……そこで俺に振るな」
 地を這う低音でスコールは思わず突っ込んだ。流石に、ここは音声化せざるを得ない。
 ふと視線を逸らせば、頬を膨らませたままの少年がまた空を見上げている。釣られて、スコールも空を見上げた。何もない。いや、なくもないが、そこにあるのは雲くらいのもの。何か愉快な形をしているかといえば、そうでもない。
「あー、まった見てるよたまちゃん。なあなあ、何見てんの?」
「ん〜……結局たまちゃんに落ち着くかぁ。まーそれが無難かな……ってホント何見てんだ?」
 少年の肩越しに、ジタンとバッツも揃って空を見上げた。ぽかり、と間抜けに口を開けているのは愛嬌、ということにしておく。二人の相手をするのに疲れたのだろう、少年はもう何も言わなかった。
 いつしか少年の顔からは、普段の険がすっかり取れ去っていた。怒り、憤り、そんな負の感情を全て拭い落とし、風渡る草原の瞳がただひたすらに空を見つめている。雲ばかりが飛ぶように流れていく、どこに続いているのかも判らない空を。ただじっと、ひたすらに。
「……たまちゃん?」
 長くて短い時間の後、動かない少年に向けてバッツが声をかける。声に反応してびくりと少年が身じろいだ。はたと顧みたその表情も、まるで見たことのないもの。いや、冷静に考えてみればこれも年相応な顔なのだろう。どこか寂しそうな、懐かしそうな、幼い表情。
 こんな表情に、見覚えがある。スコールは胸中で呟いた。なんだったか。いつだったか。どこで見たのだったか……。掴めそうで、掴めない。まるで、あの空の雲のように。あとほんの少し手を伸ばせば掴めそうに思う、あの柔らかなものと同じ。
 爪先が答えに触れる、髪筋一本の距離で思考は止まった。少年の、「たまちゃん言うなってば」という拗ねた呟きに、いま少しで掴めそうだった確かな証が胡散霧消する。はっと視線を投げてみれば、そこにはいつもの見慣れた少年の顔。年に似合わぬ大人びた表情で、ぷい、と顔を背けてしまう。
 付き合っていられないよ。いかにも生意気な口調で、少年は言い捨てた。スコールを含めた三人を背に、一人すたすたと歩き出す。この場において自分ひとりが大人である、とでも言いたげに。
 ふと、少年が顔を上げた。おそらく何かを見つけたのだろう、と思う。これまでずっと見上げていた空にではなく、踏みしめた地面のその先に。
 少年は歩みを速めた。歩きから早歩きに、そして早歩きから駆け足に。ほんの数度の瞬きの間。少年は、それこそ風のようにこの場から立ち去ってしまった。もう、誰にも追いつけはしない。
「……あーあ、行っちゃった」
 あっという間もなく小さな豆粒と化した少年の後ろ姿を眺めやりながら、お前のせいだぞ、と言外にジタンが言った。じろりとねめつける眼差しも、声高に叫んでいる。しかしバッツは頭を振った。
「俺のせいなんかじゃないって」
「よっく言うぜ」
 今度は、バッツが真面目くさって頷いた。腕を組み、大地をしっかり脚で踏みしめて。
「ありゃ、風に呼ばれたんだよ」
「風ぇ?」
「ん、風」
作品名:遥かなる呼び声 作家名:歪み月