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綾瀬しずか
綾瀬しずか
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あゆと当麻~四重奏~

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四重奏


大好きなあの人はやっぱり大好きな人が好き。
どんなに想っても気持ちは届かない。

大好きな人はあいつが好きで、だけどあいつは別の人を想っている。
どうしたら大好きな人は幸せになれるかな?
俺じゃ代わりになれないかな?

あの人の事が好きなのに想いを告げられない。
この想いは永遠に叶わない。
それならもう一人の大好きな人に。
あの人を好きなその人ならあの人を幸せにしてくれるだろう。

あいつの事が好きだ。でもあいつは本当に俺のこと好きだろうか?
気持ちを聞きたいけれどうまく聞けない。
せめて嫌われてなかったらいいのに。


「何ですって?」
迦遊羅は耳を疑った。
「だから、当麻のことお願い」
さらり、と亜由美が言う。
「それは、私に当麻を譲るとでも言うのですか? 
姉様は当麻のことが好きなのではないですか? もう戦いは終わったのでしょう?
身をひくことなどないはずです」
それがあるの、と亜由美は久しぶりにはかなげに微笑った。最近は冷笑に近い笑みを見せるようになっていた。どこか不適と言おうか。ふてぶてしいといおうか。
「まだ、唖呪羅は生きている。今は一族の力で押さえているだけ。
いずれ復活する。その時、私はまた行かなくてはならない。だから、私は当麻を好きなってはいけないの」
あの時、先祖の声は愛する人と共にと言った。だが、そんな事できるはずがない。
しかも、相手は告白したことさえ覚えていないだから。二人はナスティの屋敷近くの湖畔で気がついた。
その時、当麻は亜由美から錫杖を取り上げて以降の事をすっぱり忘れていた。
なんの力が作用したのかわからなかったが、あえて記憶がないままにしてあった。
あの時、思わず、気持ちに答えたが後から考えてみれば見るほどそれがどれほど意味のないことか思い知ったからだ。
「姉様がどう思っているかは知りませんが、当麻は姉様の事を好きです」
知っている、と亜由美が小さく言った。
「知っている? ではなぜ?」
迦遊羅が問い返す。
「当麻の気持ちは知ってる。私が術を私の死で終わらせる直前に言ってくれた。でも、当麻はその事を覚えていないの。
それなら聞かなかったことにしたい。どうせ、私は当麻を好きなってはいけないから。
この想いはけっして叶わないから。
だけど、戦いの終わった迦遊羅は違う。好きな人と大事な時間を歩んで欲しい。
私の代わりといってはなんだけど」
また亜由美ははかなげに微笑う。
それで、と迦遊羅はこみ上げる怒りを押さえながら言う。
以前、託されたときはこんなに怒りを覚えなかった。
それも戦いが終わったらきっと二人は上手く行くだろうと思ったからだ。
それなのに、この姉は何を考えているのだろうか?
戦いは終わっていないと言うばかり。
好きだと言われてなお、拒む姉の気持ちがわからない。
自分なら複雑でも喜んで受け取るだろうにと想うにつけ腹立たしくなってくる。
「当麻を私に譲って姉様はこれからどうするのですか?」
亜由美は実家には戻らない、と言っていた。東京で生活すると。
亜遊羅として目覚めた自分は家族の元へ帰れない、と言った。
頭を悩ませた当麻が東京の高校を受験して合格した自分を保護者代わりにして二人の東京滞在を許可してもらったばかりだ。
「しばらくは、迦遊羅が生活に慣れるまで大人しくいっしょにいる。そのあとは」
そこで亜由美は言葉を止める。
「その後は?」
「ご想像にお任せする」
その答えを聞いた迦遊羅の怒りが爆発した。
「姉様なんて大嫌い!!」
迦遊羅は部屋を飛び出した。

バタン、と派手な音がして部屋から迦遊羅が飛び出てきた。
そのまま階段を駆け下りると一気に外へ出る。
しばらくして降りてきた亜由美が呆然と見送っている皆の元へ来る。
「当麻。迦遊羅を追って」
なぜ、自分が? と当麻が釈然しないもこれから保護者となる身としては気になる。
当麻は言われるまま迦遊羅の後を追った。
「喧嘩でもしたのか?」
遼が尋ねる。
「だいっきらいって言われた」
そう答える亜由美の姿はぽつんと世界に取り残された子供のようだった。

「迦遊羅! どうした?!」
当麻がやっと追いついて尋ねる。
「お前、泣いてるのか?」
その声に迦遊羅がきっと睨む。振り返った拍子に涙が飛び散る。
「どうして、忘れたんですか? 当麻が姉様へ言ったことを忘れたから姉様は当麻を私に譲ると言い出したのですよ?」
「俺が何を忘れたって?」
当麻がいぶかしむ。
「姉様の戦いで当麻が姉様に言ったことです。当麻はあの時、姉様に好きだと言ったはずです。
姉様はそう聞いたといっていました。
それなのにあなたは一言も覚えていない。だから、姉様は自分の気持ちを殺してしまった」
「なぜ、殺す必要がある?」
「姉様が言うには戦いは終わっていないから、と。その一点張りです。
はっきりとは言いませんでしたが、姉様はほとぼりがすんだら姿を消すおつもりです」
それを聞いた当麻の目に怒りが宿る。
「あいつと話をつけてくる」
当麻がきびすを返して歩み去る。
しばらくして迦遊羅もその後を追った。
このまま勝手なことをされたままにはしておけない。

二人の出ていった後をぼんやり眺めていた亜由美の前に当麻が現われた。
当麻が怒りに任せて大声を出そうとしたとき、後ろから現われた迦遊羅が亜由美の頬を思いっきりひっぱたいた。
その乾いた音に誰もが驚いた。
迦遊羅が言う。
「あなたと言う人は! どれほど勝手な振る舞いをしているかわかっているのですか? 
人の心をもてあそぶのはいいかげんにしてください。
当麻を譲るですって?! 当麻はものではありません。
当麻がどれほどあなたを想っているかはあなたが一番知っているでしょう?
彼が言ったことを忘れたとしてもそれは変わらない。
私は天空を愛した。でもそれは偽りの姿を想っているだけに過ぎない。
本当の彼を想っているのは姉様でしょう?
どんなに想っても彼は私の気持ちにはこたえらない。
私を選ばない。
それを知っていてわざわざ譲ると言うのですか? おまけに姿を消すとまで言う。
なぜ、気持ちを殺してしまうのですか?!
その言葉と態度がどれほど私達に残酷なのか知っていますか?
当麻の気持ちも私の気持ちもまったく考慮外ではないですか!
誰が想の戦士ですって?! 
今のあなたの姿が人を、すべてを愛する想の心を持っているとは信じられません。
勘違いもはなはだしい!」
そこにいた誰もが迦遊羅の激しさに言葉を失った。
なによりも当麻は迦遊羅の秘めた思いを聞いて驚いていたようだった。
亜由美はただ呆然と立っていた。
迦遊羅がまたきびすを返して外へ出て行く。
亜由美が名を呼んでひきとめる。
が、迦遊羅はただ振りかえらずこう言った。
「私はあなたを軽蔑します」

「私はあなたを軽蔑します」
迦遊羅の言葉はすべて痛かったが、その言葉は亜由美にとってなによりもつらかった。まるで心が抉り取られるようだった。
思わず、涙ぐんでその涙を隠すようにうなだれる。
当麻が二人の間で一瞬逡巡した。
迦遊羅を追うべきか、亜由美のもとにいるべきか。
だが、判断を下す必要はなかった。
遼がすぐに迦遊羅の後を追ったのだ。
当麻はそのまま遼に任せることにした。