明日にはヒーロー
息を整えながら考える。どうしてあんなことがおこったのか。
そういやさっきまで雨が降ってて、傘のない俺はでも雨宿りすることもなく歩いていて、そしたら視界にノミ蟲が。
ぶちりとどこかで音がして、めきょっと両手の辺りから音が漏れた。はっと元に戻って先程考えていた奴を頭から追い出す。深呼吸、深呼吸。
左腕を肩にやって右腕を一度、ぐるりと回す。しかしやはりまだ俺のこの制球力は捨てたものではないと思いながら手首をぱたぱたさせた。いくら走っても人と公共物の追突を阻止、または人をそれから庇うことは無理だと叩きだした俺が取った行動とは、他の同サイズの公共物をぶん投げて方向を変えることであった。レーザービームさながらに飛んで行ったブツは先に飛行していた公共物を見事に捕らえ、方向を変えて運よく潰れて店じまいしていたらしい店舗へ飛び込んで行った。いつもの数倍酷い音がした気がしたがそれは聞こえなかったことにした。今思うともしその方向を変えたところにまた一般人がいればとうすら寒い心地がしないでもないが、・・・終わりよければ全てよし。ということにしておこう。
さっきまで気張っていたからか、煙草吸いてえなぁとネジが何本か外れた頭で考えていたところで思い出した。さっきの通行人は大丈夫なのか。固まっているかもしれない。腰を抜かしているかもしれない。なにしろ目の前で公共物同士の空中戦を見たのだから。普通なら、多分だが一生見ないと思う。俺はあいにく普通とはここ十数年かけ離れた生活をしていたので正しいかは自信がないが。
どのような人かほとんど気にとめなかったが、ご老人なら倒れているかもしれない。映画を観て死人が出る世の中だ。俺は慌てて通行人を確かめ、ようとした。
「WH....WHAT ARE YOU DOING?! YOU SURE?! You know what did you do? Do you know where we are? I...I.......Hum?」
視界に飛び込んできたのは透き通るような、太陽の光を浴びてキラキラ輝く金色の髪。眼鏡。
そして髪と同じく煌めく青い、・・・・・
「・・・・青くねぇ?」
「What?」
ぱちくりと英語圏であろう青年が瞬きをした。
「あ、いや、あの、えー、・・・あ、あー・・アィ、アイムソーリー。ディス・・・・でぃ、でぃすいず・・・」
「ダ、大丈夫です。僕、日本語わかります。チョットですケド・・・」
あまり思い出したくない高校時代以後ほとんど使っていない英語を頭の中から掘りおこしていた俺に、青年が微笑みながらいった。
「チョット貴方が僕の兄弟に似てまして、それにアノ、動転して。会議中とかならわかったんですケドまさかこの国であんなものが飛んでくるとは思わずに・・・」
会議中ならいいのか。そしてこの国以外なら飛んでくるものなのか。投げた俺が言うのもなんだが。
「俺も今度こそは絶対殺ろうと思って全然周り見えてなくて、あんなふうにすっぽぬけたのも初めて・・・いや、久しぶりで。そっから走ったけど間に合わなさそうで」
「ヤロウ?」
「あ、気にしないで下さい」
首をかしげる彼に俺は手を振った。おそらく知らない日本語なのだろう。自分の使ったよろしくない日本語を覚えられて自国で使われるのは気がひけた。
に、しても。
俺は周りを見渡す。
人々は俺達にちらちらと視線を向けながらも距離を保って歩いているし、目の前を見たらひしゃげたシャッターが目に入る。そんなところで俺達は談笑していた。やけにシュールな絵面だと俺は頭の隅でぼんやり考えていた。
「デモまさか僕が会えるナンテ思いませんでシタ」
「え」
「バーテンの服にサングラスに金髪、長身痩身・・・ウン、やっぱりそうだ」
「は」
思わずいぶかしげに眼の前の青年を見た。まさか俺の汚名は海外にまで響き渡っているのか。あのノミ蟲野郎関連ならありそうだと心の中で毒づいた。東京にはサイモンのように外国から来てそのまま池袋に住んでいる奴らが何人もいるが、彼らの内の一人とは考えなかったのはあまりにも青年の纏う雰囲気が此処、池袋とは違っていたからだ。
そんな俺を見て、彼は目の前で両手を振って慌てたようにいった。
「Oh, non non, 違うんデス。エエト、僕、ハ仕事と観光でここに滞在しているンデスケド、僕の知り合いが東京に住んでテ。その人がいってたんデスヨ、池袋には沢山面白い方がいるんですよって。ソレデ、飛びつく僕の兄弟がそういうのにやけに。あってみたいあってみたいッテ。覚エチャッテソレデ僕モ」
「あんたが怪しくないのはわかったから落ち着け」
後半につれて怪しくなる日本語に彼の動揺ぶりを垣間見て俺はいった。すいません、と彼は謝ってすぅ、と深呼吸をした。
「ホントウは今日は僕のブラザーも一緒に観光する予定だったんデスケドね。東京の知り合いと一緒に上司に呼ばれたって、キャンセルされちゃって。ア、それは別に怒ってないんデスヨ?でも、ソノ、彼がいってた人たちが、風景が、本当にあるのかなぁと思ったらみたくなって・・・って、こんなこと関係ないですね」
ふいと彼は自分の右手を差し出した。俺は瞬きをして、彼の目を見て、彼の手を見て、もう一度彼の目を見た。
「あ、あれ?日本でも一応これは知ラレテルと思ってたんですケド・・・・これはシェイキング・ハンズといって、日本語では」
「それはわかってんだ。いや、あのな・・・俺は、」
俺は小さい頃とあるきっかけで机を投げるような教卓を投げるようなポストも自販機も投げるような力を手に入れてしかもそれを制御できなくてブチ切れて、壊して、破壊して、暴力をふるって、だから俺は、そう、俺は
「そうですか。よかったぁ!」
不意に右手をとられた。びくりとする。全身がぶるりと震える。じわり。手から何かが広がっていく。今まで体験したことのないような、いや、随分久しぶりのような。なんだ、これ。なんだっけこれ。血?毒?違う、これは・・・なんだった?
「じゃあ、こんな風にあうトハ思わなかったケド、平和島静雄さん。初めまして。I’m very grad to meet you, Mr.Heiwajima.」
ヴぇりーってなんだ。いや、待てアンタさっき俺に殺されそうになったんだぞ?そして先程も言った通り此処は池袋のど真ん中でな、そこでいい年した男が二人して、相手の国の慣習だとしても、っだぁあめんどうくせぇ!
小刻みに痙攣する手を叱咤する。変なやり方だができるだけ力を込めずに俺は相手の手を握り返した。
「な、ナイストゥーミーチュー、あいむふぁいんせんきゅーえんじゅー、ええと」
くつくつと笑いながら彼は俺にいった。
「カナダからきたマシュー・ウィリアムズです。I’m fine, merci beaucoup.」
幼い頃夢見たヒーローに良く似た容姿で。
彼とは違って、紫の瞳をおだやかに煌めかせながら。