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EL高校の一年間 新学期・入学式編

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新学期


 春。桜が風になびき、スズメが歌い、ハトも鳴く。一年で最も多忙、そして何よりも新鮮さを感じる季節がやってきた。
 暖かい空気に包まれるエニエス・ロビー学園高等部、通称EL高校の生徒たちは、今日から学校の正門をくぐる。そんな中、他の生徒に混じって、シルクハットをかぶったひとりの男が、肩に乗せたハトと共にやってきた。
 彼の気配を敏感に感じ取った生徒たちは――特に女子生徒は――一斉に振り返って両手を組んだ。
「キャー、ルッチさんだわ!」
「先輩、いつ見てもかっこいい……」
 声のする方を鋭い目つきで睨むと、いや、見ると、視線の中の少女たちは足の力を失った。鞄を地面に落とし、自分も地に吸い込まれていく。「素敵……」とうわ言のように呟く者もいた。
 それを救護するのは、近くにいた生徒たち。加害者のロブ・ルッチにとっては、もはや見慣れた光景だった。脇目もふらず、下駄箱へと歩いていく。そのとき、慣れすぎて嫌になるほどの知り合いたちが、ひとり、またひとり、またまたひとりと、続々ルッチの周りに集まってきた。
「よお、ルッチじゃねえか。あいかわらずふてぶてしい面してやがるな」
「お久しぶりね」
「二週間ぶりかのう。また会えて何よりじゃ」
 左目に傷を負い、制服を着崩した不良ぽい男。きっちりとボタンを留めた、鼻が四角く長い男。どこから見ても校則違反のミニスカートを着こなす、金髪の眼鏡美女。彼らにも、先ほどのように歓声があがる。
 ルッチは小さく嘆息し、不良ぽい男を見据えた。
「キサマ、まだここの生徒だったのか。とっくに退学したのかと思っていたが」
「何!」
 二人はしばしの睨み合い。高校生とは思えないほど貫禄がある二人の喧嘩に、周りの生徒たちはいそいそと逃げていく。こういうとき彼らのストッパー役を果たしているのは、金髪美女だ。
「おやめなさい。ルッチ、ジャブラ。喧嘩の売り買いはダメよ」
 たしなめられた不良男ジャブラとルッチは、目つきを元に戻した。もっとも、普段も喧嘩腰も、あまり大差ないのだが。
 その様子を見慣れているピノキオ男は、さすが他の生徒たちとは違う。この様子を見ても、怖がるどころか、顔全体で笑っている。
「ハハハ、おまえたちも変わっておらんのう」
 彼は校舎一号棟の前にある下駄箱を指さした。その近くには掲示板が設置されており、体育祭のお知らせから生徒会選挙のポスターまで、ありとあらゆる広報がされている。今日は一段と賑わっているようだ。なぜならば、あそこには今、クラス分けの表が貼られているからだ。みんな、掲示された紙を見ようと必死である。ルッチをその人だかりを一瞥し、隣の美女に小声で話しかけた。
「おい、まさか今年度も奴と同じクラスではないだろうな」
『奴』の単語は、ここにいるメンバーならツーカーでわかる。美女は顔をしかめた。
「それはわからないわ。でも、ありえるわね……」
 彼女は顎に手をあて、逆にルッチに質問した。
「私たち、校内で何と呼ばれているかご存知?」
「呼び名……」
 呼び名と言われても、わかるはずがない。ルッチはそもそも、そういうバカらしい噂など興味がないのだ。だが、そういうことに無駄に詳しいピノキオが口を開き、美女のクイズに答えた。
「おお、わしは知っておるわい。元一年六組。『ELの誇り』じゃと」
 その気高そうな二つ名を聞き、ジャブラが大口を開けて笑い出した。
「ぎゃはは、そんな呼び名があったのか。知らなかったぜ」
「笑いごとじゃねえぞ、野良犬め」
 背後で大笑いするジャブラを、ルッチはわざわざ振り向いて睨んだ。
「おれたちが『誇り』なら、まだ許そう。だが、奴も一年六組だったことを忘れるな。キサマはあいつと同格と思われてもいいんだな」
「い、いや、それは困るな」
 また出てきた『奴』。ジャブラもその男には嫌な思い出があるようで、ふっと口をつぐんだ。
 いちばん騒がしい男が静かになり、ルッチらも自然と言葉を出せなくなった。沈黙を破ったのは、金髪美女である。「ちょっとクラス表を見てくるわ」と声かけし、土を蹴って、空へ舞い上がった。
 彼女は人混みに紛れ、五秒もしないうちに戻ってきた。人間が機械翼も無しに空を飛んだことについて、ルッチたちは何の疑問も持たず平然としている。
 美女はルッチとピノキオの間に戻り、四人で一緒に歩きながら、クラス分けの結果を示した。
「まずルッチは、二年三組。ジャブラも三組」
 鞄を振り回しながら足を進めるジャブラを、美女は振り返った。ジャブラは『ルッチと同じクラス』という事実が腹立たしいのか、目をつり上げている。
「待て、そしたらおれは、またこの野良犬と一年間同じクラスかよ! 冗談じゃねえ」
 納得いかないと叫ぶジャブラを、ルッチは「野良犬の遠吠え」と表し、美女の話に耳を傾ける。
「続きはどうなんだ」
「カクも私も三組」
 カクと呼ばれた長っ鼻は、ジャブラと真逆で、少し喜んだ表情を見せている。
「これは偶然じゃのう。カリファも、よろしく」
 カクは、美女カリファに右手を差し出した。握手のつもりらしいが、カリファはそれを横目で一蹴する。
「セクハラよ」
 別にセクハラなことはしておらんがのう、とカクは不満そうな表情だ。だが、彼女はいつもセクハラですと言っているため、見た目ほど落ち込んでいない。ルッチは、まったく別のことを考えていた。
 ここにいるメンバー、つまり自分、カク、カリファ、野良犬。彼らは全員、去年クラスメートだった者たちだ。もしかして、教師の策略か? となると、彼らはどうなるのだろう。
「フクロウとクマドリとブルーノも一緒よ」
 まさか、あの三人まで。だが、彼らに関してルッチは文句なし。問題は、先ほどからちょくちょく会話に上っては下ろされている『奴』のことである。
「あいつはどうだ」
「え、ええ……」
 カリファは急に目を伏せ、浮かない表情を作った。口に出したくないことをわざわざ口にしなければならないことへの拒絶感が、彼女の身体全体から溢れている。その気持ちは十二分にわかる。ジャブラもカクも、ハトのハットリも、身の毛もよだつ。嫌な名前を聞きたくなかった。
 意を決して口を開こうとするカリファを、ルッチは手で遮った。彼は人生に疲れたような目で、すたすたと道を行く。
「やはりいい。そうなんだな、そうなんだろう。わかったから、もう何も言うな」
 記憶に蘇るのは、一年前の悪夢。言葉を覚えるように体術を叩き込まれ、ほとんどのことでは動じなかったルッチが、唯一本気で恐怖し、涙ぐんだ。その原因は、ひとりの男。
 振り払うように足を進めるルッチを、取り残された仲間たちは遠巻きに眺めていた。
「ルッチ……あいつが目に涙を浮かべていたのは、去年だけじゃったわい」
「本当ね。あれはなかなかの衝撃だったわ」
「あのヤロウ、教室で奴と会ったら、どんな顔するんだろうな」
 幼稚園に入園する前からの幼なじみ同士である、新二年三組メンバー。苦楽を共にしてきた四人は、これからさらに襲いかかってくる苦に、身をよじっていた。
「クルッポー」ハットリの鳴き声が恐怖へつながるゴングに聞こえた彼らである。