ビューティーオブファシナトゥール
B E A U T Y O F F A C I N A T O O R
「退屈だ…」
紫バラ茶でティータイムを楽しみながら、美貌の妖魔の君、オルロワージュは呟いた。
「何か面白い事はないだろうか…」
3人の寵姫のひとりが、オルロワージュに提案した。
「それならオルロワージュ様、500年ぶりにあの大会をお開きになってはいかがですか」
「ああ、あれか」
二人目の寵姫も、姉姫に賛成する。
「それがよろしいですわ、下々の者にも、オルロワージュ様の美の御威光をあらためて知らしめる、いい機会ですもの」
「ねーねー、あの大会って何?とりあえず、楽しそうだからあたしも賛成☆」
3人目の寵姫は新入りなので、姉姫達が言っている大会のことは知らないらしい。
オルロワージュはティーカップを置き、唇の端を上げて微笑んだ。
「そうだな…久方ぶりに開いてみるとするか、B.O.Fを」
オルロワージュがそう言うと、寵姫たちは歓声を上げ、早速手配するように控えていた黒騎士たちに命令を下した。
「今年もいいものが観られるとよいのだが」
3人の寵姫たちと共に、オルロワージュの無意味な高笑いが針の城の頂上からファシナトゥールにこだました。
IRPO捜査本部はここ最近まで多忙を極めていた。
一連のジョーカー事件が解決し、隊員の一人は真犯人?である仮面に体を操られて身体的にかなり衰弱していて入院中であったが、近頃ようやく復帰した。コットンは生科研で体を巨大化させられてからというもの、態度もでかくなったが仕事も同じ倍率でこなせるようになった。ラビットはレオナルド博士の手によって一流の精密機械を組み込んでもらい、ヒューズとドールは、喧嘩をしながらもまあ、いつもどおりやっているようだ。
現在、大きな事件は起こっていない。
隊員控え室で、妖魔の小手に浮かんだモンスターのうごめく様を無心に眺めているサイレンスに、招待状が届いたのはそんな時だった。
薄紫の封筒に入ったそれからは、バラの香が立ち上っている。差出人はオルロワージュとなっていた。
封筒を開き、中を見たサイレンスは、ああこれは自分に関係はないなと思い、封筒を机の上に置いておいた。だがそれがいけなかった。
パトロールに出かけて、通行人を3人ほど気絶させたあと隊員控え室に帰ってきてみると、サイレンス以外の隊員たちが勢ぞろいしていた。
戻ってきた彼を見とめ、ヒューズが、帰ってきたぜ、と頭を寄せて何かを見ていた同僚たちに声をかける。
レンの感心した声が聞こえた。
「ファシナトゥールってすごいですねえ、優勝者には賞金100万クレジットかあ。」
「男女とわずってのが気にいらねえけど、水着審査あるのかな、これ?」
「あんたってそんなんばっかりね」
「しょうがねえだろ、どっかの誰かが冷たいもんだから、うるおいってもんが欲しいんだよ」
サイレンスはしまった、と思った。封筒を机の上に置きっぱなしだったのだ。 物見高い同僚たちが、目ざとく見つけて中を見ないわけがないのだ。
「ミューミュミュミュミュミュー」
コットンがサイレンスを呼んだ。サイレンスは巨大化したティディの巨体をかきわけるようにして座った。
「と、いうわけで、エントリー用紙は提出しておいたから」
傍目にも焦って首を横に振るサイレンス。実は、こういう面倒なことは大嫌いなのだ。ドールが出ればいいじゃないか、という目で見ると、ドールは手をひらひらと振った。
「あら、私は駄目よ。出場資格は中級以上の格を持つ妖魔であること、ってあるもの」
「それ以前に年齢制限でひっかかってるんじゃねえの?うぐっ」
ヒューズがうめいた。ドールに足を思いきりピンヒールのかかとで踏まれたらしい。
「エントリーしてもらわなきゃ困るわ。この間サイレンスが空間移動の途中で無理矢理開けたハッチの修理代、未払いなのよ」
そう、それは数週間前のことだった。生きたリージョンであるタンザーを小手に吸収しようと何故か思い、強い衝動に駆られて、サイレンスはハッチを無理矢理こじあけてしまったのだ。修理代は100万クレジット。しかし人員も経費も削られまくっているIRPOに、それを負担する余裕はなかった。仕方なしに、修理は待ってもらっているのである。
ドールたちはこう言いたいのだ。
−賞金100万クレジットが与えられる妖魔の大会が開かれる。参加して、修理代を稼いで来い−。(エメ恋ふうにお送りしました)
「やっぱり水着のヒモは切れるようにしておいたほうがいいですかねえ。あ、でもサイレンスは男だから、切れても嬉しくないか」
「だよなあ。もうしょうがねえから、今から性転換してくるか?」
などと言い出す始末だった。
「最近大きな事件もないし、やってくれるわよね?」
ドールの半ば強制的なすすめに、サイレンスは首を縦に振るしかなかった。
こうして、サイレンスは無理矢理、大会に出場せざるを得なくなってしまったのである。
魅惑の君主催の妖魔美人コンテスト「ビューティー。オブ・ファシナトゥール」に。
ファシナトゥールは「美しき方」「魅惑の君」「薔薇の守護者」なるオルロワージュが統治する、美の最骨頂ともいうべきリージョンである。
「理解できぬ…もとい、酔狂な」
リージョンを流れるバロック音楽に早くも頭が痛くなる時の君だったが、審査員として招待されたなら無下に断るのも得策ではなかった。
妖魔の君同士は、日頃は互いに干渉しないのが暗黙のルールだが、もし妖魔の君のうちの誰かが協力を仰ぐことがあれば、時と場合によっては断るが、そうでない場合はできるだけ要請を受ける、そんなシステムになっていた。だから例えば、時の君が野球大会を開くといえば、オルロワージュとてバッターボックスに立たねばならないのだが、時の君は派手なことは好まない性質なので、しないだけの話だ。
時の君は、もと下級妖魔でありながら、時術という画期的な術を開発し、強大な力を得たことで格が2個飛ばしに上がった異例の妖魔である。人と接することを好まず、自ら作り出したリージョンで黙々と体力作りと研究に明け暮れていた彼が、何故この大会に審査員として参加することを決めたのか、その理由は呆れるほどにしょうもないものだった。
ー彼は、この大会にエントリーしているのだろうか…
実は、時の君はかつて一度だけ、リージョンを出て何人かの仲間と旅をしたことがあった。時術がどの程度実戦に通用するのか見てみたいだけであったので、別にメンバーなどはどうでもよかった。単純に、タイミングが合ったのが彼らだったという話だった。
ヒューマンばかりで構成されたそのパーティーで旅をする途中、一向はルミナスに立ち寄った。陽術の資質を得るためだ。
パーティーの中心である逆立てた髪の若い青年は発着場の案内をよく見ていなかったのか、辿りついたのは陰術の館だった。なんだ逆方向じゃないか、と仲間たちが話しているなかで、ふと彼は オーンブルへ向かう路の脇に、誰かがいることに気付いた。
しなやかな痩身、整った顔立ち、蜂蜜色の髪、宝石のような紅い瞳。
思わず魅入ってしまったその男は妖魔だった。凍りついたようにじっとその場から動かない。
作品名:ビューティーオブファシナトゥール 作家名:さらさらみさ