ぐらにる ディナー
おや、珍しい、と、ニールは時計を眺めていた。とうとう、日付けを超えてしまったのだ。いつもなら、この超えた瞬間に、五月蝿いほどに寿ぎの言葉を叫んで乾杯するのに、その騒がしいバカが不在だ。まあ、それはそれで、別に、ニールは気にしない。一応、礼儀として日付けが超えるまでは待機していた。たぶん、何かしらのイレギュラーな事態が発生して戻れなくなったのだろう。それならそれで仕方ない。とりあえず、寝ることにした。
兎に角、擦れ違いな夫夫なので、この日だけは、と、予定を空けている。それというのも、この日を、きみと寿ぎたい、と、バカが言うから、ニールも、この日は休みをとる。ただまあ、どちらも不測の事態なんてものはあるので、どうしても空けられないこともある。
翌日、いつもより遅い時間まで惰眠を貪っていたら、部屋に人が入って来た。ようやく帰宅したのか、と、目を開けたら、ジョシュアだった。
「はい? 」
「すまん、ロックオン。迎えに来た。着替えて外出できる状態になってくれないか? 」
申し訳なさそうに挨拶しているのが、普段はライバルのフードコーディネーターで、いつもなら、どちらも喧嘩上等な態度で戦っている相手だ。
「・・・何事だよ? 」
「会議やら何やらで、うちのボスが戻れない。それで、きみを連れてきて欲しいと言い出した。・・・・俺だって、好き好んで、人んちの寝室に入りたいわけじゃないぞ。小一時間待ってたが、あんたは起きる気配がないから緊急対応だ。」
「・・・あのさ・・・俺、あんたんとこの会社と戦ってる敵なんですけど? そっちの本社に顔出したら、俺、スパイ容疑で凹にされる。」
「いや、本社じゃないから安心してくれ。とにかく、時間がないんだ。速やかに着替えてくれ。・・・・頼むから。」
本当にイヤなんだろう。ものすごい顔で、ジョシュアも頭を下げている。バカの部下たちは、たまに、こんなことに借り出されるが、いつも現れるのはバカの側近で、ジョシュアは珍しい。
「くじ引きで負けたとか? 」
「そんなとこだ。なんだろ? この貧乏くじ。」
「うーん、最低だろうな。」
とりあえず急げ、と、言われて着替えて部屋は出た。カジュアルな恰好で用意された車に乗せられて連れて行かれたのは港だった。そこでチケットを渡された。
「はい? 」
「乗船して待っててくれ。そのうち、バカが追い駆ける。」
「え? これ、外国航路の客船じゃないか? 」
「これなら逃亡してしまえば捕まらないって算段なんだろうさ。それに、ヘリで追い駆けられる。」
「いや、俺、明日までしか休みがないんだ。」
「うちのバカも、そうだ。・・・まあ、頭にきてたから多少のイヤガラセは考えたんだろうけどなあ。」
「パスポートは家だぞ? 」
「国内移動ならパスポートは必要じゃない。そういうことで話はつけてある。あと、着替え一式は、船のブティックで揃えてくれ。今夜のディナーだけは死守するって言ってた。・・・・諦めろ。」
「とりあえず、うちのが激怒して俺を拉致するように指示したわけか? 逃亡ルートとか、あんたらが計画したわけだな? 」
「そんなとこだ。ここいらで、うちのボスの機嫌をとっておかないと、俺は死地へ追いやられるからな。・・・・・アマゾンでアナコンダの捕獲とか言い出しそうだった・・・・かなり本気で。」
ジョシュアの言葉に、ニールもうわぁーと憐憫の目を向ける。そのオーダーは、ニールも拒否したい。アナコンダは、現在、稀少で捕獲が困難な食材だったからだ。ついでに、本体が十メーターを超えないとアナコンダとは呼ばれない蛇だ。捕獲するのも命懸けだったりする。それを熱帯雨林で捕獲して腐敗しないように生かしたまま移動させるとなると、本気で死ぬ目に遭う。
「・・・死ぬなよ? ジョシュア・・・」
「それを回避するためのロックオンだ。すまんが付き合ってくれ。」
「わかった。」
さすがにライバルとはいえ仕事仲間の惨状を告げられると拒否は難しい。うちのバカならやる。なんなら自分が捕獲に行くと言う事だろう。
チケットで案内されたのは最上階のロイヤルスィートだった。かなり広い客室でデッキチェアまである。なんと専属のバトラーまでついているという豪華さだ。お茶が用意されて、この後の予定など説明される。ディナーまでに船内のブティックでスーツ一式を準備することだけが、ニールに課せられていた。それが終われば、時間まで船内を散策するなり自由にしていてよいとのことだ。
「それで、ディナーのドレスコードは? 」
「最礼装とまでは申しませんが、礼装が望ましいと思われます。そのためのブティックも選んでございますので、お声をかけていただければ、ご案内いたします。」
「礼装? スーツってことでいいのか? まさか、タキシードじゃねぇーよな? 」
「どちらでもかまいません。」
「じゃあ、スーツでいいな。あと、俺の相棒は、いつ到着するんだ? 」
それが・・・と、はきはきと答えていたバトラーが苦笑した。時間は本日中。到着したらディナー開始という予定しか伝えられていないとのことだ。
「ということはだな、もしかしたら深夜枠にディナーってことになるんじゃないのか? おいおい。」
スーツを選んで、部屋に戻ってニールはぼやいた。まだ、午後になったばかりだ。客船は、すでに海に走り出している。明後日の朝には、国内の港に寄港するということだから、最悪は、そこで下船することになる。それまでに、あのバカが現れるとは限らない。そういうことなら、のんびり家で寝かせてくれ、と、言いたい。デッキチェアでビールを口にしてぼやいてみるが、誰も居ない。バトラーも呼ばない限りは入室してこない。船内で簡単な雑誌は買ったので、それを目にしているだけだ。
・・・・普通は逆じゃないか? ・・・・
青空と海を眺めつつ、そんなことを考えた。本来は、ニールが用意して喜ばせてやるものだ。それなのに、私が準備万端用意を整えるのだ、と、おっしゃるので、せいぜい、おいしいシャンパンを用意するぐらいしかできない。
とっぷりと日が暮れて、そろそろディナーの時間だが、バカは現れない。コースだと空腹すぎると辛いから、お菓子をパリパリと口にする。
・・・アナコンダ・・・まあ、焼き物はあっさりしてるだろうから、スパイスを効かせたソースと合わせる。煮物は、じっくりと煮て小骨ぐらいは融けるほどにする。この場合は、現地のスパイスでの調理だろうな。他には、酢漬けっていうのもありたろうな。・・・・他には・・・極東風に蒲焼もいけるかもしれない。いや待てよ、輪切りで印籠煮にするのも美味そうだな・・・・フルーツと合わせて酢豚風っていうのもいいかも・・・・・
いつものクセで、アナコンダの調理法を考えていたら、ノックの音がした。そろそろ時間なので、お着替えを、と、バトラーが進言してくる。
「到着したんですか? 」
「まだでございますが、連絡が入りました。まもなく、へりポートへ到着なさいます。」
時刻は、なんとかディナーの時間だ。着替えて、案内されたのは後部甲板にある洒落たレストランだった。ウエイティングバーには真っ白なスーツの男が待っていた。
「それ、仕事用か? 」
兎に角、擦れ違いな夫夫なので、この日だけは、と、予定を空けている。それというのも、この日を、きみと寿ぎたい、と、バカが言うから、ニールも、この日は休みをとる。ただまあ、どちらも不測の事態なんてものはあるので、どうしても空けられないこともある。
翌日、いつもより遅い時間まで惰眠を貪っていたら、部屋に人が入って来た。ようやく帰宅したのか、と、目を開けたら、ジョシュアだった。
「はい? 」
「すまん、ロックオン。迎えに来た。着替えて外出できる状態になってくれないか? 」
申し訳なさそうに挨拶しているのが、普段はライバルのフードコーディネーターで、いつもなら、どちらも喧嘩上等な態度で戦っている相手だ。
「・・・何事だよ? 」
「会議やら何やらで、うちのボスが戻れない。それで、きみを連れてきて欲しいと言い出した。・・・・俺だって、好き好んで、人んちの寝室に入りたいわけじゃないぞ。小一時間待ってたが、あんたは起きる気配がないから緊急対応だ。」
「・・・あのさ・・・俺、あんたんとこの会社と戦ってる敵なんですけど? そっちの本社に顔出したら、俺、スパイ容疑で凹にされる。」
「いや、本社じゃないから安心してくれ。とにかく、時間がないんだ。速やかに着替えてくれ。・・・・頼むから。」
本当にイヤなんだろう。ものすごい顔で、ジョシュアも頭を下げている。バカの部下たちは、たまに、こんなことに借り出されるが、いつも現れるのはバカの側近で、ジョシュアは珍しい。
「くじ引きで負けたとか? 」
「そんなとこだ。なんだろ? この貧乏くじ。」
「うーん、最低だろうな。」
とりあえず急げ、と、言われて着替えて部屋は出た。カジュアルな恰好で用意された車に乗せられて連れて行かれたのは港だった。そこでチケットを渡された。
「はい? 」
「乗船して待っててくれ。そのうち、バカが追い駆ける。」
「え? これ、外国航路の客船じゃないか? 」
「これなら逃亡してしまえば捕まらないって算段なんだろうさ。それに、ヘリで追い駆けられる。」
「いや、俺、明日までしか休みがないんだ。」
「うちのバカも、そうだ。・・・まあ、頭にきてたから多少のイヤガラセは考えたんだろうけどなあ。」
「パスポートは家だぞ? 」
「国内移動ならパスポートは必要じゃない。そういうことで話はつけてある。あと、着替え一式は、船のブティックで揃えてくれ。今夜のディナーだけは死守するって言ってた。・・・・諦めろ。」
「とりあえず、うちのが激怒して俺を拉致するように指示したわけか? 逃亡ルートとか、あんたらが計画したわけだな? 」
「そんなとこだ。ここいらで、うちのボスの機嫌をとっておかないと、俺は死地へ追いやられるからな。・・・・・アマゾンでアナコンダの捕獲とか言い出しそうだった・・・・かなり本気で。」
ジョシュアの言葉に、ニールもうわぁーと憐憫の目を向ける。そのオーダーは、ニールも拒否したい。アナコンダは、現在、稀少で捕獲が困難な食材だったからだ。ついでに、本体が十メーターを超えないとアナコンダとは呼ばれない蛇だ。捕獲するのも命懸けだったりする。それを熱帯雨林で捕獲して腐敗しないように生かしたまま移動させるとなると、本気で死ぬ目に遭う。
「・・・死ぬなよ? ジョシュア・・・」
「それを回避するためのロックオンだ。すまんが付き合ってくれ。」
「わかった。」
さすがにライバルとはいえ仕事仲間の惨状を告げられると拒否は難しい。うちのバカならやる。なんなら自分が捕獲に行くと言う事だろう。
チケットで案内されたのは最上階のロイヤルスィートだった。かなり広い客室でデッキチェアまである。なんと専属のバトラーまでついているという豪華さだ。お茶が用意されて、この後の予定など説明される。ディナーまでに船内のブティックでスーツ一式を準備することだけが、ニールに課せられていた。それが終われば、時間まで船内を散策するなり自由にしていてよいとのことだ。
「それで、ディナーのドレスコードは? 」
「最礼装とまでは申しませんが、礼装が望ましいと思われます。そのためのブティックも選んでございますので、お声をかけていただければ、ご案内いたします。」
「礼装? スーツってことでいいのか? まさか、タキシードじゃねぇーよな? 」
「どちらでもかまいません。」
「じゃあ、スーツでいいな。あと、俺の相棒は、いつ到着するんだ? 」
それが・・・と、はきはきと答えていたバトラーが苦笑した。時間は本日中。到着したらディナー開始という予定しか伝えられていないとのことだ。
「ということはだな、もしかしたら深夜枠にディナーってことになるんじゃないのか? おいおい。」
スーツを選んで、部屋に戻ってニールはぼやいた。まだ、午後になったばかりだ。客船は、すでに海に走り出している。明後日の朝には、国内の港に寄港するということだから、最悪は、そこで下船することになる。それまでに、あのバカが現れるとは限らない。そういうことなら、のんびり家で寝かせてくれ、と、言いたい。デッキチェアでビールを口にしてぼやいてみるが、誰も居ない。バトラーも呼ばない限りは入室してこない。船内で簡単な雑誌は買ったので、それを目にしているだけだ。
・・・・普通は逆じゃないか? ・・・・
青空と海を眺めつつ、そんなことを考えた。本来は、ニールが用意して喜ばせてやるものだ。それなのに、私が準備万端用意を整えるのだ、と、おっしゃるので、せいぜい、おいしいシャンパンを用意するぐらいしかできない。
とっぷりと日が暮れて、そろそろディナーの時間だが、バカは現れない。コースだと空腹すぎると辛いから、お菓子をパリパリと口にする。
・・・アナコンダ・・・まあ、焼き物はあっさりしてるだろうから、スパイスを効かせたソースと合わせる。煮物は、じっくりと煮て小骨ぐらいは融けるほどにする。この場合は、現地のスパイスでの調理だろうな。他には、酢漬けっていうのもありたろうな。・・・・他には・・・極東風に蒲焼もいけるかもしれない。いや待てよ、輪切りで印籠煮にするのも美味そうだな・・・・フルーツと合わせて酢豚風っていうのもいいかも・・・・・
いつものクセで、アナコンダの調理法を考えていたら、ノックの音がした。そろそろ時間なので、お着替えを、と、バトラーが進言してくる。
「到着したんですか? 」
「まだでございますが、連絡が入りました。まもなく、へりポートへ到着なさいます。」
時刻は、なんとかディナーの時間だ。着替えて、案内されたのは後部甲板にある洒落たレストランだった。ウエイティングバーには真っ白なスーツの男が待っていた。
「それ、仕事用か? 」