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英独(お題チャレンジ^^)

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(この国でお前はドイツじゃない。国としての権限は無い。だからおれはお前をドイツとは呼ばない。代わりに、お前もおれを呼ぶときはイギリスとは呼ばなくていい)
(…では、なんと呼べばいいんだ)
(アーサー。アーサー・カークランド。それがおれの名だ。お前の名は?)
(…ルートヴィッヒ、だ)
(ルートヴィッヒ…)
まだ回復しきっていなかったルートヴィッヒには、夢うつつの勘違いかと思っていたが、その名を口にしたときアーサーは甘い菓子を口にしたかのような微笑を浮かべていたのだ。
その表情の意図するところを考えて、考えようとして、ルートヴィッヒは頭を振った。
考えても、仕方ないことだ。
例えアーサーの気持ちが、ルートヴィッヒの考えるところだったとしても、ルートヴィッヒにはその気持ちに応えることは出来ないのだから。

「ドイツ」

久しぶりに、その声でその名を呼ばれ、ルートヴィッヒはびくりと背筋を伸ばした。

「長い間、ご苦労だったな。自国へ帰っても、まだまだ苦労は多いだろうが…」
「アー…いや、イギリス…」
「なんだよ」
「世話に、なった。本当に。これは心からの気持ちだ」
「…そうかよ…」

アーサーはまだ俯いたままの顔をあげようとはせず、それ以上言葉を話す気も無いようだった。
なんとなく、そのまま置いては去り難い気もしたが、出立の時間は刻々と迫っている。
ルートヴィッヒが、「じゃあ」と声を掛けて部屋を出、後ろ手に握ったドアノブがアーサーとルートヴィッヒの間を厚いドアで仕切ろうとしたその時、僅かなドアの隙間から細い声が忍び出るようにルートヴィッヒの元へ届いた。

「ばかぁ…」



アーサーの家の庭は広い。
隅々まで手入れの行き届いた庭は、主の情愛の細やかさを反映して瑞々しい美しさに輝いていた。
小さなトランク一つを手に、ルートヴィッヒは重たい土を踏みしめて庭をゆっくりと、しかし真っ直ぐに横切って行く。
途中、一度だけ振り仰いでアーサーの私室の窓を見上げた。
もしや、と思ったがそこにアーサーの姿は無かった。
しかし、先ほどとは違い、窓は開け放たれ温く湿気った風に、白いレースのカーテンが揺れていた。
ゆらり、ゆらりと手を伸ばすようなカーテンの動きに、ルートヴィッヒは頬に触れたアーサーの掌の熱を思い出す。
だが、それだけだった。
振り仰いだ顔を、霧のような雨がさあぁと濡らし、頬に残っていた気がした熱の余韻をも溶かしていく。
そう、全てこの国に置いて行くのだ。
「さようなら、イギリス」
最期にそう囁いて、ルートヴィッヒは再び道の先を見据えて歩き出した。
真っ直ぐ、真っ直ぐ。



「ばぁか…」

ルートヴィッヒが門扉の向こうにつけた車に乗り込んで去っていくのを窓の影から見送ったあと、アーサーは呟いた。
彼は帰るだろう、自分の国に。その胸には希望と、感慨と、恋情が溢れているに違いない。
しかし、彼は知る。自分の国、自分の家、それが今までの棲みよい場所ではないことに。
何よりも、彼が世界で最も敬愛する兄はそこにはいない。

「だから、行くなって言ったのによ」

ざり、とアーサーは己の乾いた唇を右手の親指でなぞった。何度も、何度も。
思い出を、辿るように。
望まれて生まれ、愛されて育ったルートヴィッヒは今回の戦争で初めての挫折を味わった。
それは如何ほどの屈辱だっただろうか。けれど、それは本当の痛みでは無いのだ。
彼は敗れ、様々なものを失ったが、それでもいつでも愛されている。
アーサーが勝ち続け、奪い続けても決して得ることの出来なかったそれを、彼は当たり前のようにその手に抱き続けている。
それがどれ程の僥倖だったのか、彼は知るだろう。最愛の人を失うことで。
その傷は誰が癒すのだろう?彼は誰に癒されることを望むだろう?

「愛してる…愛してるよ、ルートヴィッヒ」

呪文のように囁き続けた。
その言葉が、彼の心に染み付いて離れなくなるように。

「帰っておいで、ルートヴィッヒ」

雨雲は、未だ太陽を覆い隠したまま。