とうまとあゆ~笛の音~
愛ある限り〜あゆと当麻〜ソウルラヴァー
笛の音
亜由美はただそうしてたたずんでいた。ひとつの墓石の前にトルコききょうを一輪置く。目を引くわけではないが、きれいな紫色。
亜由美はただただ立ち尽くす。言うべき言葉もないかのように・・・。
ふっと人の気配を感じて亜由美は振り返った。
「やっぱり、来ていたのか・・・」
当麻は亜由美をすっと見つめた後墓石に手を合わせた。
「当麻も覚えていたんだね・・・」
亜由美がぽつりと言葉をかける。
ああ、と当麻は答える。
「もう、一年たつのか・・・・」
遠い目をして当麻は空を振り仰いだ。
「とろとろすんなよ。不登校児め」
当麻が亜由美を急がす。
朝食を終えて亜由美はテレビのニュースをぼんやりと眺めていた。
学校行きたくないな・・・・。
そんなことを考えながら画面を見ていた亜由美の動きが止まった。
映し出された画面には被害者の老女と盗難にあった笛の写真。
老女は惨殺されていたという。
笛は平安時代のもので重要文化財として近々博物館に収められるところだった。
「あゆっ」
何事かを考え込む亜由美の前でテレビの電源が消された。
「いいかげん、学校行くぞ」
あ、うん、ときのない返事をして亜由美は立ち上がる。
だが、頭の中は老女と笛のことでいっぱいだった。
”すず。涼風”
夢の中で懐かしい声がする。
亜由美は笑顔で振り向く。
”ほら、新しい笛だ。そなたの笛の音をきかせておくれ”
男はそういって亜由美に笛を手渡す。
”まぁ、こんなにすばらしい笛だなんて・・・”
亜由美、いや涼風はうれしそうに手にとって転がすとふいに吹き始めた。
さわやかな風と笛の音が調和する。
男が安らいだ顔でそれを見守る。
遠い遠い昔の風景。
かつて幸せだったある日の風景。
”殿、危ない!!”
涼風はさっと男の前に立った。
ぐさりと涼風の胸に矢が突き刺さる。
ゆっくりと涼風の体がずり落ちる。
うけとめる男。
男は涼風の名を連呼する。
”殿、ご無事でようございました・・・”
それだけを言って涼風は眠るように息を引き取った。
それも遠い遠い悲しい出来事の風景。
眠っていた亜由美ははっととびあがった。陰鬱な気分が晴れない。
あの老女殺人と笛の盗難事件を見てから胸騒ぎがとまらない。
笛の元の持ち主はまぎれもなくかつての自分、涼風。涼風の愛用の笛。
ただの笛なら良い。だが、あれは魔笛にもなる笛。涼風が吹くことで魔を調伏したり逆に魔を扱ったりできるほどの名笛だったのだ。
自分ははるか平安の昔に愛する夫を守って死んだ。その後の笛の行方はあのときまでわからなかった。
あのテレビニュースを見るまでは。
思い出したいような思い出したくない記憶。
前世の記憶。
亜遊羅の記憶のほかに亜由美の中には他の前世の記憶も混じっていた。
涼風はそのひとつに過ぎない。
当麻との長い絆の深さを知る亜由美の歴史といってもいい。
あの男は当麻の魂を持った男。
その名を平知盛という。
平家の血をくんだ武人で涼風は親の敵として知盛の前に現れた。だが、本当の敵は知盛の従者であった。
涼風の親を裏切り殺したその男は在る拍子に事が露見し、その男は智盛の手によって一刀両断されたのだった。
それで不幸は終わったかに思えた。
だが、平家の没落とともに知盛とその妻になった涼風は追われるようしにして日本列島を南下していた。
そのある道中に夜盗とも見間違える源氏の兵士に涼風は知盛をかばって倒れた。
以後、自分の魂は戦国の世に生まれ変わるまであの世と呼ばれるところで眠っていた。
だからそれ以後のことは知らなかった。
何がおきたのか、何が起こっているのか。
ただ不安な気持ちが亜由美に覆いかぶさっていた。
ぼんやりと校門にたたずんでいると亜由美のそばに少年がそばにやってきた。
「こんにちは」
穏やかな顔をしたもうすぐ青年とも見まがうほどのその少年はひとなつっこく笑みをかけてきた。
ぼんやりと亜由美はあいまいな笑顔を返す。
人と触れ合うのは苦手だ。詮索好きな人間に会いたくない。
亜由美はどうやって関心をそらそうかと考え込む。
ふいに手に紫の花が押し付けられた。
「出会いの記念に・・・」
少年はそれだけ言うと去っていった。
少年は毎日現れた。
放課後、亜由美が下校するときに必ず現れ、紫の花を手渡す。
日に日にその数はましていき、亜由美と迦遊羅の部屋は紫の花で埋まりそうだった。
むすっと当麻はそれを見ては不機嫌そうに亜由美に愚痴をこぼすが当の亜由美は、上の空だった。
どこかであった気がする。
どこで・・・?
亜由美の脳裏に紫の花とあの知盛の姿が重なった。
彼は紫のリンドウを愛していた。
よく涼風はその髪にリンドウを飾ってもらっていた。
だが、当の本人は目の前で不機嫌そうにしている当麻なのだ。間違えるはずもない。彼の魂は当麻と同じものだ。
なぜ? 知っているの?
亜由美の声にならない問いは闇へと消えていった。
「あなたは誰?」
亜由美はきっと見据えると少年に尋ねた。
紫の花をもらって数日。亜由美は躊躇していた。今目の前で起こっていることが何か理解できなかったのだ。
自分は知盛とでもいいたいのか? 当麻がいるのに。
「怒らないで」
少年はまた花を手に押し付けながら言う。
「でも、やっと聞いてくれたね。今日の夜、会ってくれたら教えてあげるよ。もうそれで付きまとわないから」
少年はすらすらと答えるといとも簡単に雑踏の中に消えて行った。
夜、いつものように散歩だと称して亜由美は外へ出た。
待ち合わせの場所はわかっているような気がした。
彼の心から何か糸のようなものがでているかのようにひきつけられるのだ。
愛するものを目の前にしながらなぜか気にかかる。
亜由美は簡単に彼と出会った。
「あなたは誰? 私に何のようなの?」
「覚えていない? 僕だよ? 知盛だよ」
少年は簡単にその言葉をすらりとこぼした。亜由美が身を固くする。
「僕たちはようやくこの現世で出会えたんだ。もう離さないよ」
「うそ・・・」
知盛は当麻のはずなのに・・・。
どうしてこの人が知っているの・・・?
亜由美は慎重に身構えた。この少年は何を言っているのか見極めなくてはならなかった。
自分は確かに涼風だ。記憶もある。でもこの少年は?
知盛などという人物の名は歴史の闇にうずもれて誰も知らないはずなのに・・・。
「私、あなたを知りません。だから、帰ります」
くるりと亜由美は背中を向けた。
だが、それがあだとなった。少年は布にしみこませた薬を亜由美の口に押し当てた。
「もう離さないといっただろう?」
少年はくず折れる亜由美をいとおしそうに抱きしめた。
「彼女が散歩に出かけると言って出たのは何時ごろですか?」
亜由美の失踪から数時間後、柳生邸では警察の調べが始まっていた。
そこへ黒尽くめの男が入ってきた。
彼は何かを警察に見せるとナスティに視線を移した。
「内閣調査室特別課の錦織です」
男はサングラス越しに不機嫌そう当麻を一瞥した。
「彼が最後の目撃者ですね?」
錦織は当麻に簡単な尋問を始める。
あいつだ、と当麻は悔しそうにつぶやく。
「あいつ?」
ああ、といささか乱暴に当麻が答える。
笛の音
亜由美はただそうしてたたずんでいた。ひとつの墓石の前にトルコききょうを一輪置く。目を引くわけではないが、きれいな紫色。
亜由美はただただ立ち尽くす。言うべき言葉もないかのように・・・。
ふっと人の気配を感じて亜由美は振り返った。
「やっぱり、来ていたのか・・・」
当麻は亜由美をすっと見つめた後墓石に手を合わせた。
「当麻も覚えていたんだね・・・」
亜由美がぽつりと言葉をかける。
ああ、と当麻は答える。
「もう、一年たつのか・・・・」
遠い目をして当麻は空を振り仰いだ。
「とろとろすんなよ。不登校児め」
当麻が亜由美を急がす。
朝食を終えて亜由美はテレビのニュースをぼんやりと眺めていた。
学校行きたくないな・・・・。
そんなことを考えながら画面を見ていた亜由美の動きが止まった。
映し出された画面には被害者の老女と盗難にあった笛の写真。
老女は惨殺されていたという。
笛は平安時代のもので重要文化財として近々博物館に収められるところだった。
「あゆっ」
何事かを考え込む亜由美の前でテレビの電源が消された。
「いいかげん、学校行くぞ」
あ、うん、ときのない返事をして亜由美は立ち上がる。
だが、頭の中は老女と笛のことでいっぱいだった。
”すず。涼風”
夢の中で懐かしい声がする。
亜由美は笑顔で振り向く。
”ほら、新しい笛だ。そなたの笛の音をきかせておくれ”
男はそういって亜由美に笛を手渡す。
”まぁ、こんなにすばらしい笛だなんて・・・”
亜由美、いや涼風はうれしそうに手にとって転がすとふいに吹き始めた。
さわやかな風と笛の音が調和する。
男が安らいだ顔でそれを見守る。
遠い遠い昔の風景。
かつて幸せだったある日の風景。
”殿、危ない!!”
涼風はさっと男の前に立った。
ぐさりと涼風の胸に矢が突き刺さる。
ゆっくりと涼風の体がずり落ちる。
うけとめる男。
男は涼風の名を連呼する。
”殿、ご無事でようございました・・・”
それだけを言って涼風は眠るように息を引き取った。
それも遠い遠い悲しい出来事の風景。
眠っていた亜由美ははっととびあがった。陰鬱な気分が晴れない。
あの老女殺人と笛の盗難事件を見てから胸騒ぎがとまらない。
笛の元の持ち主はまぎれもなくかつての自分、涼風。涼風の愛用の笛。
ただの笛なら良い。だが、あれは魔笛にもなる笛。涼風が吹くことで魔を調伏したり逆に魔を扱ったりできるほどの名笛だったのだ。
自分ははるか平安の昔に愛する夫を守って死んだ。その後の笛の行方はあのときまでわからなかった。
あのテレビニュースを見るまでは。
思い出したいような思い出したくない記憶。
前世の記憶。
亜遊羅の記憶のほかに亜由美の中には他の前世の記憶も混じっていた。
涼風はそのひとつに過ぎない。
当麻との長い絆の深さを知る亜由美の歴史といってもいい。
あの男は当麻の魂を持った男。
その名を平知盛という。
平家の血をくんだ武人で涼風は親の敵として知盛の前に現れた。だが、本当の敵は知盛の従者であった。
涼風の親を裏切り殺したその男は在る拍子に事が露見し、その男は智盛の手によって一刀両断されたのだった。
それで不幸は終わったかに思えた。
だが、平家の没落とともに知盛とその妻になった涼風は追われるようしにして日本列島を南下していた。
そのある道中に夜盗とも見間違える源氏の兵士に涼風は知盛をかばって倒れた。
以後、自分の魂は戦国の世に生まれ変わるまであの世と呼ばれるところで眠っていた。
だからそれ以後のことは知らなかった。
何がおきたのか、何が起こっているのか。
ただ不安な気持ちが亜由美に覆いかぶさっていた。
ぼんやりと校門にたたずんでいると亜由美のそばに少年がそばにやってきた。
「こんにちは」
穏やかな顔をしたもうすぐ青年とも見まがうほどのその少年はひとなつっこく笑みをかけてきた。
ぼんやりと亜由美はあいまいな笑顔を返す。
人と触れ合うのは苦手だ。詮索好きな人間に会いたくない。
亜由美はどうやって関心をそらそうかと考え込む。
ふいに手に紫の花が押し付けられた。
「出会いの記念に・・・」
少年はそれだけ言うと去っていった。
少年は毎日現れた。
放課後、亜由美が下校するときに必ず現れ、紫の花を手渡す。
日に日にその数はましていき、亜由美と迦遊羅の部屋は紫の花で埋まりそうだった。
むすっと当麻はそれを見ては不機嫌そうに亜由美に愚痴をこぼすが当の亜由美は、上の空だった。
どこかであった気がする。
どこで・・・?
亜由美の脳裏に紫の花とあの知盛の姿が重なった。
彼は紫のリンドウを愛していた。
よく涼風はその髪にリンドウを飾ってもらっていた。
だが、当の本人は目の前で不機嫌そうにしている当麻なのだ。間違えるはずもない。彼の魂は当麻と同じものだ。
なぜ? 知っているの?
亜由美の声にならない問いは闇へと消えていった。
「あなたは誰?」
亜由美はきっと見据えると少年に尋ねた。
紫の花をもらって数日。亜由美は躊躇していた。今目の前で起こっていることが何か理解できなかったのだ。
自分は知盛とでもいいたいのか? 当麻がいるのに。
「怒らないで」
少年はまた花を手に押し付けながら言う。
「でも、やっと聞いてくれたね。今日の夜、会ってくれたら教えてあげるよ。もうそれで付きまとわないから」
少年はすらすらと答えるといとも簡単に雑踏の中に消えて行った。
夜、いつものように散歩だと称して亜由美は外へ出た。
待ち合わせの場所はわかっているような気がした。
彼の心から何か糸のようなものがでているかのようにひきつけられるのだ。
愛するものを目の前にしながらなぜか気にかかる。
亜由美は簡単に彼と出会った。
「あなたは誰? 私に何のようなの?」
「覚えていない? 僕だよ? 知盛だよ」
少年は簡単にその言葉をすらりとこぼした。亜由美が身を固くする。
「僕たちはようやくこの現世で出会えたんだ。もう離さないよ」
「うそ・・・」
知盛は当麻のはずなのに・・・。
どうしてこの人が知っているの・・・?
亜由美は慎重に身構えた。この少年は何を言っているのか見極めなくてはならなかった。
自分は確かに涼風だ。記憶もある。でもこの少年は?
知盛などという人物の名は歴史の闇にうずもれて誰も知らないはずなのに・・・。
「私、あなたを知りません。だから、帰ります」
くるりと亜由美は背中を向けた。
だが、それがあだとなった。少年は布にしみこませた薬を亜由美の口に押し当てた。
「もう離さないといっただろう?」
少年はくず折れる亜由美をいとおしそうに抱きしめた。
「彼女が散歩に出かけると言って出たのは何時ごろですか?」
亜由美の失踪から数時間後、柳生邸では警察の調べが始まっていた。
そこへ黒尽くめの男が入ってきた。
彼は何かを警察に見せるとナスティに視線を移した。
「内閣調査室特別課の錦織です」
男はサングラス越しに不機嫌そう当麻を一瞥した。
「彼が最後の目撃者ですね?」
錦織は当麻に簡単な尋問を始める。
あいつだ、と当麻は悔しそうにつぶやく。
「あいつ?」
ああ、といささか乱暴に当麻が答える。
作品名:とうまとあゆ~笛の音~ 作家名:綾瀬しずか