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綾瀬しずか
綾瀬しずか
novelistID. 52855
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とうまとあゆ~笛の音~

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「あゆに亜由美に毎日紫の花を送っていたやつがいるんだ。俺はそいつを見ていないが、あゆは何かおかしかった。
絶対にやつの仕業だ。こんなことになる前に聞いておけば・・・」
「その少年とはこの彼ですか?」
錦織は背広の内ポケットから写真を取り出した。
まだあどけない子供の写真と成長した少年の写真だった。
ええ、と亜由美と行動をともにして少年を見ていた迦遊羅が答える。
錦織が確認するかのように写真を見てはまた内ポケットにしまった。
「実はこちらのお嬢さんはもしかするとある事件に巻き込まれているかもしれません・・・」
錦織の重い言葉にみな、押し黙るしかなかった。

亜由美は白い真っ白な部屋に軟禁されていた。
逃げようと思えば逃げられる。
だが、なぜかできなかった。
常に監視をおかれているが特に拷問にさらされるわけでも虐待されるわけでもない。
本当の知盛としての当麻は現に生きている。
ならばこの少年は何者なのか。
本当に知盛なのか? 語っているだけに過ぎないのか。
だが、彼の話す話は信憑性を帯びていた。
それは涼風だった亜由美にしかわからない事実ではあったが。
亜由美は自分が涼風だとは頑として認めなかった。
認めることで何か起こる予感がしていた。
認めてはならない。
うそで突き通すしかない。
亜由美はかたくなな態度で少年に接していた。
少年は毎日亜由美の下へやってくると思い出話をしていく。
次第に亜由美はその御伽噺に引き込まれるようになっていった。
少年は優しかった。それは本当に知盛が生きているようで亜由美は切なかった。
彼は死んで当麻として生まれ変わっているのにこの少年は自分が間違いなく知盛だと信じている。
不思議でしょうがなかった。
御伽噺に見えるような話は次第に具体化し、亜由美と知盛しかしらないようなことにまで発展していた。彼を知盛と認めざるを得なくなっていた。
ある日、亜由美は確かめるように彼に尋ねた。
「その涼風という姫君はどんな人だったの?」
彼の思い描く自分のことを聴いてみたかった。
「やさしくて美しくて強い人だった。最後は僕をかばって矢に倒れたんだ。ごぶじでようございました・・・。そういって」
少年は寂しそうに語る。
「でもきっと涼風という人はそれで満足したと思う。だって好きな人を守れたのでしょう? 私だってきっとそうするわ。
当麻が危なかったら命だって差し出すわ」
亜由美の口から当麻の名がこぼれて少年は眉間をしかめた。
亜由美の心を占めているその当麻が憎かった。
自分の愛する妻であった亜由美を独り占めにしている男。
だが、不思議と懐かしさも感じていた。
会ってもいないのにこの三人には何かある、そんな気がしてならなかった。
「涼風はえらかったのね。私にはぜんぜん似てない。とろいし、不登校だし、かわいくないもの」
亜由美は肩をすっとすくめる。
「今でも君はかわいいよ。僕もここに君を閉じ込めていたいんじゃないんだ。父が君にしかできないことをしてほしいと願って僕は君を連れてきたんだ。でも僕はなんだかすすめたくないよ。父は君に何かよからぬことを考えているような気がするんだ」
少年は不安そうにそういってまた部屋を出て行った。

殺された老女。盗まれた笛。なぞの少年と研究所。その父。何をたくらんでいるのか・・・。
世の悪を成敗する人間としては見過ごすことはできなかった。
亜由美は普通の中学生として振舞いながらただただ機会を待っていた。
少年といつしか亜由美は心が通じ合うようになっていた。
なんだか一緒にいるだけでひだまりの元にいる気がしていた。
どうしてもこの少年を憎めなかった。
自分をさらってきた少年だが、その性格は穏やかで悪事を働くような性格ではない。
何か手伝わされているに過ぎないのだ。
少年が父と呼ぶ人間、彼こそがすべての発端なのだ。
「あなたのお父様は何をしている人なの?」
亜由美は少年に尋ねた。
「父は研究者だよ。長年僕を育てながら歴史を研究してきたんだ。その成果がみのりつつあるといっていた。だけど、悪い予感がする。父に君を会わすのは嫌なんだ。ずっと先延ばしにしていたけれどでも父がもう限界だといっている。あってくれるかい?」
亜由美はこくんと、うなずいた。
その時になって亜由美は固く身構えた。悪の元凶との対面なのだ。自分が涼風だと悟られてはまずい。また他の力を悟られるのもまずい。
あくまでも普通の中学生を演じるのだ。
通された部屋には机がひとつ。その上には盗まれた涼風の笛が置かれてあった。赤い血を思わせるようなビロードの布の上に安置されてそこにあった。
そこに人間はいなかった。
部屋に声がこだまする。亜由美は部屋の一方から聞こえてくる声に気づいた。
「さぁ、私のためにその笛をふいてくれないか? 涼風姫。君がその笛を吹けばふたたびこの世は君の思い通りになる。そして私の思い通りにもね・・・」
不気味な笑いが部屋にこだまする。
亜由美はきっと部屋を仰いだ。
「私は何もできない。笛なんか知らない。家へ帰して!!」
語気を荒げて講義する。
「おや。知盛に対する猫なで声とはまた違う魅力的な声だね。せいぜい。その部屋でわめくがいい。最後に勝つのは私なのだ」
ふははと不気味な声を残して男は去った。

亜由美はその部屋に拘束されてしまった。男との我慢比べなのだ。男は一日に数回声を出して亜由美に要求する。亜由美はただ家へ帰して欲しいとだけ言う。
自分が消えて何日も経っている。警察が動いているだろうと亜由美は読んでいた。もうすぐみつかるはずだ。
腹の探り合いのような時間がただただ過ぎていった。
その間時折少年が尋ねてきては亜由美に優しくしていた。
ごめん、とも謝っていた。
亜由美はいいの、と彼を励ました。
彼のせいではない。元凶はあの男。
あの男の野心がこの建物全体に悪意として覆いかぶさっていた。
「いいかげん、私にも限界があることを知ってもらいたいものだ」
男が急に入ってきた。
少年が亜由美をかばう。
「父さん。彼女はすずじゃないよ。知らないって言っている。彼女じゃないんだ。すずは別のところにいる。だから彼女を帰してあげてください」
「馬鹿め」
男ははき捨てるように言う。
「わからないのかこのぼんくらめ。この女の魂はまったく変わっていない。一千年前と同じ魂の色をしている。お前も言っていただろうが。すずをみつけたと。私はあの笛の奏者がいればだれでもいい。この女にいいかげん、言うことを聞かせるんだ」
いやだ、と少年ははっきり答えた。
「もう父さんのばかげた話に付き合っていられない。僕は確かに知盛の生まれ変わりだよ。記憶もある。だけど、彼女は違う。僕が見間違えたんだ。いいかげん目を覚ましてよ。おばあさんを殺しただけでは気がすまないの?」
「あなたが殺したの?」
亜由美は声を荒げた。
男は鼻であしらう。
「あんなへぼ老人あっというまに死におったわ。笛を後生大事に持っておってもなんの効果もない。生きているだけで無価値だ。そこの馬鹿息子と一緒だ。父さんなんてへどがでる。こいつは私が子供のころに誘拐した。利用価値があったのでね。それだけだ」
少年の顔色が変わった。
「父さん・・・。僕の父さんじゃないの?」