とうまとあゆ~さまよう心~
亜由美の心は戦い続けて疲れきっていた。もう休ませてやりたい、そう当麻は思った。
当麻は語り掛けた。
「あゆ。どこにいる?」
当麻の声が亜由美の心の中に響いた。
あゆ、あゆ・・・。
聞こえてくる愛しい声に亜由美の意識体が目覚める。眠っていたいと思うと同時にひきつけられてしまう。
当麻・・・?
あゆ、どこだ?
当麻が私を探している。
亜由美の意識体が当麻の元へ飛んだ。
亜由美の心の中をさまよいながら亜由美を探す当麻の前に亜由美の意識体が現われた。
ああ、あゆと当麻が近づく。
亜由美が思わず、あとずさる。
「どうしてここに?」
問う亜由美に当麻が答える。
「かゆがつなげてくれた」
あゆ、と当麻が両手を差し伸べる。
「お前をこの手に抱かせてくれないか? ずっとお前に会いたかった」
思いのたけをこめて当麻が言う。
亜由美が逡巡する。
「俺はお前をこちらに引き戻すためにここへ来た。
だが、お前の気持ちを知った以上無理はさせたくない。
お前がこの世から姿を消したいならもう止めない。こんなつらい思い、誰だってしたくない。俺だったらもうとっくにギブアップしている。つらかったな。もうつらい思いはしなくていい」
優しく語り掛ける当麻の言葉に亜由美の頬に涙が伝う。
だが、当麻に近づくこともしない。そのまましゃがみこんで嗚咽をこらえる。
その姿に当麻も涙ぐむ。一番つらいときほど亜由美はこらえようとする。決して甘えない。
近づいてひざまづくと腕を回す。その腕に感触は伝わらない。
亜由美の意識体は実体ではないからだ。
「つらかったな。もう、いいんだ。もうがまんしなくていい」
それでもいつも腕に抱いているかのように当麻は抱く。
なぁ、と当麻が言う。
「お前がそんなに俺のこと考えてくれるなら俺は俺なりに一生懸命生きようと思う。
お前もお前なりに生きたらいい。たとえ、魂だけになったとしても。体が滅んでしまおうと」
だだ、そうだな。
と当麻が残念そうに呟く。
「せっかくお前の気持ちに気付いてやれたのにもう一緒にはいられないんだな。
もう一度だけお前と一緒と生きたかった」
当麻の頬に悲しみの涙が伝う。
当麻の深い悲しみが亜由美の意識に流れてくる。
「ごめん。当麻。ごめん」
亜由美がしゃっくりあげる。何度も何度も謝る。
「謝るな。謝るなよ。俺はもうお前を悲しませたくない。お前の深い悲しみに比べたら俺の悲しみなど足元に及ばない。俺の悲しみはお前の思いに気付いてやれなかった俺の罰だ。甘んじて受ける」
亜由美はただ泣き続ける。当麻はただ黙って見守る。
もう二度と抱きしめてやれないから、今だけでも抱きしめてやりたかった。
戻ればもう、あの愛らしい笑みを見ることも抱き寄せてやることもできない。
言葉を交わすこともなく、笑い声を聞くこともできない。
最後の逢瀬。
だが、これでいい。
亜由美にもうこれ以上つらい思いはさせたくない。
どれぐらいそうしていただろうか。
当麻、と亜由美がふいに名を呼ぶ。
なんだ?、と当麻が答える。
「私、もう一度、がんばる。生きてみる。当麻、手伝ってくれる?」
「あゆ?!」
当麻が驚く。
「もうがまんしなくていいんだぞ? そんなにつらい思いをしてまでこちらに残ることはない」
「つらいのは当麻も同じでしょう? 私がいなくなったらどんなに当麻が悲しむか今の私にはわかるもの。私のことすぐに忘れるって言ったの、ひどいことだったね。ごめんね。もう、当麻置いていけない。だから、もう一度がんばる。亜由美でもない、亜遊羅でもない、あゆとして生きる道を探してみる。だから手伝って」
ああ、と当麻は頷く。当麻の瞳から涙がこぼれる。だが、それは悲しみではない喜びの涙だった。
亜由美がいとおしそうに当麻の頬に触れ、涙をすくおうとする。が、なにもできない。
「当麻、行って。あんまり長くいてはいけないから」
亜由美が立ちあがって促す。
「出口はあっちだから」
出口を指し示す。
ああ、と当麻が頷く。
「お前も必ず戻ってこい。待っているからな」
うん、と亜由美が頷く。
当麻は示された出口に向かって歩いていった。
光に包まれたかと思うと当麻は病室にいた。
よかった、と迦遊羅が言う。
「心配しましたよ。あまり長くいるので飲み込まれてしまったかと思いました」
悪いな、そう言って笑う。
秀が当麻に飛びつく。
「お前っ。心配させんなよっ」
皆、思い思いに当麻に絡む。
悪かった、と当麻が何度も謝る。
がやがやと急に騒がしくなった病室の中で亜由美が目を覚ます。
視線を動かして亜由美が当麻を捕らえる。涙がこぼれる。
「ただいま」
亜由美が言う。
「お帰り」
当麻が答えた。
閉じられた二人のまぶたがゆっくりと開けられる。
まるで突然夢から覚めたかのように。まぶたをぱちぱちさせている。
突然、当麻は亜由美をみるとびしぃぃと指差した。
「いいか。今回でblack princessの名は返上しろ」
別に好きで名乗っているわけではないという亜由美に当麻は言う。
「好きだろうとなかろうとblack princesは返上しろ。もう俺は亜遊羅としてお前が生きる事に否定はしない。こうなったらとことん付き合ってやるっ。だが、金輪際、必要最低限の事以外に関わるな。お前が無理を重ねるなら内調のメンバーからもはずしてもらう」
きっぱりと当麻が言う。
ええー、と亜由美がぶつぶつ言う。
記憶を封じる前の大人びた雰囲気はなく、いつもの子供じみた痴話げんかが始まる。
その様子をおかしげに迦遊羅が見つめて、皆の代表で一人見守っていた遼に耳打をする。
「この二人、すごいのかすごくないのか、わかりませんね」
「だけど想いあう気持ちはきっと誰にも負けない」
穏やかな表情で答える遼に迦遊羅はうれしそうに微笑む。
「な、なんだよ? 当麻」
突然、遼はにやにやして自分と迦遊羅を見ている当麻に気付く。
亜由美も面白そうに見つめる。
「ここは俺達しかいないから。キスの一つでもしてやれ」
「ご苦労様ってね」
「おっ・・・おい」
二人の言葉に遼が慌て、迦遊羅も顔を赤らめる。
「それではお手本を見せてあげよう」
当麻は言うといきなり亜由美に軽くキスする。
まんざらでもなさそうに亜由美もキスを受ける。
「簡単だろう?」
当麻が笑った。
「私、もう一度、がんばる。生きてみる。当麻、手伝ってくれる?」
ふいに思い出す自分の言葉。
亜由美は躊躇なく言葉にした。
当麻が頷く。
「一緒に生きよう」
うん、と亜由美は力強く頷いた。
FIN
作品名:とうまとあゆ~さまよう心~ 作家名:綾瀬しずか