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綾瀬しずか
綾瀬しずか
novelistID. 52855
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とうまとあゆ~さまよう心~

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「銃をおろせ!」
当麻が弓を引き絞りながら言う。
「君と私とどちらが早いかね? 私が死ぬのが先か、彼女が死ぬのが先か」
だが、男が言い終わらないうちに当麻は矢を放っていた。
放つと同時に弓を投げ捨て亜由美を男の手から奪っていた。
矢が貫通する反動で男の手が引きがねを引く。だが、銃は空を撃っていた。
そのまま銃が男の手から落ちる。
抱きとめる亜由美から離れると今度は矢を持って男ににじり寄る。
男がじりじりと後退する。
壁に行き当たる。
当麻は矢を振りかざした。
「殺しちゃだめっ!」
亜由美の叫びと同時に矢が振り落とされる。
矢は男の顔を霞めて壁に刺さった。
「君達はお人よしだ。ばかばかしくて話にならない」
男はそう言うと舌を噛み千切っていた。
男が事切れる。どうして“黒の狼”動いたのかはわからないまま結末を迎えた。亜由美の力を利用したい、あるいは消し去って動き回りたかった。そういうところだろう。当麻の中で思考が走りぬける。
男が事切れたと合図に亜由美が崩折れる。
当麻がそれを抱きとめる。
ぬるりとした感触が手に伝わる。
当麻は抱き上げると部屋を飛び出ていた。

亜由美はなんとか命をとりとめた。
だが、意識が戻らない。
折角、命を取り留めたのに死に急ぐかのように衰弱していく。
当麻はベッドに横たわる亜由美の側から離れなかった。
「頼む。死なないでくれ。お前が死んでしまったら俺はどうしたらいいんだ?」
当麻は亜由美に語り掛ける。
だが、返事はない。
意を決した当麻は迦遊羅に連絡をとっていた。
何が何でも死なせはしない。
俺の命に代えても。
当麻は決意した。
当麻の頼みに迦遊羅は首を振った。
「当麻の命を引き換えに姉様を助けるなどできるはずありません。それは自然の摂理に逆らいます」
「自然の摂理だろうがなんだろうが構わない。俺はあいつが助かりさえしたらそれでいい」
そう言う当麻にナスティが言う。
「でも。自分の代わりに当麻が死んだなんて知ったら、それこそあゆが悲しむと思うわ。
そして彼女はきっと後を追ってしまう。いえ、むしろ同じ事をするでしょうね」
自分の命を引き換えにしてもそれは亜由美のためにはならないと当麻もわかっていた。
お互いがお互いの命で救いあう。
不毛な堂堂巡り。
だが、他にどうすればいい?
亜由美のいない人生など意味はない。
死んだも同じだ。
「他に・・・。他に方法はないのか?」
当麻が呟く。
「もう、無理なのか? あいつはもう目を覚まさないのか? どうして俺だけが生き残らなくてはならない?」
苦しげに呟く当麻の肩に征士が手を置く。
どれぐらいそうして黙っていただろうか。
当麻は別の決意を固めて顔を上げた。
その悲壮感にあふれた顔に皆、言葉を失った。
「当麻。だめです。後を追うなど考えては」
誰よりも先に決意を察した迦遊羅が止める。
「いや。もう決めた。俺の命は俺のものだ。あいつの命に代えることができなければ、あいつが命を落としたなら、俺も後を追う」
「当麻!」
その言葉に征士とナスティが声あげる。
「悪い。もう二人きりにしてくれ」
当麻の耳に皆の声はもう聞こえなかった。
ベッドで眠る亜由美の髪をやさしくなで続ける。
なぁ、と当麻が言う。
「あの世でなら俺達きっと幸せになれるよな。会えるかどうかわからないが。お前と一緒に行けるなら問題ないさ」
亜由美は当麻の思いを知ってか知らずか眠り続けた。

緊急事態についに皆が集まった。ドイツだろうが北極だろうが集まらないわけには行かなかった。時間は少ない。対策を立てるには皆の頭が必要だった。
そんな中、当麻は亜由美の眠る病室にこもったきりでなおかつ誰一人としていれようとしなかった。
「なぁにかんがてるんだ? あの智将さんはよー」
どうすることもできない腹立ちから秀が壁を蹴る。
「秀」
と伸がたしなめる。
「だってよ。助けられなかったら後を追うだと? 人の命をなんだと思っているんだ? 当麻が死んだらおれはあゆを一生許さない!」
秀が言葉を吐く。
「僕だって同じ気持ちだよ。こんな不条理なことがあっていいの?」
伸も言う。
「あゆも死なないで当麻も死なない方法はないだろうか?」
遼が考えこんで言う。
ふむ、と征士も考え込む。
ねぇ、とナスティが言う。
「あゆは生きる意欲を失っているのよね? だとしたらその気持ちを引き戻すことはできないかしら?」
それを聞いた迦遊羅が突然立ちあがった。
「かゆ?」
遼が問う。
「方法がひとつだけあります。姉様の心の中に入れればいいのです。これも自然の摂理を曲げることになりますが、やらないよりはましです」
迦遊羅が答える。どうしてそんな簡単なことに気がつかなかったのかしら、と迦遊羅が呟く。
「しかし、どうすればいいのだ?」
征士が問う。
「私が姉様の意識とこちらをつなげます。当麻にあとはお願いしましょう。きっと姉様の心の中に入れるのは当麻だけですから」

迦遊羅の提案を聞いた当麻は一も二もなく承諾した。皆の見守る中で迦遊羅は錫杖を手にして術をかける。ゆらり、と幻影が現われ、部屋に悲しみが満ち溢れる。
「これがあゆの悲しみ・・・」
あまりにも絶望した悲しみに伸が思わず呟く。
幻影に向かう当麻に向かって迦遊羅が告げる。
「気を確かに持ってください。姉様の気持ちに飲み込まれないように。二度とこちらに戻って来れません」
大丈夫だ、と当麻が不敵に笑う。何が何でも連れ帰ると。
そして一転して優しげな声に変えて幻影に語り掛ける。
「あゆ。俺だ。いれてくれるよな?」
そう言って幻影に手をかけると当麻はすっと姿を消した。

気がついたら当麻は亜由美の心の中をさまよっていた。
亜由美のさまざまな思いが当麻の意識に流れ込む。
だが、暖かなものはほとんど流れてこない。
激しい絶望、悲しみ、恐怖、怒り。そして唯一、当麻が暖かさを感じたのは自分への思いだった。
切なくあふれる狂おしいまでの愛に当麻は驚き、そして受け止めた。

当麻を愛している。それは永遠に変わらない。
けれど自分は戦わなくてはならない。当麻を巻き込みたくない。
でも、好き。そばにいたい。当麻の腕に抱かれていたい。
当麻の気持ちに応えたい。でも応えてはいけない。
こんなつらい思い、もういや。
だれか助けて!!

「お前、こんなに・・・」
思わず、絶句する。
これほどの思いを告げずにただ押し隠していたとは。
彼女の心を文字にすればたった数行。
だが、その想いは誰よりも何よりも当麻自身の思いよりも深く強いものだった。
亜由美が非情なまでに亜遊羅であろうとした心、その裏は世界を救う役目を守るのではなく、皆を、何よりも自分を守ろうとした心であることを知って当麻が愕然とした。
深く強い想いはそれに比例してかなわぬ想いへの深い絶望と悲しみであった。
亜由美の心はまさに血の涙を流していた。
どれほどつらかったろう?
その小さな体でどれほど苦しんでいたのか。
自分の存在が亜由美をこれほど悲しませ、苦しめたのかを知って当麻の心は苦しく切なかった。
今すぐ、当麻は亜由美を抱きしめてやりたかった。
抱きしめて慰めてやりたかった。