氷花の指輪
「…ふふふ。あははは。すごい、すごいわ。この力!
…あぁ。殺したい。すべて、すべて殺しつくしたい!消し去りたい!
私を穢し、貶めたすべてを!この世のすべてを!
霊魂ごとすべて!すべて、すべて、すべて!!」
バラクル王に憑依され、意識まで同化してしまったのか、
彼女は世の中への呪詛を叫んだ。
いや、もしかしたらこれが彼女の抑圧された本心なのかもしれない…。
「マ、マスター…。」
圧倒的な霊圧の前に、よろめきながら彼女の元へと一歩ずつ歩み寄る。
バラクル王の大剣の切っ先がこちらを向く。
「なんだ、お前か。蜘蛛の子、ニコラス。
私がお前を守るために、どんなひどい仕打ちを受けたかも知らずに…。
私の中でのうのうと眠り続けた、裏切り者よ。
ふははは。でももう良い。どうでもよいことだ。
今から私は、そのすべてを破壊しに行く!
黒妖精どもに、死よりも深い恐怖を、無残で無意味な虐殺を味あわせるのだ。」
彼女は、今や怪しい光を纏う金髪をかきあげ、妖しく笑う。
「ふんっ。
前座として、お前を消滅させてやろうか?王子様?ふふふ。」
彼女は、一体どれだけの憎しみを隠して生きてきたのだろう。
私への憎しみも一緒に。それなのに…。
「…マスターが欲したのは、……愛する人と共に生きるための力のはずです。」
「……?
小僧。何が言いたい?
私と対等に話をしようなどと、うぬぼれるなよ!」
…これで勘違いだったら笑い話にもならないし、それこそ、うぬぼれが過ぎる。
本当に消滅させられるかもしれない。
ただそれで、マスターの憂いが少しでも晴れるのなら、
そんな終わり方もいいかなと思った。
「マスターの愛する人というのは、……私でしょう?」
そういって、二人の間の距離を飛ぶように縮め、
彼女を抱きしめ、その唇に口づけをした。
驚いて見開かれていた彼女の目が、ゆっくり閉じる。
霊力パスがすごい勢いで活性化し、
霊力が巡り、お互いの傷が癒えていく。
霊魂同士がつながるより、強く甘く切ないゼロ距離のパス。
彼女が流れ込んでくる。
いつか、長い夢の中で感じていたものと同じ温かさ。
それを包む、凍てついた氷花。
一枚一枚の花びらに潜ませた、愛情と不安と、…狂おしいほどの覚悟。
――― ああ、私はこんなにも愛されている。
私は彼女に、どうやって応えればいいのだろう。
どうしたら報いることができるのだろう。
――― 伝えよう。私の思い。
(私が全身全霊を持ってあなたの進む道のすべての障害を取り除きましょう。
私があなたの剣になります。盾にもなります。
あなたが私の苦しみを癒してくれたように、私があなたの苦しみを癒します。
だから共に生きましょう。おそばにいさせてください。マスター!)
かすかな余韻を残して離れる唇。
その瞬間、バラクル王の憑依が解け、霊魂の状態になり、宙に漂う。
(なんだっ!おい。なんで降霊憑依が解けたんだ!?
制御できるほどの霊力は残ってなかったはずだぞ。
くそっ、久々に自由に暴れまわれると思ったのに!)
「マスターを自由になんてさせませんよ。」
そういって、バラクルの霊魂を指で弾いてやる。
(何をする!王子のくせに生意気だぞ!)
そんなやり取りをしていると、
肩を抱いたままだったアリスが小さな声を出した。
「あ、あのっ。ニコラス…。」
慌てて、手を離す。
「あ、違うのっ!えっと…その…。」
頬を染めてもじもじしている。
あまりの愛おしさに、もう一度ぎゅっと抱きしめる。
「マスター、まだこんなところに傷が残ってますよ…。」
唇から伝った血の跡を舐めるように再び唇を重ねる。
彼女の目から涙が零れ落ちる。
(ありがとう…。ニコラス……。……ごめんなさい……。)
これは……背徳行為だろうか。
自分の主人にこんなことをして……。
それでも、彼女は私を望んでくれた。
私と共に生きることを望んでくれた。
今は、今だけは、頭をよぎる罪悪感より、
この温かさを共に感じていたかった。
彼女の愛に溺れていたかった……。
だが、最後に伝わってきた、彼女からの気持ち、
深い謝罪にも似た苦さだけが
いつまでも、私の心に小さな棘として残った。