氷花の指輪
「ニコラス!!」
霊力パス全力解放。
霊力ブーストチャージ。体内の霊魂たちが暴れる。…苦しい。
構わない!早く、早く、回復を!
ニコラスの傷口はすぐに閉じたが、何らかの持続系術式がかかっている。
彼が動けるようになるのはまだ時間がかかるだろう。
仕方ない、ここまでだ。
実体化を解除しよう。
持続系術式がかかったままだと、私の方にその効果が引き継がれるだろう。
だがそれで私が捕まったとしても、ニコラスを守ることができる。
私は、私の王子様を守る!
術式構築のため、短剣を投げ捨てワンドを手に取る。
その時、ワンドを握る手を上から握られた。
「だめです…。マスター…。召喚解除したらあなたを守れない……。」
「ニコラス!まだ動かないで!」
「マスターは下がって、……ご命令を…。」
重そうな体を無理に起こし、私と敵の間に立つ。
敵に向かって走る。
くそっ!駄目だ!
焦れば焦るほど、霊力が集中できない。
ワンドを持つ手がガタガタ震える。
ニコラスは普通の死霊と違うのだ。契約の形が違うのだ。
いったん召喚解除して霊魂の状態に戻し、すぐに再降霊できるようなものではない。
もしその実体化された身体が消えてしまったら……。
「マスター!」
脇からこちらに近づく男に気づき、ニコラスが振り返り叫ぶ。
「よそ見はよくないぜ、色男!」
「ぐはっ!」
ニコラスのみぞおちに、霊魂の波動が撃ち込まれる。
前のめりに倒れこみそうになるのを許さず、
胸倉を掴み、つるし上げられる。
「ニコラス!!…あなたたちもうやめて!お願いだから!」
――― この距離で届くかっ、実体化解除!
「おっと、そうはさせないよ。」
もう一人の男にワンドを持つ手を後ろにひねりあげられ、
術の集中が途切れる。ワンドをたまらず取り落とす。
「くぅ…。」
「声出さないって言われてたけど、いい声出すじゃん?」
毎晩毎晩、襲いかかる追手をぎりぎりで撃退してきたのだ。
なのに、どうして今、彼が私の中にいないときに限って…こんな…。
そうだ。彼が中にいないから、私はこんなに弱いんだ。
自身の力ではニコラスを守れない事実と、彼を傷つけてしまったことが、
悔しくて悔しくて、血が伝うほど唇を噛む。
「っほんと、すごいな…。
純度が高いというか、濃いというか…。
確かにこれを支配できれば、無限に力が引き出せそうな気がする。
王にでもなれる気がするぜ!
あの娘はろくに使いこなしていないみたいだし、まさに宝の持ち腐れだな。」
つるし上げたニコラスの霊魂を見て、男が恍惚の表情を浮かべる。
隙をついて、男の身体を蹴り上げ、ニコラスは男から距離を取る。
「ふんっ…。お前の力量じゃ到底扱いきれるものじゃない…さ…。
そっちの小さい奴と二人で一度にかかってきたらどうだ!」
「っんだと!死霊なら構わねぇ。容赦しねえぞ!」
「小さいとはなんだ!」
ニコラスの挑発に、私の戒めが緩む。私は膝から崩れる。
二人の男が、ニコラスに攻撃を加えようと向かっていくのが
スローモーションで見える。
ニコラスの残りの霊力はわずかだ。
傷の修復と体力の消耗を補うのに供給が間に合っていない。
私が集中できていないせいで、私の霊力が圧倒的に足りないからだ。
もしその実体化された身体が消えてしまったら……。
彼は……彼の霊魂は消滅する……。
私が嘘をついたから、
私が傲慢だったから、
私が愚かだったから、
私の力が足りなかったから、
私があなたを望んだから!
彼の存在が消えて……しまう……。
私のすべてが消えて……しまう……。
そんな…そんな、そんな!
嫌だ、いや、いやぁああああああああ―――――――――――!
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身体の中から闇のオーラが爆発したかのように吹きだす。
ニコラスに向かっていた男たちは、背中からの突然の衝撃波に吹っ飛んだ。
霊魂たちが嵐の中の木の葉のように翻弄される。
荒れ狂う瘴気の塊の中から、声が響く。
――― 我を召喚せし者、何者ぞ。
我が名はバラクル、古代黒妖精の王である。
おお!この日を待ちわびたぞ、輝く氷の霊魂を持つものよ!
さあ、牢に囚われ穢れた姫よ
儚い希望を守るために、絶望を受け入れる愚者よ
そなたの望みをかなえよう。
愛するものと甘美な夢の中で悠久に眠るための、絶対的な盾か!
確実な別離の予感の上でなお、共に歩む道を切り開くための、絶対的な剣か!
どちらを望む?どちらがそなたの魂の叫びか!
そんなの決まっている!
バラクル!恐怖の大王よ!私に力を!
愛する人と共に生きるための力を!
私の歩みを妨げるものを屠るための剣を!
――― そうでなくてはな!
ふははははっ!
大きな笑い声が消えると同時に、瘴気の結界が弾け破られる。
中に立っていたのは、まっすぐにワンドを構えた美しい戦乙女。
その背には、巨大な霊魂の影、バラクル王の姿があった。
「なっ!?降霊…憑依…。あのバラクル王の霊魂を…!?」
「ひっ……!」
二人の追手は、次の瞬間には何も見ることができなかった。
その身体は、バラクルの剣に両断され、霊魂ごと一瞬で消滅していた。