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氷花の指輪

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男は、伏せていた顔に手を当てる。
揺れる肩、共に揺れる美しい髪。
男は、大笑いしていた。

「ふ…ふ…は、はははは!
 はぁ!久しぶりに楽しかった!
 君が出て行ってからというもの、退屈で仕方なかったからね。
 君たちと話をするのがこんなに楽しいとは思わなかった。
 もっと早く遊びに来ていたらよかったよ。

 いいだろう、アリス、ニコラス。
 君たちの遊びに付き合おう。
 その間、私は全力でアリスの身体を診てやるし、
 ニコラスとの勝負にも本気で相手しよう。

 ただし、アリスの身体が手の施しようもなく死に際した場合、
 なんとしてもニコラス、お前を排除するからそのつもりで。
 まあ、つまり、私はいつでもその気になれば
 ゲームを終わらせることができるということを
 心に刻んでおきたまえ。」

「はい。」

アリスは力が抜けてしまったのか、床にへたり込んでしまった。
私も思わず深く息を吐いた。

男が近づいて、意地悪そうに口角を上げて言った。

「一言、アリスに内緒話をしていいかな?ご主人。」

この時点で何か仕掛けるのは難しいだろう。
許可が必要かはおいておいて、許可をだした。

「……どうぞ。」

男はかがみこみ、彼女の右耳へ唇を寄せた。
髪が耳に触れ、ビクリと彼女が震えた。
そして、何かを囁いた瞬間、彼女の涙にぬれていた瞳は見開かれ、
そしてすぐに顔ごと逸らし、頬を染めて言った。

「嘘つき……ですね。」

男はその返事に満足そうに笑い、身体を戻す。

「ふふふ。
 いやいや、私の嘘なんて可愛いものだ。
 そこの王子様のはったりは、相当のものだと思うよ。
 流石、一国の王になるはずだった男だ。
 なかなかの腕前だと評価しよう。
 今度じっくり種明かしをしてもらおうかな。
 その無謀な自信の根拠も知りたいしね。」

私は肩をすくめてみせる。

おそらく全てバレているのだろう。
実は、呪いの話がほとんど嘘だということも、今日の茶番の理由も。
この『氷花の指輪』は、二人の愛の契約の証でしかない。
だからこそ、最も強い力を持つのだ。

だが、私の話が嘘ばかりだと途中で分かったとしても、
男が乗ってくる方に賭けた。
彼がゲームを、冒険を、望んでいると思ったからだ。
どちらが真の勝負師といえるのだろうか。

「ニコラス。私はお前が気に入った。
 私が、お前との勝負に勝ち、お前とアリスが別れた後、
 私のところに来るといい。まあ、強制はしないがね。」

「負けるつもりはありませんが、考えておきます。」

アリスがびっくりしたように顔を上げた。

「それと、ひとつアドバイスしよう。
 お前との勝負、私の絶対的優位は揺るぎない。
 お前の知らない3年間で、
 アリスに撃ち込んだ無数の楔の力、侮らない方がいい。」

「肝に銘じておきます、先生。」

お前の先生になるつもりはないと、面白そうに言う。

「それでは、旅の準備をしてこよう。
 なにぶん、もう何年も旅などしていないから、少し時間がかかるだろう。
 薬はバラクルに届けさせる。
 この間じっくり診させてもらったから、もう少し合うのを作っておくよ。
 ねぇ、アリス。 
 今度のは気分が高揚する成分はいれないから、遊ぶなよ。
 ……バラクル、先に戻っているぞ。」

そういうと同時に人形が消えた。
バラクルの降霊召喚体は残ったままだ。
遠隔でこれだけの操作ができるのか。
やはり、強敵だ。
気を抜けばすぐに、状況も、立場も逆転されるだろう。

「おや。アイツ、気を利かせてくれたのかね。
 姫さん!王子!なんだかよくわからないが、おめでとうか?
 王子の思惑通り、事が進んだってことだろう?」

「まあ、そうですね。とりあえず一安心です。」

バラクルの明るい笑い声に、緊張が解けていく。
本当に一安心だ。

「姫さん、そういや、さっきアイツになんて言われたんだ?」

まだ床にへたり込んだままのアリスが、ギクリとし、
手をわたわたと振り回しながら言った。

「あ、いや、えっと……。
 『また君の作ったスープが飲みたい』って……だけ。絶対嘘なのに!」

何故そこで、そんなに赤面するんだ。

「……。」

「おいおい、王子。
 姫さん予想以上にちょろそうだぞ。ギャップ萌えってやつか?
 お前の勝負、大丈夫か?」

「な、何言ってるのバラクル!」

私は彼女のそばに膝をつき、彼女の目を見てにっこり微笑む。

「そうですね。私も頑張らないといけませんね。」

彼女もはにかむように微笑んだ。
彼女の手を取り、ゆっくりと立たせる。
まだ緊張が抜けきっていないのか、
少しよろめいたその身体を支え、そのまま抱き寄せる。

私はまた、この身体を、彼女の熱を感じられた。
そして、もう少し感じていられる。

「アリス。体調が落ち着いたら、買い物に行きましょう。
 素敵な生地と黒いドレスを買いましょう。
 ダンスのレッスンをするんですものね。」

彼女は、目を輝かせた。

「うん!」


今だけは、残酷でいたずらな運命に感謝する。
彼女とめぐり合わせてくれたことを、
彼女をこの手に抱かせてくれたことを。

「ニコラス。ありがとう。
 私、もう少し生きてみるね。」

「はい。
 ずっとおそばにいさせてくださいね、アリス。」

彼女の左手を取り『氷花の指輪』にキスをする。

かつての私たちに称美を。
これからの私たちに祝福を。





作品名:氷花の指輪 作家名:sarasa