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氷花の指輪

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男が本当に意表を突かれたような顔を初めて見せた。
だがバラクルは、何かを察したのだろう。纏うオーラがより優しくなった。

「あなたは私たちの恩人です。
 あなたが、アリスを牢から救い出し、死霊術を教えてくれなければ、
 私はこうしてここにいることはできませんでした。
 アリスと愛し合うことができませんでした。
 でも、彼女は、私と結婚し共にいることを望む反面、
 あなたの元に戻るという、あなたとの約束を守れなくなることを、
 とても気に病んでいるのです。
 そこには恐怖心もあるのでしょうけど。」

私はまっすぐに、その男を見て言った。

「だから、この条件を入れたんです。
 呪いを解き、私を消せる方法を、あなたの愛に委ねます。
 あなたが、私より彼女を愛し、彼女が私よりあなたを愛したならば、
 私は喜んで呪いを解き、この世から去りましょう。」

「馬鹿な……。
 私がアリスを愛する?アリスが私を愛する?
 それが、呪いを解く方法だと?
 私たちの関係は、研究者とその実験体だ。
 愛もなければ情けもないんだよ。それを今更……。」
 
「それは嘘ですね。
 あなたはもうとっくにアリスのことを愛しているのではないですか?
 最初に牢から救い出したのも、
 望みをかなえさせるべく根気強く死霊術を教えたのも
 そして、彼女の身体の限界を知り、得意の錬金術をさらに磨き、
 彼女の身体を再構築するための技として人形術を学んでいるのも
 全部、アリスのためでしょう?」

アリスが驚いたようにこちらを振り返る。
単純な彼女のことだ。先生への好感度が1%くらい上昇してしまったかな。

「もし、それを愛だと認めないのであれば、それでも構いません。
 では、実験のひとつだと考えたらいかがです?
 彼女を甘い言葉で惑わし、その愛を得るだけで、あなたの望みが叶うのですよ。
 あなたほどのお方が、自信がないなんてことないですよね?
 私も簡単に彼女を手放すつもりはありませんけど。」

「……。」

ちょっと挑発が軽かったか。

「さあ、いかがいたしますか?
 ここで私を消し、彼女の霊魂もあきらめるか、
 彼女を殺し、私の霊魂とセットでお持ち帰りいただくか、
 彼女を生かし、アリスの愛をかけたゲームをいたしますか?」

選択肢を与えているわけではない。
一番最後の選択肢を選ばざるを得ないように、改めて口に出しているだけだ。

「……。
 お前を支配し指輪をはずさせるという選択肢も残っているはずだが?」

最後にそう言ってくることは分かっていた。
その返答は必要ない。
さあ、アリス。最後のセリフです。

「あの!先生。
 ……約束を守れなくてごめんなさい。

 私、ニコラスとバラクルと3人で冒険した毎日が、とても楽しかったんです。
 いろんなモンスターと戦って、世界の秘密がどんどんわかるようになったり、
 キノコが美味しかったり、朝日が眩しかったり、
 風に攫われる汗や涙が心地よかったり、優しい言葉で励ましあったり、
 素敵な装備をプレゼントしてもらったり、
 雪は冷たいのに、心が温かくなったり……。

 だからまだ冒険していたいんです。
 ニコラスと雪を見たら死んでもいいと思っていました。
 でも急に怖くなってしまいました。
 大事な思い出が増えて、今を失うのが怖くなってしまったんです。
 
 先生。また私にいろいろ教えてください。
 死霊術だけじゃなくて、この世界のいろんなこと。

 そのために、私と一緒に冒険してくれませんか?

 先生が私のそばに来てくれて、少しだけ成長した私を、
 あの家の中にいた私じゃない私を。
 ……好きになってくれたら嬉しい……です。
 そして私が死んだとき、一番に私の霊魂を救ってくれませんか?」
 
男は、それを顔を伏せて聞いていた。
長い白髪でその表情がうかがえない。 


……アリスはこういう人なのだ。
素直で直球で、欲張りで寂しがりで。
愛が怖いのに、誰よりも愛に貪欲で。

あの月夜の雪山で何時間も話した。
これからの私たちのことを。どうしたら今を続けられるのかと。

――― 先生が、ニコラスみたいに私を愛してくれれば、
     怖くなくなるかな?

ついさっき私と、真実の愛、永遠の愛を誓い合ったというのに、
別の男からの愛を求めようとは……と、怒ってもよかったんだろうが、
私は笑ってしまった。
これが彼女だと。これでこそ彼女だと。

だから今日、この時、この作戦を決行した。
男はアリスを愛せる。きっとすでに愛している。
これほどまでの執着が愛でないはずがない。
そしてアリスも……。
だからきっと、……上手くいく。


本当は嫌だった。
彼女を狙う別の男と一緒に冒険をするだなんて……。
相手は生者で、私は死霊で……。
相手は彼女に何もかもを与えることができて、
私は彼女から何もかもを奪うばかりで……。

だがそれで、彼女が少しでも長く生きて、そばで笑ってくれるなら
私の霊魂など、この儚い残滓など、いくらでも駒にする。
これが私の愛の形なのだ。
ずっと守られてきた私が、彼女に報いるための愛の形なのだ。

私は彼女の左手の薬指で光る指輪を見る。
『氷花の指輪』は裏切らない。
この指輪は、かつての私たち自身なのだから。

私たちはこの指輪に誓った。
永遠に愛し合うことを。

この勝負、私は絶対に負けないのだ。
作品名:氷花の指輪 作家名:sarasa