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Restart

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軽い動きで腕を持ち上げた。手で庇を作って見上げた空を飛行機が飛んで行く。
 視界の端では花の散った桜の枝にはぱらぱらと緑が芽吹いていた。
 どこも痛くない。気温が上がってきたので被っていたパーカーを脱いだ。その動作にも肩は悲鳴を挙げない。そうなればいいと願っていたとおりに健康そのものだった。怪我が治った肩はふわふわ飛んで海風に吹き飛ばされそうなほどに軽かった。

 四月。
 窓際で庭の雀を眺めていたら、母親に呼ばれて軽トラに乗った。車体の前後に初心者マークが貼ってある。薄っぺらい財布には真新しい免許証。取得からまだ半月も経たないが、練習と言ってあちこち運転させられたから不安はない。
 助手席は空のまま、自宅の車庫からゆっくり発進した。行き先は親父の船が帰ってくる港だ。
 親父は結構大きな船に乗っている。到着した頃には仲間と荷の積み降ろしをしていて、先に俺に気づいた漁師仲間の徳三じいさんが大声で呼んだ。
「おーい、そうちゃん来たぞ!」
「お疲れっす。今日どうっすか?」
「好調、好調、絶好調!なぁ?」
 じいさんの振り向いた先で親父が面倒くさそうに頭をかく。
「徳さんはいつも絶好調じゃねぇか」
「いいじゃねぇか。今日みたいな日は船に乗ってるだけで気持ちいいぞ。そうちゃんも船乗らねえのかい?」
「いや、俺は……」
「コイツは漁師になりたいわけじゃねぇんだ。俺の船になんか乗せるかよ」
 ほれみろ、お前の親父は頭がかてぇぞ。そんな顔でじいさんが俺を見る。俺は肩をすくめた。

 半年前に進路について相談した時も親父は漁師になることを許さなかった。
 中学三年の時、競泳のスポーツ特待生として東京の私立高校に行きたいと言った時は黙って書類を書いてくれた。高校二年の時、オーバーワークで肩を痛めて競泳を諦め、地元の全寮制高校へ転校したいと連絡した時も静かにぽつぽつ質問されただけで反対なんかされなかった。
 そして地元に戻った去年、何度進路についての面談をやっても進学とも就職とも言わなかったら、ついには親が呼び出された。全寮制のおかげで遠方に実家があるやつも少なくなかったが、生憎と近場に実家があったので、親父がやってきて三者面談になった。親にも教師にも同じことしか伝えていなかった。行きたい学校もやりたい仕事も今はない、ということだけはっきりしていた。親父もペラペラ喋る方ではないし、「息子のしたいようにさせます」の一点張りで困った教師が訊いた。
「山崎さんのご実家は漁業だそうですけども、宗介くんに家業を継がせる、とかは…」
「させません。コイツがどうしてもってンなら下積みからやらせますが、やりたいことがねぇから手近な道を取るつもりなら許しません」
 はっきりと言われてしまった俺は晴れて無職となった。部活を引退したらやることがなくなったから、勉強だけはしっかりやっていたけど、やっぱり受験はしなかった。たくさんの金と時間をかけてまでどうでもいい学校に行くのも気が進まず、このご時世に高卒就職は楽ではなく、検討したというポーズ程度に調べた求人票の中に興味あるものはなかった。
 そんな俺に親父は「若い内はなんとでもなる。勝手にしろ」と言って、母親は実家に帰った日に俺の好物を山ほどこしらえてくれた。それは正直かんべんして欲しかったが。
 三年生の授業がなくなってからは自動車教習所に通った。いずれ就職するにしても地元では普通免許は必須だった。今のところは家族の送り迎えにしか活用できていないが。
 親父を乗せて家まで向かう道中にタバコ屋がある。そっちを見ていたような気がして寄るかと尋ねたら「要らん」と言ってガムを噛み始めた。喫煙家のくせに、俺がいるところでは吸わないようにしているらしかった。俺はもうスポーツを辞めた身で、気なんか遣ってもらうことないのに。

 三年の夏の大会が終わり、同級生部員たちと一緒に予定通りに引退した後の半年間。けじめをつけるつもりでプールには立ち入らなかった。
 俺の進路が決まらず、勉強以外はぼんやり過ごしていることは同じ寮でクラス後輩にもバレていて、理由をつけて誘われても断った。泳ぎを見てほしいだとか相談に乗って欲しいだとか。そんなのは凛に頼めばいい。松岡凛は卒業後、中一から留学していたオーストラリアに戻って競泳を続けることが決まっていたし、水泳部の部長を務めていた。凛にわからなくて俺にわかることなんかない。
「体鈍らせとくと太るぞ」
 凛にそう言われてランニングと筋トレだけは続けていた。筋トレだって怪我した肩に負担のかからない程度だ。今更痛めつける必要がなかった。不特定の誰かに追い抜かれるのが嫌で、タイムが落ちていくのが怖くて無理に泳いでは怪我を悪化させていたんだ。泳がなくなった今は負けもタイムもない。
「四十肩って知ってますか。要はアレのようなものです。おじさんとかが着替えの時に腕を上げづらそうにしてるのを見たことは?競泳を辞めたって服は着替えるし、高い棚の上のものを取ることもあるでしょう。若いのに四十肩なんて親戚の子に笑われますよ」
 近場の親戚に年下はいなかったが、逆らう理由がなかった。じれったくなるようなリハビリを暇つぶし程度のこなした。
 そうしたら、卒業する頃にはさっぱり痛まなくなっていた。皮肉なものだ。治療のために泳ぐなと言われても、競泳を諦めないうちは何ヶ月も水の中で練習できないなんてあり得なかった。だから症状が軽くなっては無理をして悪化させ、常に焦りに苛まれた精神とセットですっかり不治の病のようになっていた。実際、諦め悪く競泳にしがみついていたら永遠に同じことの繰り返しだっただろう。
 オーストラリア行きの飛行機に乗る凛を空港で見送った時、凛が缶コーヒーを投げてよこした。去年の夏に、隠していた肩の怪我を見破るために凛は同じことをした。あの時は思うように肩が動かずに缶を落としてしまったけど、今度は当たり前にキャッチした。
「お前、もう肩良くなってるんだろ?なら……」
「わかってるだろ、俺は半年も泳いでないんだ。今更やったって、お前みたいに夢は叶うなんて思わねえよ」
「そんなのわかんねえだろ。ハルだって、ちゃんとしたトレーニングから三年も離れてたんだ。それでも二年で巻き返して全国まで行ったんだぞ」
「十六からの二年と十八からの二年は違う。わかるだろ、凛」
「…………わかったよ。俺からはもう言わねえ」
 そう言って去っていった。同じようなことは後輩からも言われたし、医者にもやりすぎなければ泳いでいいと言われている。でも、やり過ぎるぐらいでなければ今から泳いでも仕方がないだろう。
 親は何も言わなかった。親父はそういう性格だし、母親は親父に口出ししないよう言われてるらしい。ありがたかった。

土曜の午後、外を半袖の中学生が走っていく。季節は夏に近づいていた。
 行きたい学校が見つかったときのためにと勉強を続けている問題集を閉じて一息ついた。
 この季節を実家で過ごすのは三年ぶりだ。高校の間はずっと寮生活だったから。
「着替え忘れた!」
「ンなもん乾かせばいいだろ。遅刻するから急げよ」
「パンツ濡れたら最悪じゃん」
「ノーパンでいいだろ、ほら早く!」
作品名:Restart 作家名:3丁目