護りたい笑顔
「チビ!チビ!!どこに行ったんだ!!?」
不気味なほどにシンと静まり返った真っ暗な森の中で、ミラはティチエルを必死に探していた。
どんなに声を張り上げて呼んでも、その声は森の暗い静寂に飲み込まれ深い闇が彼女の不安を募らせていった。
元々二人はクライデン平原を抜けようとしていただけだった。良く知っている道を間違えるはずは無かったのに、まるで魔法にかかったかのように気づくとこの森にミラ一人で迷い込んでいたのだ。
「………!」
後ろから殺気を感じて、ミラは素早く跳躍した。その一瞬後に彼女の立っていた場所に炎が上がる。
「またか…!」
炎を放ったのはこの森を彷徨い始めてから何回か出会った箒に乗った黒ずくめの魔道系モンスターだった。モンスターは声とも分からない不気味な声で呪文を詠唱し、さらなる攻撃を仕掛けようとした。
「おまえたち、しつこいんだよ!!」
ミラは一気にモンスターとの間合いを詰めると、至近距離から連続で鞭を叩き込んだ。
「ぎえぇぇぇぇーーーっ!!」という凄まじい断末魔を残して、モンスターはその場で動かなくなった。
「…きっとチビもこいつらに襲われてるはず…早く見つけなければ!」
ミラは再びティチエルを呼びながら森を走り始めた。例えその呼び声がモンスターを呼ぶことになっても、彼女の身にも危険が迫っている以上止める訳にはいかなかった。
ふと、微かに声が聞こえた気がしてミラは立ち止まった。神経を集中させて耳を澄ませると、少女の押し殺した嗚咽が確かに聞こえた。
「チビ…?そっちにいるのか?」
泣き声のほうに歩いていくと、地面に崩れるように座り込んで泣いているティチエルの姿があった。とりあえずミラはほっと胸をなでおろした。
(良かった…無事だった…)
きっと一人で心細くなって泣き出してしまったのだろう。とりあえず安心させてやろうと、ミラは彼女の前に屈んで顔を覗き込むようにして微笑みかけた。
「チビ、あたしだ。もう大丈夫だから。まったく、心配したんだからな!ほら、顔を上げて。一緒に帰ろう?」
声に反応してティチエルが顔を上げた。泣きはらした顔にはいつもの明るい笑顔は戻っていない。ミラは思わず首をかしげた。
(何か変だな…)
いつもの彼女なら自分を認めたとたん、とびきりの笑顔を見せてくれるのに。
何かに震えているような彼女にミラは問いかけた。
「どうした?」
「…ラ…おねえさん……私…っ…」
涙が伝うだけだった彼女の顔が悲しみの表情に歪み、ティチエルはそのままミラの胸にすがりついた。
「怖かった…もう、おねえさんと会えないかと思った…」
「チビ…?」
「もう…大好きな人がどこか遠くに行ってしまうのは嫌です……!」
「おい、どうしたんだよチビ……!?」
不審に思い、ティチエルの瞳を覗き込んだミラの表情が険しくなった。
(おかしい…何か違和感がある…)
ティチエルの瞳には何の感情もこもっていなかった。そう、悲しみの感情すらも。まるで生きていないような、生気の無い人形のような瞳に、ミラは戦慄を覚えた。
「…チビ、本当にあんたはティチエルなのか…?」
瞬間、ティチエルの顔に微笑みが浮かんだ。今まで流していた涙を頬に伝わせたままで。可憐な顔に浮かんだ微笑みは、とても不気味に見えた。
「……!!」
ミラは反射的に≪ティチエル≫を突き放し、間合いを取ると鞭を構えた。
「おまえ、ティチエルじゃないな…」
睨みつけたまま問いかけるミラに≪ティチエル≫は微笑んだ。
「あぁ、ばれてしまったようね。」
「何者だ?」
「私に正体なんて無いわ。私はこのドッペルの森が作り出した幻に過ぎないのだから。」
「ドッペルの森…?おまえは幻だと…?」
「そう。この森は魔力で人を迷い込ませ、その人のもっとも親しい人の姿を真似て心を惑わせ、そこに付け込んで命を奪うの。」
≪ティチエル≫はあくまで優しい笑みを張り付かせたまま話し続ける。
「だから人は私を人の鏡映し――ドッペルゲンガーと呼ぶのよ。」
「ふん!ばかばかしい!!いくらチビの姿を借りたってあたしには通用しないよ!殺されたくなかったらさっさと消えうせな!…その姿でいつまでもあたしの前に突っ立ってるんじゃないよ…!それとも、あたしと一戦やろうってのか?」
こんな得体の知れない化け物があのチビの姿を借りてるなんて腹が立つ…!
「…そうね。ばれてしまったからには力づくで命を頂くしかないみたいね。」
「!!」
瞬間、≪ティチエル≫…ドッペルゲンガーの姿が掻き消えた。慌てて気配を探るミラの背後に凄まじい殺気を感じた。
「そこかっ!!」
振り向きざまに大きく跳躍して、ミラは攻撃しようと鞭を構えた。
しかし。
「やめて、ミラおねえさん!!」
「……っ!!」
ドッペルゲンガーのティチエルそのままの顔が悲しみの表情に変わり、ミラに向けて静止の声をあげた。思わず怯んだミラの隙を突いてドッペルゲンガーの放った魔法攻撃が彼女の肩に直撃した。
「ぐぁっ!!」
肩口を押さえ、ひとまず射程距離から離れる。
「攻撃しにくいでしょう?だって貴方にとってこの子は大切な友達ですもの。」
「ちくしょう…汚い手使いやがって…!」
薄く微笑みながら近づいてくるドッペルゲンガーにミラは毒づいた。
「どうするの?まだ攻撃するつもり?」
―――――貴方にとってこの子は大切な友達ですもの。―――――
「…………ふっ」
「?」
不敵な笑みを浮かべたミラにドッペルゲンガーが足を止めた。
「確かにチビはあたしにとってかけがえのない存在だよ。そして、絶対に護らなきゃいけない子だ…」
そう、こんな所で殺されるわけにはいかない。
「だからあたしは、おまえを倒して必ずチビを助けにいく!!」
「!!」
ミラの決意のこもった強い気迫に、ドッペルゲンガーがたじろいだ。
「感謝するよ。もうあたしは躊躇わない…!」
ドッペルゲンガーが魔法で防御を張ったのと同時にミラの攻撃が雨のように降り注いだ。
「くっ…!」
ドッペルゲンガーの表情が焦燥に彩られる。
「ふん、おまえの防御はこの程度か?チビだったらあたしの攻撃を跳ね返すくらいの力は持っているぞ!!」
「や、やめて…!」
「もう躊躇わないといったはずだ!!くらえ!!!」
瞬間、ミラの体が黄金色のオーラに包まれ、唸りを増した鞭はまるで一閃の光の矢のようにドッペルゲンガーを貫いた。
「あああああああぁっ…!!!」
ズザァッ!
勢いよく吹き飛ばされたドッペルゲンガーの体は、地面におもいきり叩きつけられた。
「…ふふ…どうやら貴方の勝ちみたいね……」
「……おまえは…人の鏡写しだと言ったな。だが、姿は映せてもチビの心の優しさまでは映すことが出来なかったみたいだな。」
まだ少し息を弾ませながらミラがドッペルゲンガーに呟いた。
「そう、なのかしらね。でも、姿を移した人間がどんな思いを胸に秘めているかは知ることが出来るのよ?」
「なんだって?」
ドッペルゲンガーの言葉にミラは顔をしかめた。
不気味なほどにシンと静まり返った真っ暗な森の中で、ミラはティチエルを必死に探していた。
どんなに声を張り上げて呼んでも、その声は森の暗い静寂に飲み込まれ深い闇が彼女の不安を募らせていった。
元々二人はクライデン平原を抜けようとしていただけだった。良く知っている道を間違えるはずは無かったのに、まるで魔法にかかったかのように気づくとこの森にミラ一人で迷い込んでいたのだ。
「………!」
後ろから殺気を感じて、ミラは素早く跳躍した。その一瞬後に彼女の立っていた場所に炎が上がる。
「またか…!」
炎を放ったのはこの森を彷徨い始めてから何回か出会った箒に乗った黒ずくめの魔道系モンスターだった。モンスターは声とも分からない不気味な声で呪文を詠唱し、さらなる攻撃を仕掛けようとした。
「おまえたち、しつこいんだよ!!」
ミラは一気にモンスターとの間合いを詰めると、至近距離から連続で鞭を叩き込んだ。
「ぎえぇぇぇぇーーーっ!!」という凄まじい断末魔を残して、モンスターはその場で動かなくなった。
「…きっとチビもこいつらに襲われてるはず…早く見つけなければ!」
ミラは再びティチエルを呼びながら森を走り始めた。例えその呼び声がモンスターを呼ぶことになっても、彼女の身にも危険が迫っている以上止める訳にはいかなかった。
ふと、微かに声が聞こえた気がしてミラは立ち止まった。神経を集中させて耳を澄ませると、少女の押し殺した嗚咽が確かに聞こえた。
「チビ…?そっちにいるのか?」
泣き声のほうに歩いていくと、地面に崩れるように座り込んで泣いているティチエルの姿があった。とりあえずミラはほっと胸をなでおろした。
(良かった…無事だった…)
きっと一人で心細くなって泣き出してしまったのだろう。とりあえず安心させてやろうと、ミラは彼女の前に屈んで顔を覗き込むようにして微笑みかけた。
「チビ、あたしだ。もう大丈夫だから。まったく、心配したんだからな!ほら、顔を上げて。一緒に帰ろう?」
声に反応してティチエルが顔を上げた。泣きはらした顔にはいつもの明るい笑顔は戻っていない。ミラは思わず首をかしげた。
(何か変だな…)
いつもの彼女なら自分を認めたとたん、とびきりの笑顔を見せてくれるのに。
何かに震えているような彼女にミラは問いかけた。
「どうした?」
「…ラ…おねえさん……私…っ…」
涙が伝うだけだった彼女の顔が悲しみの表情に歪み、ティチエルはそのままミラの胸にすがりついた。
「怖かった…もう、おねえさんと会えないかと思った…」
「チビ…?」
「もう…大好きな人がどこか遠くに行ってしまうのは嫌です……!」
「おい、どうしたんだよチビ……!?」
不審に思い、ティチエルの瞳を覗き込んだミラの表情が険しくなった。
(おかしい…何か違和感がある…)
ティチエルの瞳には何の感情もこもっていなかった。そう、悲しみの感情すらも。まるで生きていないような、生気の無い人形のような瞳に、ミラは戦慄を覚えた。
「…チビ、本当にあんたはティチエルなのか…?」
瞬間、ティチエルの顔に微笑みが浮かんだ。今まで流していた涙を頬に伝わせたままで。可憐な顔に浮かんだ微笑みは、とても不気味に見えた。
「……!!」
ミラは反射的に≪ティチエル≫を突き放し、間合いを取ると鞭を構えた。
「おまえ、ティチエルじゃないな…」
睨みつけたまま問いかけるミラに≪ティチエル≫は微笑んだ。
「あぁ、ばれてしまったようね。」
「何者だ?」
「私に正体なんて無いわ。私はこのドッペルの森が作り出した幻に過ぎないのだから。」
「ドッペルの森…?おまえは幻だと…?」
「そう。この森は魔力で人を迷い込ませ、その人のもっとも親しい人の姿を真似て心を惑わせ、そこに付け込んで命を奪うの。」
≪ティチエル≫はあくまで優しい笑みを張り付かせたまま話し続ける。
「だから人は私を人の鏡映し――ドッペルゲンガーと呼ぶのよ。」
「ふん!ばかばかしい!!いくらチビの姿を借りたってあたしには通用しないよ!殺されたくなかったらさっさと消えうせな!…その姿でいつまでもあたしの前に突っ立ってるんじゃないよ…!それとも、あたしと一戦やろうってのか?」
こんな得体の知れない化け物があのチビの姿を借りてるなんて腹が立つ…!
「…そうね。ばれてしまったからには力づくで命を頂くしかないみたいね。」
「!!」
瞬間、≪ティチエル≫…ドッペルゲンガーの姿が掻き消えた。慌てて気配を探るミラの背後に凄まじい殺気を感じた。
「そこかっ!!」
振り向きざまに大きく跳躍して、ミラは攻撃しようと鞭を構えた。
しかし。
「やめて、ミラおねえさん!!」
「……っ!!」
ドッペルゲンガーのティチエルそのままの顔が悲しみの表情に変わり、ミラに向けて静止の声をあげた。思わず怯んだミラの隙を突いてドッペルゲンガーの放った魔法攻撃が彼女の肩に直撃した。
「ぐぁっ!!」
肩口を押さえ、ひとまず射程距離から離れる。
「攻撃しにくいでしょう?だって貴方にとってこの子は大切な友達ですもの。」
「ちくしょう…汚い手使いやがって…!」
薄く微笑みながら近づいてくるドッペルゲンガーにミラは毒づいた。
「どうするの?まだ攻撃するつもり?」
―――――貴方にとってこの子は大切な友達ですもの。―――――
「…………ふっ」
「?」
不敵な笑みを浮かべたミラにドッペルゲンガーが足を止めた。
「確かにチビはあたしにとってかけがえのない存在だよ。そして、絶対に護らなきゃいけない子だ…」
そう、こんな所で殺されるわけにはいかない。
「だからあたしは、おまえを倒して必ずチビを助けにいく!!」
「!!」
ミラの決意のこもった強い気迫に、ドッペルゲンガーがたじろいだ。
「感謝するよ。もうあたしは躊躇わない…!」
ドッペルゲンガーが魔法で防御を張ったのと同時にミラの攻撃が雨のように降り注いだ。
「くっ…!」
ドッペルゲンガーの表情が焦燥に彩られる。
「ふん、おまえの防御はこの程度か?チビだったらあたしの攻撃を跳ね返すくらいの力は持っているぞ!!」
「や、やめて…!」
「もう躊躇わないといったはずだ!!くらえ!!!」
瞬間、ミラの体が黄金色のオーラに包まれ、唸りを増した鞭はまるで一閃の光の矢のようにドッペルゲンガーを貫いた。
「あああああああぁっ…!!!」
ズザァッ!
勢いよく吹き飛ばされたドッペルゲンガーの体は、地面におもいきり叩きつけられた。
「…ふふ…どうやら貴方の勝ちみたいね……」
「……おまえは…人の鏡写しだと言ったな。だが、姿は映せてもチビの心の優しさまでは映すことが出来なかったみたいだな。」
まだ少し息を弾ませながらミラがドッペルゲンガーに呟いた。
「そう、なのかしらね。でも、姿を移した人間がどんな思いを胸に秘めているかは知ることが出来るのよ?」
「なんだって?」
ドッペルゲンガーの言葉にミラは顔をしかめた。