護りたい笑顔
「最初に貴方に見せたこの子の泣き顔は、この子の胸に彼女自身も気づかないで抱いている寂しさなのよ…」
「チビの寂しさ…」
ドッペルゲンガーはさらに言葉を続ける。
「この子は素直で優しい子だわ。だからこそ人を信じる強さと、どこまでも好きな人のために尽くす強さを持ってる。だけど、それはこの子の弱さでもあるわ…」
「弱さ?」
「この子は…誰かを助けるために自分が傷つくことには強いけど、大切な誰かを失うことにはとても脆いの。大切な人の姿を持ったものが襲い掛かってくるこの森はこの子には残酷すぎるくらいでしょうね。」
「……!」
「守ってあげなさい。本当のこの子を…」
そう言ってミラに微笑みかけるドッペルゲンガーの顔は、ティチエルとは異なるものの、心なし優しく見えた。
「どうして…?」
問いかけるミラにドッペルゲンガーは笑った。
「言ったでしょう…?人の映し鏡だって。この子の貴方への優しさが、私にこんなことを言わせているのかもね…」
やがてドッペルゲンガーの体は煙のように消えてしまった。ミラははっと魔法が解けたように森の奥を見やると、ティチエルを探して走り出した。
「チビ…ティチエル…!無事でいろよ…!!」
どどーんっ!!
「!!?」
いきなりの事だった。派手な爆発音と共に光の柱がミラの左手側に上がったと思うと、何かがミラに向かって飛びついてきた。
「ふぇ~ん、やっとおねえさん見つけられた~!」
「ティチエル!?」
べそをかきながら抱きついてきたのはティチエルだった。いっぱい涙を溜めた瞳をうるうるさせて泣き笑いしている少女にあっけに取られていたミラだったが、それが探していた少女だという認識が追いついてくると、ほっと安堵のため息を漏らして微笑んだ。
「まったく、あれだけあんまりあたしから離れてうろちょろするなっていったのに。心配したんだからな。」
「えーん、ごめんなさい~!でも見つかってよかったですー!モンスターに追いかけられてやっと魔法で追い払って逃げてたとこだったんですよぅ!!」
泣いたり笑ったり忙しそうにくるくると表情を変えるティチエルを見て、やれやれと思いながらもミラは優しくその頭を撫でてやった。
「分かった分かった。もう離れるんじゃないぞ。」
「はいっ!」
元気よく返事を返すティチエルの笑顔に、さっきのドッペルゲンガーの言葉がよみがえった。
――――大切な誰かを失う痛みにこの子は弱いわ…
「安心しな。あんたはあたしが絶対に守ってみせるから…」
あんたの大切なものも、笑顔も全部あたしが守ってみせる。ドッペルゲンガーが見せたような、あんな悲しい表情はさせたくないから。
もう二度と、この子には自分と同じ悲しみを背負って欲しくないから。
ティチエルに聞こえないような微かな声で、ミラはそっと囁いた。
「さぁ、こんなところさっさと抜けよう。今度ははぐれるんじゃないよ。」
「は~いっ♪」
並んで歩き出した二人はどちらともなく手を繋いでいた。本当に大切な相手を誤ってしまわないように。
そして、二人が去って行った後の静寂の戻ったドッペルの森に、人の映し鏡といわれる姿無きドッペルゲンガーは新たな獲物を求めて再び静かに動き出したのだった……
END