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 この場所において、静寂は支配者たる資格を持たなかった。
 遠く近く聞こえるは、怪物の息遣いかそれとも冒険者(ライバル)の鎧の音か。迷宮の内部には、昼夜の概念のない闇が淀んでいる。誰かが育てている光苔がなければ、どんなになれた冒険者であっても、数歩と進むことはかなうまい。気がついたときには、迷宮の怪物にばりばりと頭からかじられて、寺院の司祭(しゅせんど)たちのわずかな施しすら手にする機会もなく、この世界から消滅(ロスト)しているだろう。
「時間通りのはずだが」
 地上と迷宮をつなぐわずかな縁――縄梯子から降り立った筋骨隆々たる偉丈夫が眉を寄せた。同時に、彼がまとう鎖帷子が、思いのほかすずやかな音を立てる。腰に履いた大剣は、反りのない無骨なものだ。武器(それ)を見る限り、彼は正面切っての戦いを旨とする戦士だと思われた。だが、大きな盾もなく、重い兜も、無骨な小手も帯びてはいない様子を見るに、その答えには幾分かの疑いをさしはさむ余地がある。
 彼がてのひらをふって合図をすると、二人が続いた。先に降り立ったは、偉丈夫に負けぬほど丈高い青年だった。もっともこちらは、彼に比べればずいぶんと細い。とはいえ、偉丈夫以外と並んでいれば、特に華奢という印象を与えることはないだろう。真っ白な長衣と、微かな光を滑らせるまっすぐな金髪(ブロンド)が、まるで怪物の標的にしてくれといわんばかりのさまだ。とても迷宮をいく装備とは思えない。だが、白の長衣に施された意匠に気づくならば、それもまたしかるべき姿と理解できる。いつの日にか、彼もまた、石造りの寺院の中で、冒険者たちへの奉仕に励むこととなるのだろう。神に祈るものとしての戒律が、彼のいでたちを縛っていた。
「そんなにもかかるとは思えないんだけど」
 続いて降りてきたのは女性だった。彼女もまた軽装だが、さきの丈高い青年とは違い、実用一点張りの姿をしている。動きやすさを求めた結果、いささかはしたない格好になっていたが、見苦しくはない。いやらしさよりも、健康的な躍動間を強く感じた。表情の人なつっこさから見誤りそうになるが、弓を背にし、いくらかの独特の小道具を吊っている様子から、彼女が何を奉じ、どんな技術(わざ)を磨いているかは明らかだった。
「いいや」
 声とともに、光が生まれた。見る間に迷宮の闇が後退する。できあがった人の領域の中に立つは、またもや三人。先の一団からは、ほんの一ブロックと離れていない位置だった。
「遅い」
 招光によって作り出された光に、豪奢な白金の髪がきらめく。闇に満ちた地下迷宮をさまようよりは、玉座の側で突撃剣(ランス)でも持って立っている方が似合いそうな男が、尊大な口調で言い放った。
 ゆるゆると、光の玉が宙を漂う。そして、二つのグループの丁度まんなかで止まった。
「指定したのはそっちだろう」
「先に来ていたのはこちらだ」
 呆れを含んだ戦士の言葉にも、彼は顔の筋ひとつ謝罪へと向かわせようとしなかった。いくらかの言葉を飲み込み、戦士はただ肩をすくめる。小さく呟かれた、神の祝福を願うというフレーズが、彼以外の相手に、戦士の思いを伝えた。
「――早いな」
 そう、呟いたのは僧侶だった。白金の髪の男に顔が向いている。だが、目は固く閉じられていた。
 集合時間のことではない、と。正確に白金の髪の男は、僧侶の言葉を読み解いた。
 彫像めいた白皙の顔に向かい、片方の口の端をほんの少し引き上げてみせる。
「一夜漬けというのもこれでなかなか難い。――布教がしたいなら上でしろ」
「残念なことだ」
「まったくその通り」
 これほどまでに、そう思っていない肯定の言葉があるものだろうか。華やかな容貌をもつ青年は、哄笑した。
 その後ろで、未だ大部分少年の粋に属しているように見える赤毛の青年が、ひらひらと偉丈夫に向かって手を振っている。偉丈夫の方も、華やかな容貌の青年とのやりとりでこわばった表情を少し緩め、手を振りかえした。
「無事済んだようだな」
 赤毛の青年はくるりとターンして見せた。幼い少女が新しいよそゆきの服を見せびらかしているみたいだった。
 彼は、ただ、黒の上下を身につけているだけだった。どこかが補強されている様子はなく、ただの黒い服のように見える。それどころか、袖すらない軽装だ。むきだしの肘を覆う防具もなかった。かろうじてそろいの手袋をしてはいるものの、特に目立ったものではなく、単に服とそろえているだけに見えた。先の女性と同じことかと思いきや、こちらは寸鉄身に帯びている様子はない。何かの間違いか自殺志願者でなければ――結論は一つ。明るい笑顔や、いまだ発展途上の柔らかさを残した手足からは読み取るべくもない話だが、実際のところ彼は、全身を闇にささげて初めて資格を得ることのできる、ある種のエキスパートである、と。そうとしか考えられなかった。
 すい、と。明かりが動いた。二つのグループの間という位置は変わらず、迷宮の天井すれすれにまで移動する。
「氷の亡霊です。敵意はないように見えます」
 穏やかな声とともに、二人の後ろに、影のようにたたずんでいた男が進み出てきた。いや、違う。彼のいた側から、あきらかに異質な冷気が漂ってくる。彼は背後の存在から距離をとったのだ。
「ほぅ」
 華やかな容貌の男が口元を歪めた。赤毛の青年はうれしそうにくるりと向きを変える。
「待て。無益な殺戮は必要ない」
「遅い」
 丈高い青年の言葉に、笑いを含んだ声が応えた。
 明かりがさらに位置を変える。赤毛の青年が狙いをつけている場所、今まさに何かが現れようとしている場所に移動した。
 明かりの下、じわじわと闇が濃くなるのがわかる。恐れげもなく、赤毛の青年がその中に突っ込んだ。
 華やかな容貌の青年が剣を目前で立てる。
 偉丈夫が肩をすくめ、その前に出て剣を抜く。女性が弓を構えた。
 赤毛の青年の脚が、闇を一閃する。何もないかのように見えていたそこから、明らかな苦鳴があがった。華やかな容貌の青年が、低く詠唱を始めていた。だが。
「神の御名、万物を知る正しき法則(ロウ)のもとに、この迷い出しものを返したまえ!」
 発動のための音節を口にした瞬間、背後から朗々たる祝詞が響き渡る。
 空気が凍りついたかのように見えた。凝固した闇が、ほんの一瞬、ぼろぼろのローブとなって宙を舞う。そして、何事もなかったかのように、迷宮は淀んだ空気を取り戻した。
 華やかな容貌の青年が眉を寄せる。美貌というにふさわしい容姿が、一瞬にして憎悪に染まるさまは、まるで先ほど返されたゴーストの怨念が乗り移ったかのようだった。
「……余計なことを」
 滴り落ちる毒のような声にも、丈高い青年は何ら動揺した様子を見せなかった。ただ、神は称えられるべきと小さく口にしている。
 物足りなそうな表情で戻ってきた赤毛の青年が、心配そうに華やかな容貌の青年を見上げる。
「どうしますか? リーダー」
 最後列、梯子のすぐ横で、黒いローブの青年が言っていた。視線は、まっすぐに丈高い青年に向いている。
作品名:無題 作家名:東明