Last/prologue
第4話「さよならの言い方」
「制限時間は15分や。それまでに取ってみん。」
教務課から適当な言い訳をつけて借りてきた体育倉庫の鍵でボールを一個取り出して、
藤村はそれを自分の足元に置いた。
軽く足で転がす。
その動作がいかにも手馴れている風だったので、
それなりには出来るのかもしれない。と水野は思った。
しかしその予想は始まった瞬間変わる。
「ノリック!スタートの合図してや」
「えぇで、ほな、よーい…スタート!!」
勝負が始まった。
コートだけをベンチに脱ぎ捨てて走る。
腰が重くて痛かったがそんなことは気にしていられない。
コイツを倒すことだけが、水野の脳内にあった。
とりあえず簡単な方法から仕掛けてみようと思って前からボールめがけて足を突っ込む。
けれど藤村はすかさず後ろに流して体を反転させる
再度今度は後ろから攻める。又交わされた。
うまい。それなりどころかかなり上手い。
また前から攻める。そしたら今度はボールがけりだされた。
振り返りざまに足を突き入れてそれも又かわされた。
開始10分もたつと、水野は早々腰の奥から来る様な痛みを意識せずにはいられなくなってきた。
それをごまかすように動いて動いて動きまくるのだがそれでも藤村からはボールが取れない。
「なんか、水野おかしくないか?」
「どうしたマサキ」
「動きがぎこちない。動いてる時はそうでもないけど、止まってる時にふとするとカクンってひざが折れるみたいな……。」
「…………ホントだ。足が震えてる。」
そんな二人の会話を隣で聞きながら
やっぱり二人はそういう行為に及んだのだろうか。とノリックが考える。
水野の足が震えているのは行為の後だから、
藤村が持ちかけたこの勝負を最初断ったのも同じ理由だとしたら。
うーん……藤村ってそないに節操のないやつやったかな………
遊んでオーラが出まくってるような女の子達とは積極的に遊ぶけど、
水野のような真面目なタイプに自ら絡んでいくような人間ではなかったはずだ。
どちらかというと水と油ぐらいには相容れないと思っていた。
藤村は水野みたいな人間が大嫌いだろうし
水野も嫌いとまではいかなくても苦手、の部類に入るだろう。
一体二人に何が有った?
その時だった
「もらった!!!」
ホップしたボールを水野が蹴り上げる。
「しもた!」
あさっての方向に飛んでいったボールを二人が追いかける。
どっちが先に追いつくか。
けれど明らかに水野の走りには違和感があった。
椎名も黒川も顔をしかめる。
「終了!!!!」
そして、吉田の声が響いた。
「15分経過や。最後にボールに触ったのは水野君やったな。
水野君の勝ちでえぇんとちゃう?」
「…勝ち?」
藤村が大きなため息と共に額を拭う傍らで水野が呆然とつぶやいた。
勝ったのか……よく分からないけど…勝ったんだな。
そう思った瞬間、体がどっと重くなった。
立っているのもやっとのような感覚、いきなり膝が震えだして止まらない。
「水野!!」
ガクン、とその場に倒れた時椎名が走って駆け寄っているのを水野は目にした。
それが、グラウンドでの最後の映像だった。
白…白…
白い壁、白い天井、白いカーテン
ここは、何処だ?
「そんで、おまえどうするわけ?」
「まぁ負けてもうたし…思ったより楽しかったからサッカー部作るのには協力したるわ。
けどあんま期待せんといてな。俺サボリ魔やから」
「話がまとまったんはえぇけど水野君どうするん?」
「目が覚めないとまだ…一晩中保健室って訳には行かないし…。」
そうか、ここ、保健室なんだ。
水野の意識が急浮上した。
「椎名。」
「あ、水野。」
「大丈夫か?水野君」
「…はい。多分大丈夫です。もう歩けると思うし。」
水野が起き上がってベッドから出る。
ベッドの横に置いてあった靴とコートを見つけてそれを着込んだ。
「本当に大丈夫か?おまえ実は難病にかかってるとかそういうんじゃないよな。」
「何言ってんだよ椎名。流石に俺でもそれは無い。」
笑う。
原因が男同士のSEXにありますだなんてとてもじゃないけど言えたものではない。
寝たせいか幾分か体はマシになった。
朝一度家に帰った後も風呂と食事だけで睡眠を取らなかったのがいけなかったのか。
けど一日中休むわけにはいかなかったし何より風呂場に2時間以上いたというのも
我ながらどうしようもない事実だ。
体中についたSEXの痕跡。
赤い小さな痣たち。
見えるようなところにはされなかったものの、
服を脱げばそこら中にそれは点在していた。
自分と藤村が繋がった証………
そんなことを考えると水野は泣いていいのか悔いればいいのかどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
ひらすら湯船に浸かって考え事をしていたらいつのまにか2時間経過してたというわけだ。
「帰るよ。まだちょっと早いけど今日は体調が良くないみたいで。」
「そうだな。全員で帰るか。」
「水野君の家どこなん?」
ノリックが聞く。
「桜上水ですけど………」
「ほなら藤村そこまで送ってやり。」
「何でやねん。」
「身に覚えの一つや二つぐらいあるやろ?」
その言葉に水野はギクリとする。今度は椎名も反応した。
「何それ、水野の体調の悪さに藤村が関係してるわけ?
じゃぁ藤村は水野の体調が悪いって知りながらサッカー勝負しかけたわけ?
どうなのさ、答えてよ。」
「姫さん勘弁してや………」
「それは肯定とみなすよ。」
「…………」
「し、椎名もういいじゃないか。俺もう平気だし…っ」
「………水野がそういうなら別にいいけどよ…なんか………」
何だろう。この感じ。過去にもあったような気がする。
椎名の中で何かが響く。
「あ、」
そうだ、自分の経験と似てるんだ。
マサキと、初めて行為に及んだ時の自分と似てる。
足が震えたし思うように歩けなかった。
急に貧血みたいに倒れそうになったこともある。
「ひょっとして…お前らそういう関係なの?」
その場の空気が瞬時にして0度以下にまで下がった。
「…………………」
水野と藤村が固まる。マサキは黙ってそれを傍観し続け、
ノリックはあちゃーと頭を抱えていた。
「あーそう、そういうわけか。なるほどね。これで合点がいったよ。」
「椎名……」
「帰るよマサキ。こんな痴話げんかみたいなのに付き合ってられっか。
よくもサッカー部をだしにしてくれたね。この借りは今度返してもらうよ藤村。
あと水野、ご愁傷様。」
「というわけで帰るな。じゃぁまた。」
「ほら!吉田も出てく!」
「わかっとるって。…まぁつもる話もあるんとちゃうの?先生もおらんし
時間もあるから残っていき。」
スライド式のドアを開けてベッドのある部屋から椎名たちが出て行く。
あとに残された藤村と水野はただ罰が悪そうに顔を見合わせていた。
「……すまんかったな。」
「何が。」
「いや…自分ヤった後やのに俺勝負させたやん」
「…自覚はあったんだな。」
「一応」
「受け入れたのは俺だ。もう忘れろ。二度は無い。」
作品名:Last/prologue 作家名:神颯@1110