Last/prologue
第8話「I Love You」
教室の中に入ってくる人物を、水野は凝視する。
鮮やかな金髪。さっき言っていた藤村、だと思ったのだが、
当の本人は佐藤と名乗っている。
嘘なのか、別人なのか。
「藤村………?」
「あ、やっぱばれる?まぁ嘘とちゃうんやけどな。」
そういうと藤村は手近な椅子を引いて其処に座った。
水野とはやく2mの距離感を保っている。
そしてそのままの状態で、昔話を始めた。
ある小学生の男の子二人の昔話。
サッカーが大好きで大好きで、サッカーをすることばかりを考えていた二人。
それは多くが藤村の想像の中の二人だったが、
実際にはほとんどがその想像の通りだということを二人は永遠に知らない。
「原因は、なんやと思う?」
藤村が尋ねた。
「…………環境、じゃないのか……?」
「環境…なぁ。どの道二人は別れるしかなかったんや。
相手は東京から遊びに来とっただけやし、所詮夏休み限定の友人。
本来なら記憶の片隅にでもおいやられとる存在やろ。
けどそうやなかったんは、二人にとってお互いが特別やったから。
子供ながらに本気の恋をしてたんや。男同士でも、小学生でも、
そんなこと、関係ないって。ある意味ほんまに子供やな。」
その二人の恋を、気持ち悪いとは水野は思わなかった。
それどころか胸にちくりと刺さるものがあって困る。
「初めての恋に夢中で、それをつなぎとめる方法を知らんかった。
今は携帯電話とかあるけど、10年前にそんなものはないやろ。会ったとしても小学生がもてる代物や無い。
二人を繋ぐものは何もなかったんや。」
音信不通という言葉が水野の中に浮かぶ。
二人は、別れた後どうすごしただろうか。
相手を忘れただろうか。一生懸命おもっただろうか。
小学生の恋ほど危ういものなんて無いだろうに。
移り変わる心、すぐに関心は他者に向けられたのかもしれない。
「聞きたいことがあんねん。」
「…何?」
「お前の母親の名前、何?」
何でそんなこと聞くんだ。と水野は思ったけれど、このタイミングで
この話をするあたり母親の名前は何かの鍵になるのかもしれないと思った。
そしてそれは正解。
「真理子。」
水野がそうつげると、藤村は静かに目を瞑って、たっぷり10秒ぐらいの間をおいてから
こういった。
「確定…やな。」
「やっぱり、水野君やったか。」
シゲの後ろに立っていたノリックがつぶやく。
水野はその言葉に黙ったままだ。
「水野君もアホやないし、ここまで来たら分かるよな。
今の子供らの話が、誰の事やったかって。」
「俺と…藤村なのか。」
「俺も気づいたんはほんの少し前や。
記憶無くす前のお前の方が多分先に気づいたんやと思う。
確証が無かった。やけどお前の口から真理子ちゃんの名前が出たとき、
確信した。俺はお前の名前は覚えとらんかったけどお前の母親の名前は覚えとった見たいや。
聞けば思い出す思うとたけど、ほんまに思い出すとはな。」
自分と、藤村はある意味幼馴染、夏休みの一ヶ月を共有した。
初恋の相手。
「俺はお前が好きやった。名前は忘れてもうたけど、他の誰よりも大切やった。
やけどもうこの先会うことは無いと思うてた。」
けど、今会えたんや。
偶然、必然、運命、どんな言葉でも構わない。
会えたことに感謝する。お前と出会えたことに、感謝する。
「水野、過去は過去や。それ以上でもそれ以下でもない。
思い出は消えてしまったんは哀しいけど、もともとそんなに覚えてることも少ないやろ。
そんなんはもう、しょうがない。俺は思い出して欲しいとかそんなことは言わん。
そんなんより大事なのは「今」や。
俺はお前とこれからをはじめたい。さっきも言うたけど、お前は大切なんや。
俺にとって……お前が忘れても、それは変わらん。」
プロポーズを受ける時ってこんな感じなのかな。
愛の囁きって凄く心地がいいんだ。
水野は、ふと泣きたくなった。
「俺はお前が好きなんや。」
心の中に、一つ一つ染みを作る。
紙のようなそれを、水でぬらして、破っていく
ばらばらになったかけらが再構築されて再び水野の元へ帰ってくるような感じ
その先に、あるものは。
その時、水野の中に何かが灯った
「……………シゲ………」
「…!」
その瞬間の見開かれた藤村の表情を一生水野は忘れないだろうと思った。
頭の中に濁流のように押し寄せてくる情報たち。
記憶を取り戻す時は頭がガンガンしたり吐き気がしたり、そういうのが
あるのかと思っていた。けれど全然違う。
すっとただ情報だけが脳内に入り込んでくる。
あの日、出会ったこと。
サッカー勝負をしたこと。
明日又会おうと言ったこと。
ずっとずっと一緒だといわれたこと
「………ごめん………シゲ……………」
もう二度と、忘れないよ。
水野は泣いた。
静かに、ただ瞳から涙をこぼす。
「辛かったんだ。お前といることが。お前がシゲなのかどうなのか分からなくて辛かったんだ。
確かめるのも怖かった。お前が俺を忘れてるんじゃないかって。
忘れてたらどうしようって、名乗りだすことも出来なくて、
でも今日、お前が行ってしまうと思ったとき、何言って引き止めれば良いのかわかんなくて…
思わずシゲって呼んだら…お前は黙れって言った。たった1回ヤッたぐらいでいい気になんなって。
俺だって気づいてもらえなかった…それが、辛かった…。」
水野の様子に、周りが息を吐く。
どうやら記憶は戻ったようだ。
長期戦にならなくて良かったと椎名は本気でそう思った。
「おまえドンだけ酷いこと言ってんだよ藤村。」
椎名がため息をついてそういう。「そやなぁ。確かに酷いわ。」
横ではノリックが笑っていた。
「でも、一件落着か?」
「……そやな。」
藤村が立ち上がって水野の顔を拭う。
風祭や小島はほっとしたように安堵し、不破も又うなずいた。
「ありがとう…みんな…」
過去がどんなのでも構わない。
今、が大切。
今、を駆け抜けよう。
シゲと、また二人で、これからを、はじめよう…………
1週間後、椎名の下にサッカー部設立の許可が下りた。
作品名:Last/prologue 作家名:神颯@1110