Last/prologue
記憶喪失前に動悸、息切れ、吐き気、頭痛などの異変が起き、
記憶喪失の対象となった出来事、人に対しての記憶が全てなくなってしまう。
第3者が居た場合でも、その人物のことだけを忘れてしまい、
記憶喪失直前の記憶が少しあいまいになることが多い。
突然忘れることがおおく、またふとしたキッカケで突然戻ることが多い。
記憶を失ってから戻るまでの時間には個人差があり、数時間でぱっと思い出すこともあれば、
数ヶ月、数年と思い出さない患者もいる。
病院に行くならば精神科、脳神経内科がそれに相当し、あまりに酷い場合はカウンセリング療法などが必要である。
薬物の投与は現時点では一切ない。記憶喪失に利く薬など、存在しない。
「じゃぁ、ぶっちゃけいつ治るかわかんねぇってわけ?」
「そういうことになる。」
「俺達どうすればいいんだ?」
「対象を刺激しない事が大切だ。
無理に記憶を引き出そうとしたり情報を押し付けるのはかえってトラウマを生み出し
記憶を思い出させにくくする可能性がある。」
「じゃぁ藤村の話は無しってことか?」
「無理よ、もう水野自分の異変に気づいているもの。」
「…んー…どうすりゃいいんだ。」
ぶっちゃけ不破があの時記憶喪失だと言い切らなければまだだませたかもしれないのに。と
少々不破を恨みつつも
それが無ければ自分達が早急に事態を把握できなかったのも確かだ。と考える椎名。
結局のところ何が正しいかなんて分からない。
水野と藤村の間に、知り合いや友人では片付けられないようなことがおきたのは事実だ。
でもそれが原因とは思えないし、(原因だったらとっくの昔に記憶喪失を引き起こしてるだろう)
かといって他になにか思い当たる節もない。
本人、には聞けない。
ということは相手側。
藤村に聞くしかないか。と椎名は携帯を再び取り出してメールを打った。
『水野が部分的記憶喪失って病気の可能性があるらしい。
走って早く来い。部屋の前で待ってる。』
教室の中水野は風祭と会話をしながら外に出て行った椎名たちを待っていた。
けれど本音を言うと、一人になりたかった。
異常なのが自分だと分かった瞬間、とてもそれが危険なことのように思えた。
ココにいるすべての人への裏切りに感じられた。
けど逃げれないしどうしようもない。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。
動悸がどんどんはやくなっていく。駄目だ。駄目だ。
「…水野君?」
「…風祭……」
「僕ね、思ったことがあるんだ。」
「…何?」
「藤村って人がどういう人か僕は知らないし、水野君が何で忘れたのかもわかんないよ。
でも水野君は、水野君だから。
何を忘れても、それだけは変わらないから。
それに何かを忘れたとしても、また取り戻せばいいと思うよ。
思い出は、死なない限り出来てくる。」
心に降り積もる雪のような言葉だった。
跳ね上がっていた心臓の音が静かになっていく。
自分は自分。なくしても取り戻せるものがある。作り出せるものがある。
死なない限り………
自分は、生きている。
生きて、今ここで息をしている。
だから終わりではない。
水野は風祭という人物に対し安らぎを覚えていった。
「姫さん!!」
椎名が携帯でメールを送った20分後、藤村が駆け足で3号館の2C教室前にやってきた。
吉田も一緒だ。
「水野は?」
「風祭君が相手してくれてるよ。だいぶ打ち解けたみたい。」
椎名がため息をつきながらそう答える。
もうどうにかしてくれよと半分お手上げ状態だ。
「なぁ椎名。ほんまに藤村のこと忘れとるん?」
「…だと思う。」
「うーん…やっぱ原因あれなんとちゃう?」
「でもあいつがそうと決まったわけや無い。」
「何、思い当たる節があんの?」
きつい目線で問い詰められた。いつも藤村は思うのだが、この目線にだけは逆らえない気がしてくるのだ。
しかし事実を話すのも戸惑われる。あまり自分の過去は公表したくない。
けど今は非常事態だろうが。言うべきか、やめるべきか。
そんな藤村の迷いを強引に断ち切ったのは吉田だった。
「こいつな、小学校の頃将来を約束した子がおんねん。」
「なんや将来を約束て。」
「まぁそれぐらい大切な子っちゅうことで。」
「それで?」
「それが、水野くんかもしれへんって事。」
「何、どういうことさ。それだけじゃわかんねぇよ。」
もっと詳しく説明しろ、と椎名が再度詰め寄る。
他人にこんなにも赤裸々に過去を告げる日が来るなんて思わなかった。
そんな風に嘆きながら藤村は口を開いた。
「俺が…小4か5の時やったかな。まだ京都におって、母子家庭やったころの話。
夏休みに公園で男の子に出会ったんや。
サッカーが上手かった。茶色い髪の毛だったことは覚えとるけど、名前も、なんて呼んでたのかも
思いだせん。
多分、親友やったと思う。
けど俺は、そいつに何も言わずに東京へ逃げ出してきた。」
「逃げたって…なんで。」
「俺のおとんが老舗呉服屋の藤村屋の当主やってのは、姫さんもしっとるよなぁ。
けどおれ妾の子やねん。やから最初は認知されんかった。
養育費だけ渡されておかんと静かにくらしとったんや。
けどおれが小学校高学年になる頃に本妻に男の子が生まれんっちゅうて急に
俺を引き取る話が持ち上がってな。
いろいろ引き伸ばしとったんやけど、あいつとであった夏休みの終わりについに逃げ出したんや。
そんな囲われるような生活はいやや思うて。
それで、話もどるんやけど昼に教務課に申請書を出した後にな、すこし水野ともめてん。」
「揉めた?」
「まぁ…一方的に俺が悪いんやけど……
あいつ俺の顔見るたびビクビクしよるしなんやそれが気に障ってなぁ。
もう家に帰る言うたら「シゲ」って呼びよったんよ。
でもその呼び方は、あいつ以外に呼ばせんって決めとうたから、
カチンときてもうてな。「黙れ」って言うてしまった。」
それは、どれだけ酷く水野の心に傷を残したのだろうか
「……じゃぁそれって、あくまで可能性の話だけど、水野は昔の親友と再会して、
うれしかったかも知れないのに、名前を呼んだら「黙れ」って言われて、
自分がそうなんだって気づいてももらえなかったって事?」
「………そぉなるなぁ…」
「最悪じゃねぇか。」
「でも記憶無くすほどのことか?」
「それは、藤村と水野君がヤったのがあかんのちゃう?」
ノリックの言葉に…あー…と椎名がうなる。
確かに。それは一理あるかもしれない。
関係を結んだ、しかも昔の親友相手に「黙れ」はきついかもしれない。
けれどどんなに状況を推し量ったところで、ここにいる人間には水野の心情など理解できないし
記憶喪失に陥るほどのショックを想像することも出来ない。
「とりあえず、中入ろか。」
藤村がそういって2Cのドアを開けた。
中の椅子に座っていた水野が目を見開く。
綺麗な、金髪。
………藤村………?
「はじめまして水野君。俺佐藤成樹っちゅうねん。」
シゲは、ことさら明るくそう言った。
作品名:Last/prologue 作家名:神颯@1110