Last/prologue
第3話「盗人」
10年前、9歳の夏休み。
水野は祖母の元を家族でたずねていた。
祖母は生まれは東京だがその町並みが好きだと京都に居ついている穏やかな人だった。
一ヶ月以上居候することになって帰るのは夏休み最終日。
父親は仕事があるということで2.3日で東京に戻っていったが
水野とその母親真理子は最終日まで京都に居た。
毎日暇だった水野の手元に合ったのは一つのサッカーボール。
公園で、ひたすらそれを蹴るのが水野の暇つぶしだった。
そして出会った。
その少年に。
「う…………」
意識が水底からのし上がってくる感じだった。
重たいまぶたを押し開く。
見慣れない天井が、そこにはあった。
夢を見た。何年も前の夢を。
俺何をしてたんだっけ?なんてそんなことをボーっと考えて数秒後答えにいたる。
そうだ、藤村とSEXしたんだ…っていうかされたといったほうが正しいのだろうか。
ことさらに優しく扱われたような気がするが、何が何だかよく覚えていないのも確かだ。
愛の言葉も何も無かったけど結局最後までさせられてしまって、
逃げる時はいくらでも合ったのに結局それが出来ないままで。
脱童貞、というかむしろ処女喪失。のような気がする。
女じゃないから当てはまるかわかんないけど……
水野は重い頭を振り切るように起き上がろうとする。
それと同時に身体を覆うように掛けられていたコートが落ちた。
服は、シャツ一枚まで脱がされたけどすでに着せられていて、
時計を見ると6時半前、やっと朝日が昇り始めた頃だろうか。
隣には藤村が仰向けになって寝ていた。服はしっかり着こんである。
その片隅にティッシュの束と使用済みコンドームを2つほど見つけて
改めて自分のおかした事の事実を認識する。
なんで…ヤってしまったんだろう。
拒めなかった。それは事実だ。
今までこんなことしてくる人間は一人も居なかったが、
だからといってそれが理由にはならない。
藤村だから、なのか。それともただ言い寄られただけだからなのか。
はたまた快楽に負けたというべきか。
起き上がって水野は唸った。
入れられた場所から響くような痛みが走る。
とりあえず風呂に入りたい。汗かきっぱなしの上にあんな行為の後だ。
立ち上がってコートを羽織って、カバンからポケットティッシュを出すと
藤村の横においてあったティッシュとコンドームを包んでくしゃくしゃにする。
教室のゴミ箱に捨てるわけにはいかないのでとりあえずはカバンのサイドポケットに突っ込んだ。
堅い床で寝たせいか事に及んだせいなのか体中が軋んでいる気がする。
早急に欲するのは風呂・睡眠・休養の3つだった。
ふと水野の脳裏に夢の中に出てきた少年が現われる。
彼との約束を、破ってしまったから咎めに来たのだろうか。
―――シゲ。
『俺、盗むん得意やねん。』
確かに色々盗まれてしまった。
身体に、心は?
心は、渡さない。
心は、シゲのもの。
「…お前…最低だよ。」
そう言うのが精一杯だった。
「…聞こえとんねんどあほう。」
自分以外誰も居なくなった教室にその声は散った。
12時
「おーい藤村ーーー!!」
「…なんや、ノリックか。」
「なんやじゃないて、今日の1限どうして来うへんかったん?!
もう休めんて言うといたやないか!」
あー…そやったなぁ。
藤村が頭をかきながらめんどくさそうに返事をした。
ノリックこと吉田光徳は藤村と同じ政治経済学部の3年で藤村とは大学入学時からの腐れ縁だ。
めったに人には教えない藤村の携帯アドレスと電話番号を知り、
藤村と同じゼミに所属する、藤村に会いたければ吉田の所に行け、とまで言われるほどの
藤村監視役だ。大学のお母さんといっても過言ではないかもしれない。
お母さんというだけあって小言は多い。
欠席は容認しているものの単位に響きかねないほどに休むのは許さない。
藤村がここまで進級できたのは吉田の力もあるのだろう。
「今日の欠席で本来なら行政学アウトやで。けど先生に適当に言い訳しといたったから
追加課題のレポート出せば後期試験認めるっちゅう事にしてもらたん。はいこれレポート課題。」
「……もう単位落としてもよかったんに。」
「あほ必須やないか。」
藤村が行政学の追加レポートのプリントを手にとって読む。
えー…日本における行政国家としての役割
先進国たる由縁…日本の行政に見られる特異な性質…
あーめんどくさ。
グシャ、っとカバンにプリントを突っ込む。
「あぁ!なにすんねん藤村!」
「こんなん一度読めばできるわ。来週までに書いてきたらえぇんやろ…あー…めんどい。」
「…なにか…あったん?」
「………引っ掛けた奴がすごいおとなしくしたがってくれたんに
朝になったとたん置いていかれた。」
「また女かい。」
「しかも帰り際に『最低』やって。」
「テクが駄目やったんやないの?」
「アホそんなわけあるかい。」
廊下を歩きながら堂々とそんな会話をする二人に周りの視線は集まるばかりだ。
つまることろこいつらに掛けているのは「常識」というものなのかもしれない。
今日は1.3.4限に授業があったけど、結局水野が出たのは4限だけだった。
まだ一度も休んでない講義ばかりだから休んだって特に支障は無いのだけれど、
休んだ理由を思うと、すこし後ろめたくて教授に頭を下げたくなる心境だ。
もっとも実際下げたら何が何だか向こうもわかりゃしないだろうが。
教室の隅に座って4限を受けた。
かなり早い時間帯から居座り、授業が終わって皆が出て行くまで待っていた。
こころなしか歩き方が変な気がする。
メチャクチャ変というワケでもないのだが、ようは水野の心の問題だったりする。
推理小説研究会は今日も活動をしている。
水野は4限が終わった後3号館に向かっていた。
扉を開けると、いつものサークルのメンバーが3人ほど来ていた。
「水野君やないか。」
「吉田先輩………お久しぶりです。」
「久しぶりやな。元気やった?」
「えぇまぁ…ちょっと風邪引きそうですけど。」
推研元部長、吉田の登場に水野は笑う。
いつもいつも関西出身というだけあってズバズバと
現代の少し柔な推理小説をぶった切ってくのは吉田の雑談の特徴だ。
1年の時からいろいろ聞いてきたけど吉田のは切り込みの仕方が面白くて
水野はその話を聞くのが好きだったりする。
彼の勧める推理小説は全部読んだし、確かに面白かった。
3年になって部長を引退したが就職活動の合間を縫ってたまにここに来てくれる良い先輩だ。
因みに水野が同じ3年でも椎名を呼び捨てにするのは、椎名がそう強要したからである。
「就職活動どうですか?」
「まぁまぁやなぁー出版社勤務が一番やけど…倍率めっちゃたかいねん。
政経におるんやし編集職希望、なんてのは期待するだけ無駄っちゅうのはわかっとるんやけど…
あこがれるなぁ。やっぱ。」
政経…政治経済学部。あいつも政治経済だって言ってたな椎名が…………
「水野君はどうするん卒業したら。やっぱ就職?」
作品名:Last/prologue 作家名:神颯@1110