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水の器 鋼の翼番外4

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1.

「あっ」
 いとも容易く彼の指の間をすり抜けた、スティック型の端末。
 反射的に伸ばした手の先の空間が、ぐらりと揺らいだ。
 続いて容赦なく襲いかかる強い揺らぎとざわめき。彼はそれに耐えきれなくなり片腕で自らを庇った。受け止める者がいなくなった端末は重力に従い、白く磨き上げられた床にことんと落ちる。
 揺らぎとざわめきは、いつしか治まっていた。
「あーあ、やっちゃった……」
 拾い上げてほこりを軽く払う。幸いにも壊れてはいなかったようで、ソリッドビジョン式のディスプレイは正常に起動した。彼はその端末で通信回線を開く。真っ先に思い浮かぶのは、鉄仮面に覆われた仲間の顔。
「Z-one。今ここ揺れなかった?」
《いいえ。これは地震ではないですよ。アーククレイドルが揺れた訳ではありません》
 彼の問いに、落ち着き払った音声のみが答えを返した。
「だね。アーククレイドルは空に浮かんでるんだから」
《これは歴史の歪みです》
「歴史の歪み?」
《私たちが執り行っている、歴史の改変計画。時間への干渉によって生じた歪みが揺らぎとして、私たちのいるこの時点に届いたのです》
 この改変は今の自分が行ったものではない、とZ-oneは言った。歴史の歪みは発生させた者を起点として過去と未来に伝わる、水の波紋のように。歪みがどのような理由で発生したのかは、自分でそれを行う時になって初めて理解できるのだという。
《今の改変は、歴史を大きく揺り動かすものではなかったようですね》
 そんな風につぶやくZ-oneの口振りは、どこか残念そうだった。

 揺らぎとざわめきの原因は分かった。Z-oneとの通信を終えようとして、彼はふと気がついた。自分がいつの間にか目的を見失っていたことに。
「あれ? えーと……」
 きょろきょろと辺りを眺め回す。ここは円筒状の部屋。天井と壁と部屋の中心の黒い柱に網の目のように流れる遊星粒子の光。床の透けた個所からは、動きを止めた巨大な歯車が見える。
《どうかしたのですか?》
「そうだ、ボク、遊星ギアのメンテナンスしてたんだった! いや、年を取ると忘れっぽくなっちゃうから困るね」
《……君という人は。しっかりして下さい》
「ごめんごめん」
 ディスプレイにZ-oneの顔は映されてはいないが、呆れているのだけはよく分かる。
 当然と言えば当然だろう。アーククレイドルの遊星ギアは、動力源であるモーメントを守る重要な機関なのだ。三つあるこれらが全て止まれば、モーメントのマイナス回転をプラス回転に戻すことが可能になる。最悪の場合、アーククレイドルが敵の手に落ちてしまうだろう。
 アーククレイドルはとにかく広い。かつてのサテライトを再構成して建造された螺旋の居城は、端から端まで行くのに大層骨が折れる。D-ホイールに乗ったとしても、ルート次第ではデュエル二回分の時間が必要になるだろう。おまけに通路ときたら複雑に入り組んでいてまるで迷宮だ。アーククレイドルの中でZ-oneと一緒に迷子になった事件は彼の記憶に新しい。
 そんなアーククレイドルを、モーメントが一手に支えている。不動博士たちによって最初期に生み出され、かつて旧モーメントと呼ばれていた一基。時代を経てモーメント技術は進歩したが、このモーメントはそれらと何ら引けを取らない。彼らの技術力の高さがそれだけでうかがい知れる。 
「さっきの話だけど、歴史の改変に、ボクたちが巻き込まれることはない? いきなり消えちゃったりとか」
《その点は心配いりません。私が――正確には、私の中の「あの人」が持つ時械神の力は、君たちも守りの対象にしています。どんなに離れようと、時を隔てようと、私の庇護下にある限り突然消滅することはありません。もし私たちが消えるとしたら、それは、》
「ボクたちの念願が成就した時」
 歴史の改変が成功し、人類が破滅の未来から救われた時。
《その通りです》
 この人は、自分が消える番になっても躊躇いなく消え去るのだろうな、と彼は思った。
《古い記録にも、赤き竜のシグナーが似た力を発揮したことがあると記されています。まあ、原理は同じです。神に認められ、加護を受けるという点においては》
「じゃあ、その力を資格がない者が使おうとしたらどうなる?」
《通常は無理です。例え、何らかの手段を用いて行使できたとしても、常人の感覚とのズレにそのうち心身が耐えきれなくなるでしょうね》

作品名:水の器 鋼の翼番外4 作家名:うるら