水の器 鋼の翼番外4
2.
黒煙が立ち上る中、彼は必死に生存者を捜していた。
絶望の中、自分を助けてくれた大切な仲間。自分たちについて来てくれた大勢の人々。一人でも多く無事であることを祈って。
瓦礫の山々の間に、藍色のライダースーツを見た。
「――Z-one!」
Z-oneは、破壊しつくされた大地に力なく崩れ落ちていた。彼は、Z-oneの元に駆け寄り、その身体を助け起こそうとする。
「おい! 大丈夫か! しっかりしてくれ!」
「あ、君は……」
強く呼べば、Z-oneは弱々しいながらも青い片目で彼を認識してくれた。
自分よりも小さな身体を胸に持たせ掛け、ケガをしていないか確認する。微かに震えるその人の右手には、白い紙きれのようなものが握られていた。
「Z-one、一体何を持って、……!」
手のひらからころりと落ちたそれの正体に、彼の背筋が凍りつく。これは《シューティング・スター・ドラゴン》のカードだ。Z-oneが蘇らせた『不動遊星』の力の象徴であり、人々に希望をもたらしたカード。そんなカードを、Z-oneは握り潰したのだ。自らの手で。
暗雲と黒煙で曇った大空に、突如として甲高い咆哮が響き渡る。二人が顔を上げるとそこには、
「赤き竜……」
久方ぶりに顕現した赤き竜は、二人をじっと見下ろしていた。しばしそうした後、一対の翼を翻して空高く舞い上がる。神と呼ばれた伝説の竜は、長く棲んでいた星をゆるりと一周し、そして広大なる宇宙へと旅立って行ってしまった。
真紅のアストラル体が咆哮を上げて遠い空の彼方へ消えて行くのを見送って、
「私たちは、人類は神に見捨てられた」
Z-oneが、それだけをぽつりとつぶやいた。
Z-oneが腕を失くし、片足を失くし、声帯を失くし。
最後の仲間を得てたどり着いたネオドミノシティで、生き残りの四人は世界を救う研究を始めた。この世に人類を復活させるためのクローン研究もその中の一つ。
しかし、肉体を再生されて蘇ったはずの人類は、誰一人として目を覚ますことはなかった。
「地縛神は、もう二度とこの世に人の魂を返す気はないようです」
クローン体が収められた棺を、Z-oneの義手がそろりと撫でる。
ここは墓地だ。アーククレイドル内に設けられた広大な部屋には、無数の棺が螺旋を描いて安置されている。少し前までは棺だけが日に日に数を増していた。『私たちは、未来に種を残せない』、Z-oneのその言葉と共に研究の打ち切りを宣言されるまでは。
クローン技術は完璧なはずだった。人類の遺骸から得たDNAは、試行錯誤を繰り返した末に肉体を五体満足に仕上げるまでに至った。しかし、肉体に宿るべき魂はこの世のどこにも存在しなかった。いくら技術を磨いたとしても、魂までは人の手で創造することはできない。
五千年の周期で勃発する、赤き竜と地縛神の戦い。不動遊星の生きていた時代に一旦けりが付いたそれは、次の五千年を待たずに彼やZ-oneの生きていた時代に呆気なく終わりを迎えた。
神々の戦いは、結局どちらが勝利したのだろう。生きとし生けるものほぼ全ての魂を得た地縛神か。それとも、地球を失いはしたが帰る故郷がある赤き竜なのか。
一つの棺を離れ、Z-oneの足音ががしゃんがしゃんと彼の元に近づいて来る。
「いつかは、君も私も冥府の神の元に連れ去られてしまうだろう。いや、時の神の力を得た私には分かる、君たちは確実に私を置いて逝く。それが私に与えられた罰。――私は度し難い人間だ。それを分かっていながら破滅の未来に抗い続けている。更に多くの者を犠牲にしてまで」
「Z-one! ボクは、魂が神に奪われたとしても、この記憶と人格はいつまでも君の傍にいる。絶対に君を一人きりになんかしない。だから、」
更に言い募ろうとした彼の言葉を遮って、金属製の右の手のひらが彼の目の前にゆっくり突き出された。
「Z-one……」
「……ありがとう」
鉄仮面の向こうから、そんな声が聞こえた。
だからそんな顔をしないでくれ。ボクは君を救いたいんだ、あの時君がボクにしてくれたように。
言いたかった言葉は、今のZ-oneには届かない。
永久に眠り続ける人類の骸たちを前に、彼は思った。
もし、この中のたった一人でも目覚めていたなら。そうしたら君はこんな思いをしなくて済んだのかな、と。
作品名:水の器 鋼の翼番外4 作家名:うるら