水の器 鋼の翼番外4
3.
《観測データありがとうございます。……そうですか、やはり歴史に大した変動は起こっていませんか。残念です。このところかなりの頻度で発生していたから、私としては期待していたのですが》
昔の記憶を思い起こしていた間に、他の仲間からZ-oneに通信が入ったようだ。回線越しに彼らの会話が伝わってくる。
《私たちですか? 遊星ギアのメンテナンスは完了しました。ギアを通常運転に戻してから帰ります。……迷子? ふふ、もうなりませんよ。一体いつの話だと思っているのですか君は》
その会話に、彼は僅かな違和感を覚えた。
床下の遊星ギアが轟音を立てて動き出す。掛けていた赤いサングラスを外し、彼はその様子をじっと見ていた。そして、あることに気がつくと、慌ただしく遊星ギアの部屋から出て行った。モーメントへ続く道へ。
巨大な扉をくぐり、虹色の歯車が無数に動く大空洞を駆け上がり。
モーメントからほど近い場所に勾玉型の白いホイールが浮かんでいるのが分かる。
「そろそろアポリアの身体を完成させましょう。彼のオーダー通り、三つの人格が正常に稼働するか確認しなければ」
とうに通信は終了していたらしく、後はZ-oneの独り言のようだ。
「Z-one!」
「はい、何でしょうか」
Z-oneが彼のいる方へと降りて来る。その高さがちょうど彼が見上げられるくらいになった時、彼はやや険しい面持ちでZ-oneに尋ねた。
「ボクが死んでいた間、君はこんなことを何度繰り返したんだ?」
透けた床に映っていたのは、Z-oneに初めて出会った頃の自分の顔だったのだ。
「アンチノミー」
神が実際に降臨したらきっとこうなのだろうという目をZ-oneはしていた。
「後で君の調整も必要なようですね。――何度目かは私も忘れました。それほどまでに私は繰り返したのです。それが私の役割。私に課せられた使命」
モーメントは、二人の頭上でくるくる回る。
シンクロ召喚と共に世界に繁栄をもたらし、人類に進化をもたらし、最後に決定的な破滅と絶望をもたらしたもの。
そんな永久機関を仰ぎ見てZ-oneは語りかけた。
「不動博士。あなたたちの夢は素晴らしいものだった。しかし、私たちには、その夢を受け入れられるだけの器がなかった」
それが、長い年月を経た末に到達した結論。
「モーメントは歴史から抹殺しなければならない。例え、どんな犠牲を払おうとも」
二人の周囲が、不意に揺らいだ。あのざわめきが怒涛のように押し寄せてくるのがアンチノミーにも感じ取れる。
「Z-one、歴史の歪みがまた」
「……ああ、これは私も知っています。その時を待つまでもなく、調べるまでもなく」
返ってきた答えは、どこか恍惚とした声音。
「私の知る、一番大きな歪みです」
アンチノミーが、Z-oneに真意を問い質そうとする前に。
強烈な揺らぎとざわめきは二人の間を通り過ぎて行ったのだった。
(END)
2014/10/16
作品名:水の器 鋼の翼番外4 作家名:うるら