幾度でも、君とならば恋をしよう
† 幾度でも、君とならば恋をしよう †
トントン、トン、カン、トン、カン……。
リズムよく、闘技場を中心に響き渡るトンカチの音。音の合間を縫うようにして、忙しなく人々が行き交う。剥き出しだった材木たちが少しずつ、形を成していく。やはり、壊されていくよりも、物が造り上げられていく過程を眺めるのは楽しいものだ。暇を持て余していたのもあって、ここ数日は特等席であるこの場所―――闘技場を見渡すことのできる一番高い場所に位置する壁の上に腰を掛けて、私は眺めていた。
組み立て用の材木を運ぶ人々の中に混ざって、幾つもの材木を束ねながら、軽々と持ち上げて運ぶ同僚たちの姿も見える。時々、大きく跳ねるような笑い声が上がった。
昨日も同じように観察していた際には目敏く姿を見つけられ、「油を売っている暇があるなら、手伝え」と言われ、「私の領分ではないから」と素気無く断れば、「あとで覚えていろよ」と毒づかれた。
しかし、最初から充てになどしていなかったようで、すんなりと彼らは引き下がった。ガラガラと担いでいた材木が地面に投げ出され、大きな音が上がる。ついでドッと上がる歓声。どうやら材木運びの勝敗はアイオロス、アイオリア兄弟ではなく、アルデバランに軍配が上がったようだった。アルデバランは嬉しげに腕を捲り、力こぶを見せつけていた。
ふと、視線を移動させると、階下の入り口で、見知った姿に気づく。向こうも、どうやら私に気づいたらしく、少し呆れたような顔をしながら、肩を竦めてみせた。
ゆっくりと階段を上りながら、時々、彼の姿に気づいた人々の挨拶の声に振り返り、答えてみせた。何度か邪魔をされながらも、時間をかけて、私の足下までようやく辿り着いた、青い人影。立ち止まると端正な顔を差し向け、どこか弾んだ調子で声を掛けてきた。
「シャカ、またそのような場所で。落ちたら危ないだろう、まったく。しかし、着々と進んでいるようだな」
執務の合間を抜けて来たのだろう。彼は目を細め、見上げた優しい瞳とともに口元もゆるく弧を描いて見せた。そして、当たり前のように伸ばされた腕。「子供ではないのだから」と答えつつも、同じく私も腕を伸ばし、その指先を目指してふわりと壁から飛びおり、勢いのまま彼の胸に飛び込んだ。
「ロス、リア兄弟とアルデバランが競うから、周りも触発されて思いのほか進みが早いようだ」
ほら、と指差すと「ほんとうだな」と楽しげに青銀の髪を揺らしながら、彼――サガは笑んだ。
「きっと、村人も、そして何よりもアテナがお喜びくださることだろう、サガ」
「そうあれるよう、準備万端で望まねばな」
花も恥じらうような美しい笑みをサガは満面に浮かべた。
聖戦後、精力的に聖域の立て直しのためにアテナは自ら動かれた。その甲斐もあって、随分と活気溢れるものとなりつつある聖域。多忙に多忙を重ねつつも、アテナは活き活きとされていたのだが。
某国での表敬訪問が無事終了された後のことである。ふと漏れ聞こえたアテナの「お祭り、終わっちゃった」のつぶやきとともに吐き出された溜め息。たまたま同行していた私が、耳聡く聞いてしまったのである。祭りとは何かと興味本位でアテナに尋ねると、驚きながら、そして恥ずかしげにアテナはお答えになられたのだった。
日本には夏祭りがあって、色んな屋台が立ち並び、女子は色とりどりの浴衣を着るのだと。そして好きな男子と『デェト』するらしい。なので、「ではアテナは星矢と『デェト』したかったのですね」と率直にお答えしたのだが。
「……!」絶句し、見たこともないほどに顔を真っ赤になされたアテナ。そして、ドンと私は勢いよく突き飛ばされ「シャカのばかぁ!」とお叱りを受ける羽目になった。
ちなみに、偶々歩いていた場所が小さな川の橋の上であったものだから、アテナの馬鹿力、もとい、勢い余って、私は川に落ちる羽目になったのである。
ついでに言うとアテナはそのまま、私を見捨てて駆け出していったものだから、しばらく呆然と水草よろしく、川に漂っていたのはいうまでもない。
憮然としながら、なおかつ、びしょ濡れの状態で聖域に戻ったため、出迎えたサガは大変驚いていた。事情を話すとサガは失礼なほど腹を抱えて涙目になりながら、ひと時の間存分に笑ったあと、「飛んだ災難だったが、おまえも悪い」とむっつりとする私の頭を撫でたのだった。
その後は皆を集めての会議を行い、サガの提案の元、各々意見を述べ合い、「聖域祭り」と題して、ここ聖域で宴を催すことになったのである。日本の夏祭りとまでにはいかないけれども、それぞれが知恵を絞り合って、せっかくだからと、聖域全体にまで広げ、聖闘士だけではなく、懇意にしているロドリオ村も巻き込んで大々的に行うことになった。
浴衣はさすがに皆の分まで手配するわけにはいかないので、古式ゆかしく、ここはトガで統一しようとなったけれども。
「色が俺色!」とトガ・ピクタ(いわゆる皇帝の衣装)を手にしたミロやトガ・プラ(いわゆる喪服)を掴むデスマスクに速攻ムウが「あなたたち馬鹿ですか?」と冷ややかな視線を向けたりもしていた。
一悶着あったが、結局、トガは自称スタイリストのアフロディーテが色々と拘りたいらしく、担当することとなった。
そして屋台よろしく店に出す料理を考えたり、試作してみたりなどに手を挙げたのは聖域の料理研究家(これも自称である)ムウとカミュ。ミロ曰くはカミュの料理は大変食べるのに勇気がいるほど斬新かつ独創的らしい。一抹の不安を抱きつつも熱く盛り上がるカミュに対して、誰もやめろとは言い出せなかった。
面倒はごめん被る、力仕事はうぜぇ、と逃げようとしたデスマスクとそのデスマスクを監視するためのシュラは広報とチラシ配り担当が割り当てられた。まるで某国のやる気なく目つきの悪い、ティッシュ配りのアルバイトを彷彿させながらも、美人の女性の前では無駄にフェロモン巻き散らかしていた。裏で美女たちのメールアドレスや電話番号の獲得数を競い合っていたことが、後になって判明し、サガに二人は大目玉を喰らったらしい。
アルデバランやアイオロス、アイオリア兄弟は裏方を進んで行い、シオンや童虎はアテナをひとまず聖域から追い出し―――もとい、準備が整うまでは聖域に戻らないようにするため、日本まで随行していた。
準備が整い次第、有無を言わさず、青銅組みも引き連れて戻ってもらう算段である。
そしてサガは聖域の雑務をこなしながら、当たり前のように統括していた。
「―――それで。私はなにをすれば良いのかね?」
何も割当られていなかったから、当然聞いてみたのだが。
「「「 おまえは何もするな! 」」」
と、集中砲火を浴びるがごとく、異口同音に唱えられた。
随分な扱いだなと、うっすら開眼しかけたら、そのままサガに目隠しされる始末である。
「―――サガ、君もかっ!」と怒り心頭、ジタバタする私を、あっさりサガはそのまま抱えると、皆の前から連れ去り、執務室の一角で切々と、大人しくするようにお願いされてしまったので、皆のすることをぼんやりと眺めるという、今に至るのであった。
作品名:幾度でも、君とならば恋をしよう 作家名:千珠