幾度でも、君とならば恋をしよう
ぱちくり。
どうやら気を失っていたらしいとシャカはむっくりと起き上がり、違和感に気付く。
「ほう、どうやら……」
元に戻ったらしい。が、如何せん全裸はまずかろうと手っ取り早く空間からサクッと着る物を取り出し、身に纏った。そして少し離れた場所で「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り倒しているアテナに気付き、近づいたのだが。
「アテナ……」
「ああ、シャカ!よかった。あなたは元に戻ったのですね」
「ええ、おかげさまで」
うっすら涙目になっているアテナの真横に立って、面白い光景をばっちりと目を開けてシャカは眺めた。
「―――アテナ、これは?」
「いやあぁぁ、ごめんなさい、ほんとうに、ごめんなさい!!」
アテナの力、恐るべし。生温かい眼差しでアテナを眺めて、そしてまた双子に目をやる。
「どうした、どうした、何かあったのか?すんげぇ小宇宙爆発してたけどよ……な、なんじゃ、こりゃあ!?」
「サガ、何かあったのか?……うわっ」
「あ……」
ノコノコと遅れてやってきた年中組も思わず絶句するが、すぐにシャカに気付いて「元に戻ってよかったな」と告げる冷静さは持っていたようだ。
「んで?どうすんだよ、これ」
「ちょ、何これ、可愛いっ!」
「アフロディーテよ、そう突っつくものではない。一応、それでもサガとカノンなのだから」
「えー…だって、こんな可愛い双子なんて、この先見られないでしょ?」
「だな。最強の聖闘士もこれじゃ形無しだなぁー」
「すごいな、アテナがされたのか?」
「ご……ごめんなさい……」
ぐすぐすと洟垂れそうな勢いで途方に暮れているアテナ。こっちこそ泣きたいくらいだが―――とシャカは深い溜息を吐いた。
「君たち、ほどほどにしたまえ。後が怖いぞ」
年中組は互いに顔を見合わせて、一瞬沈黙するが。「でもぉ~」とアフロディーテは手を伸ばし、双子の片方を抱き上げた。きゃあきゃあと女子なみに黄色い声を上げているのを頭が痛そうにシュラは眺めて、デスマスクはもう片方の双子に手を伸ばしたが。
バシっと音がして、「あじゃぱーっ!」とデスマスクは軽く吹っ飛んでいった。
「そんな姿になっても君らしいな、サガ」
法衣の中から四つ這いで這い出てきたのはサガである。ただし、見事な赤子姿であった。赤ちゃんサガはプルンとしたおしりを披露しながら、シャカを見つめてにっこりと笑う。これぞエンジェルスマイルとばかりに。
「きゃぁ、可愛すぎます!」
すっかりサガに悩殺されているアテナに思わず「反省してください」とシャカは告げる。赤ちゃんサガはすっと小さな小さな手をシャカに向けて伸ばし「アー」と発した。
「抱け、と?」
「アー」
がっくりと脱力しながら、はいはいわかりましたとシャカは仕方なく、法衣にサガを包みながら抱きかかえた。
「どうするつもりかね、君はまったく……」
ペタペタとシャカの頬を触ったり、髪を引っ張ったり、したい放題している暴れん坊を前にシャカは溜息しかでない。とりあえず、元に戻るまで誰かが面倒みないと仕方ないのだろうなと遠い目をするシャカであった。
さんざんな一日だったな―――。
ぐったりと疲れ切ったシャカは寝台でスゥスゥと先に眠りについている悪魔……もとい、赤ちゃんサガを眺める。大体が赤子というのは快・不快の欲の塊である上に無駄にサガの意識もあるのか、べったりとシャカに張り付いて離れなかった。子ども慣れしているムウやアイオリアに押し付けようとしたが、徒労に終わったのはいうまでもない。
「アテナにはちゃんと早く元に戻すようにとは言っておきますよ」
目が笑っているムウにそんなことを云われても疑わしいばかりだ。
「今日は本当に……疲れた……」
早くサガが元にもどってくれることを願いながら、シャカは甘い眠りへと身を委ねた。
「―――おはよう」
「……はよう……サガ?」
「ああ、そうだが」
よかった。と言いかけたシャカだが、いつも目覚め時にされる当たり前のキスによって口を塞がれたものだから、何も言えなくなってしまった。いつもより長めなのはお預けを喰らっていた分もあるのだろう。十分に満足、とはいかないけれども「とりあえず」納得したらしいサガがようやくシャカを開放した。
「シャカ」
「何かね?」
シャカの顔にかかる髪を指の腹で優しく撫でるように除けながら、ぞくりとする蒼い眼差しでサガが見つめていた。
「お互い、元の姿に戻れてよかったな」
「本当に。君が赤子のままだったら、どうしようかと思ったが」
「そうか?まぁ、そうだろうな。だが、私はもしも、おまえがあのまま元に戻らなかったとしても、私はずっと大切に、慈しみ育て上げる覚悟でいたよ」
「嘘をつけ」
すっと身体を寄せてサガが耳元で囁く。甘ったるい声がくすぐったくてたまらない。
「本当さ。おまえが大人になった時、私もいい歳だろうなぁ……とか考えたら、少し切なくなったが」
「それで?」
「うん……私はもう一度おまえに告白して愛を請うんだ。いい歳したオッサンになっているから、フラれてしまうかもしれないがな」
「―――あのな、サガ……君は最初から幼児の姿であろうと問答無用に告白していたではないかね?」
「そうだったかな?」
「それに、君をフッたりなどしない。幾度でも、君とならば恋をしてみせると言ったであろう?」
サガは身体を離し、驚いたようにしばらくシャカを括目したが、フッと嬉しげに眼を細め、再びシャカを腕の中に納めた。くすくすと笑うものだから、息がかかってこそばゆい。シャカは懸命に離れようとするがぎゅっと抱き締められてしまい、どうにも逃げられなくなってしまった。
「図らずも、再び証明することになったな。私も……何度だっておまえに惚れるのだよ、シャカ。それこそ赤子にさせられても、間違ったりはしない」
「―――そこのところはある意味、感心するが。赤子の君の相手だけはこりごりだ」
「はははっ」
「笑い事ではないぞ、サガ。君は赤子になっても性質が悪い!いや、より性質が悪かった!」
愉快そうにますます笑うばかりのサガにシャカは呆れ返りつつも、何よりも落ち着くサガの体温と香りを楽しみながら、珍しくシャカからサガに口づけを与える。
まだ朝日は昇り始めたところだから、ほんの少しぐらい朝寝坊をするのもたまにはいいだろうとシャカを映すサガの蒼い眼差しに魅了されたようにサガに囁いたのだった。
Fin.
作品名:幾度でも、君とならば恋をしよう 作家名:千珠