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For the future !

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二年目九月下旬 アジア大会競泳競技第三日目



アジア大会が開幕して五日目、そして競泳競技第三日目の夕方、遙は凛とともに日本選手団用の宿泊棟の部屋から出ようとしていた。
凛が出場する男子バタフライ100メートルは明日、遙と凛が出場する男子フリー100メートルは明後日、メドレーリレーは明後日だ。
今日の午前中は男子フリー50メートルなどの予選が行われたあとにプールで練習し、昼過ぎに大会会場からバスに乗って選手村にもどってきた。
夜には決勝が行われるので、またバスに乗って試合会場に行ってもいいのだが、明日は凛が男子バタフライ100メートルに出場するので、この宿泊棟の二階の休憩施設に設置されたモニターで他の選手たちと本日の決勝レースを観戦するつもりでいる。
遙も凛も選手村での生活に慣れ、練習も順調にこなしてきている。
凛の調子は良さそうだ。
二人部屋から出る。
七人が生活するユニットには、今、遙と凛しかいないようだ。他の選手たちは試合会場や二階の休憩施設に行っているのではないだろうか。
ユニットから先に凛が出て、続いて遙が出た。
「松岡」
廊下に出てすぐに、凛に呼びかける声が聞こえてきた。硬い声だった。
そちらのほうを見る。
日本選手団の選手ではなくスタッフのひとりが近づいてきている。その表情はさっきの声と同様、硬い。
「話がある。ついてきなさい」
「……はい」
凛の顔つきが鋭くなっている。
不穏なものを感じ取っているからだろう。
なにか悪いことが起きているのではないだろうか。話の内容を知りたい。
そう思って遙はすがるような視線をふたりに投げかけたが、スタッフはその遙の視線を跳ね返すような硬い表情で黙っていて、凛はスタッフの顔をチラッと確認したあとに遙のほうを見た。
凛の表情から気遣われているのを感じ、遙は口を開く。
「俺は部屋にもどる」
いつもの声で淡々と告げた。
スタッフがこの様子であれば、凛は遙を一緒につれていくことはできないだろう。
そのことを凛に気にしないでほしかった。
凛は遙に軽くうなずいて見せると、ふたたびその顔をスタッフのほうへ向けた。
そして、凛とスタッフは去って行った。
ぽつんとひとり残された形になった遙は少しのあいだ離れていくふたりのうしろ姿を見送ったあと、踵を返し、部屋へと向かう。その手はいつのまにか拳に握りしめられていた。

凛とふたりで使っている部屋にもどった遙は落ち着かない気分でいた。
マンションから外に出てランニングするか、どこでもいいから泳げる大きさの水の中に入りたい。
しかし、凛には部屋にもどると言ってある。いつ凛がもどってくるかわからない。だから、遙はこの部屋から動けない。
話とはなんだろう。
遙は自分用のベッドに腰かけて考える。
静岡合宿でも仁川入りしてからも、凛の練習態度は真面目そのもので、タイムもいい。練習中以外もハメをはずすことはなく、問題行動は起こしていない。注意されるようなことはないはずだ。
まさか、身内に不幸があったのだろうか。
遙の胸のなかに暗く重いものが沈んでくる。
不安で、その気持ちを散らしたくても部屋から出ることはできなくて、凛がもどってくるのを待つ。
そんな時間がどれくらい過ぎたころだろうか、ドアが開閉された音を耳がひろった。
ハッとして遙は部屋のドアを見た。
あの音はこの二人部屋もあるユニットのドアがたてた音だろう。
他の二人部屋か三人部屋かを使っている選手がもどってきたのかもしれないが、凛がもどってきたのを遙は強く期待した。
やがて。
遙の視線の先にあるドアが開けられた。
凛が部屋に入ってきた。
無意識のうちに、遙は腰かけていたベッドから立ちあがった。
凛の姿をじっと見る。
その表情は厳しい。身体から発せられている空気はとがっている。怒りとイラだちを感じる。
凛は遙の近くまで来ると立ち止まった。遙の顔を見ている。だが、なにも言わない。
「凛」
遙は名を呼んだ。
「なにがあった」
視線で問いかけてみても答えが返ってこなかったので、口に出した。
それでも凛は一瞬答えるのをためらうような表情を見せた。話したくない内容なのだろう。
遙は強い視線を凛に向ける。
凛が口を開いた。
「明日発売される週刊誌に、俺の恋愛スキャンダルが載るらしい」
苦々しい表情で吐き捨てた。
作品名:For the future ! 作家名:hujio