For the future !
二年目六月中旬 ジャパンオープン
辰巳国際水泳場にて四日間にわたりジャパンオープンが開催された。
ジャパンオープンは、パンパシフィック選手権とアジア大会の日本代表の残り枠をめぐる争いにもなった。
前日。
公式練習が行われ、凛や遙など注目選手たちが報道陣からインタビューを受けた。
一日目。
男子フリー100メートルの予選。
一位通過は遙、二位通過は凛。
予選後のインタビュー。
七瀬遙選手「順当な結果だと思います」
松岡凛選手「次は絶対に一位を取ります」
報道陣のあいだでこのふたりは一緒にインタビューするとおもしろいと話題になっている。
男子フリー100メートルの決勝。
日本選手権水泳競技会の時と同じ展開で、センターレーンを泳ぐ凛と遙は一緒に泳ぐことで予選よりも速度を増し、他の選手たちとの差を広げていく。
そして、まやもや、ほぼ同時にゴールにタッチ。
ふたりが眼を走らせた電光表示板には、一位松岡凛、二位七瀬遙。
「っしゃあッ!」
凛は雄叫びをあげ、拳を突きあげた。
決勝後のインタビュー。
松岡凛選手「七瀬選手に勝って一位を取れたことは非常に嬉しいです。でも、日本新記録を樹立できなかったのは残念です」
七瀬遙選手「その日本記録保持者は俺だな」
松岡選手「おい、ハル、負けたくせに勝ち誇った顔してんじゃねぇよ!」
七瀬選手、無表情でそっぽを向く。
四日目。最終日。
男子バタフライ100メートル。
予選を四位で通過した凛は決勝では調子をあげて、日本選手権水泳競技会の時と同じ二位。
ジャパンオープン終了後、パンパシフィック選手権とアジア大会の残り枠に入った選手を含めて、代表メンバーが発表された。
翌日。
パンパシフィック選手権とアジア大会の代表選手たちが集合。
日本代表選手団というチーム作りのためである。
翌々日。
チームミーティングが行われ、そして、チームは一時解散。次回集合はパンパシフィック選手権直前合宿。
部屋に帰り着いてしばらく経った。
夕飯は他の選手たちとともに外で食べ、そのあと違う店にも誘われたが断って帰ってきた。
凛が先に風呂に入り、そして、今、遙が風呂から出てきた。
遙はいつもの無表情だ。
しかし。
ベッドに腰掛けている凛の横に座った。
ツンがほとんどのツンデレ遙のめずらしいデレ行動である。
ただし、その顔は凛のほうに向けられていない。
遙は凛を見ないまま言う。
「明日、オーストラリアにもどるんだな」
「ああ」
凛はうなずく。
さすがにオーストラリアにもどることにした。
「大会はオーストラリアだな」
ぽつりと独り言のように遙入った。
今回のパンパシフィック選手権はオーストラリアのゴールドコーストで開催される。直前合宿もゴールドコーストで行われる。
「壮行会があるし、合宿前にまた日本に帰ってくる」
「壮行会当日か?」
「そんなわけねぇだろ」
凛は軽く笑った。
あいかわらず遙は凛のほうを向いていない。
そんな遙に、凛は告げる。
「もっと早くに帰ってくる。ここに」
少し間があった。
それから、ようやく遙が凛のほうを向いた。
凛に向けられる遙の眼。
水のように澄んだ瞳。
その瞳が、今、少し弱々しげに揺れている。
遙が言わなければ凛にはわからない。けれども、遙が言わなくてもその表情からわかる場合もある。
今は、わかった気がした。
でも。
やっぱり。
「聞きてぇ」
本音が口から出て行く。
「ワガママでもいいから、聞きてぇ」
至近距離から遙をじっと見て、頼む。
「おまえの今の気持ち」
遙の瞳が揺れる。迷うように。
続けて、その眼が伏せられる。口が引き結ばれる。
困っている表情。
言いたくないのだろう。
相手の負担になるようなことは。
それでも。
凛はいっそう顔を遙のほうへ近づける。
「聞かせて、くれ」
ささやくように言った。
遙は黙っている。
しかし。
ふと、その顔をあげた。
だから、凛は少しだけ身を退く。
遙が口を開く。
「行くな」
凛の眼を見て、言う。
「さびしい」
その言葉と、その言葉どおりの気持ちを訴えかけてくる瞳が、心を打ち、貫いていく。
胸にわきあがってくるものがある。
まるで引力が生まれたように、眼に見えない力に引き寄せられるように、頭はなにも考えないまま身体が動く。
触れたくて、触れる。
その唇に自分のそれを重ねる。
体温があがる。
心地よさに酔いそうだ。
やがて、遙をベッドに押し倒した。
その身体に覆いかぶさるようにして、凛は言う。
「じゃあ、行かねぇ」
けれども、そのあと、顔を少しゆがめる。
「って言えねぇ。悪ィ」
遙が言いたがらなかった気持ちを言わせておいて、その気持ちに沿うことができない。自分は、やっぱり、明日、オーストラリアへ出発する。
「……わかってる」
静かな瞳が凛を見あげている。
「凛」
遙は名を呼び、続ける。
「早く、来い」
それから、少し笑った。
愛しい、と思った。
身体の芯が熱い。その熱に突き動かされる。
口づけを交わす。深く。
もっと、もっと、欲しい。
自分の熱をぶつけたい。遙の熱を感じたい。
服越しじゃダメだ。
シャツをたくしあげ、その下にあった素肌に触れる。感じさせたい。気持ち良くさせたい。その場所を探り当てて、そこに触れ、唇を落とす。
反応して揺れる身体。こらえきれなかったように漏れた吐息まじりの声を聞いて、その熱を感じて、興奮が高まる。
遙の足がじれったそうに動く。
こちらの気持ちも同じだ。
下半身に着ていた物を脱がし、こちらも脱ぐ。
遙の足のあいだに手をやり、太ももをなであげ、そして、触れる。
熱い。
「凛」
さっきとは違う熱っぽい声。
その顔を見る。
なにかに耐えるように眼は閉じられている。
いつもの冷静な表情はそこにない。
乱れている。艶めいて見える。
その顔のほうに、顔を近づける。
「ハル」
そう呼びかけたあと、首筋に口づける。
敏感になっている身体がビクッと揺れた。その反応に、こちらも身体がいっそう熱くなる。
「遙」
想いを告げる。
「好きだ」
作品名:For the future ! 作家名:hujio