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二階堂千鶴とゆかいなコロッケたち

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二階堂千鶴とゆかいなコロッケたち

著・おみずおいしい
 
 
 二階堂千鶴はあくびを噛み殺した。
 事務所行きのリムジンに乗っている千鶴は、つり革に掴まって涙を拭く。
 昨晩は中々眠れずに朝からこんな調子。それは近々仕事が増えてきているからだ。
 仕事が増えるのはいいが、その分考えることが増える。さらに不安も同じだけ増えた。
 夜中に家に帰ってから仕事の確認をしている内に外が明るくなるのが最近の日課になってしまっていた。
(ふぁあ……あ。いくら間に合わないからって、朝食くらい食べてくるんでしたわ)
 今日はそれが一段とひどく、ついには徹夜。あくびが止まらなかった。
 脳みそに薄い膜が張っているようで、うまく考えられない。
(……冷蔵庫に……コロッケがあった……のに……)
 立ったままウトウトと、ウトウトと…………………………。
 左右に揺さぶられて飛び起きると、反射的にリムジンから降りた。
 安堵の息をつく。それから、あっ、とあたりを見回した。
 リムジンが止まったからといって目的の駅についたとは限らない。
「あーー……やってしまいましたわ」
 嫌な予感は的中していた。いつもの駅とは違う、見たこともない駅のホームに立っていた。
「というか、ここ、ホントに駅……?」
 千鶴はやけに冷静になって駅のホームを見渡した。駅のホームの形なのは間違いない。だが色はきつね色で、さくさくした物質がホームを形作っていた。
「どこのコロッケだ!!」
 突然の怒声に振り返ると、目を丸くした。
 きつね色の衣をまとったなだらかなタマゴ型。それは紛れもない、肉厚のコロッケだった。
 人間大のコロッケからは白い手足が生えていて、目も口も鼻も見当たらない。身の丈ほどもある鋭いフォークを構えていて、まるで子供向けの絵本にでも登場していそうな見栄えだった。だが、そのフォークの鈍い光沢と鋭さは現実のものだ。
「お前、見慣れない衣をきてるな……来い!」
「ああ、なるほど。わかりましたわ」
 威嚇されているのに千鶴は意地悪な笑みをこぼした。
「これ、ドッキリでしょう。カメラはどこ? わたくしを騙そうとするならば、もっとゴージャスにしてくださらないと! こんな子供だましなキグルミを使うのではなくて、視聴者の皆様にも喜んでいただけるってアッツイですわぁあーー!!!」
 手をさすって飛び退いた。触った衣はアッツアツで揚げたてでジューシーだった。
「えっ、ほんもののコロッケ?!」
「連行しろ!!」
 それを合図にきつね色の駅の壁を突き破って、コロッケ3個が雪崩れ込んできた。


 連れて来られたのはきつね色の城が中心にそびえるクロケット王国。
 城下町を抜けて連行されたのは、豪奢でだだっ広い国王の謁見の間だった。
「イタッ! 女性を乱暴に扱うなんて、男性として恥ずかしくないのですか!」
 両腕を捻り上げられて跪かされる千鶴。首にはフォークがクロスして押し付けられていた。
「このようにわけの分からないことを口走るばかりで、素性が全くわかりません」
「あなた方のほうがオカシイですわ! わたくしは、あの! 765プロミリオンシアターの二階堂千鶴ですのよ! この、高貴で、エレガントで、ゴージャスなわたくしを知らないなんて! ……少なくとも商店街のみんなには知れ渡っていますわ」
「そなた、その衣はどこで……?」
 驚きの声を上げたのは、目の前には王の椅子に腰掛ける国王クロケット人。もこもこの付いたマントを羽織り、頭らしき所にはピカピカの王冠。白ひげが生えていて、他のコロッケにはない威厳がある。
「え? これはジャスコのバーゲッ、シャネルで購入した一点物のワンピースですわ」
「それにそのつるつるの肌……もしや人間か?」
 人間という単語に場がざわつく。すぐに国王が黄金のスプーンを少し掲げると千鶴の拘束が解かれる。
 千鶴は困惑しつつ立ち上がると、そこに居るコロッケたちがひざまずいて頭らしきものをたれる。それまでの高圧的な態度から一変、千鶴を称えるような雰囲気になっていた。
「な、なんですか?」
「ご無礼申し訳なかった。まさか伝説のメスムンバンカ様だとは……!」国王までもが跪いる。
「メス? コロッケ語ですか? よ、よくわかりませんが、わたくしのゴージャスさにひれ伏しているのだけはわかりますわ! おーっほっほっほゴホッ! ゴホッゴホッ?」
 しん。
 こほんと咳払いをすると、パチパチと拍手が起きた。
「すばらしい。今のはなんでしょうか」
「これは、一流の、高貴、人間だけが、許される、やつ、ですわ」
「なるほど。私には真似出来ません」
「そ、そうでしょう? ……オホホ」
 千鶴はとても複雑な笑みで顔を赤らめた。
 国王は居住まいを正して、千鶴を見上げる。
「メスムンバンカ様、どうか我々に勝利をもたらしてくだされ」
「なんの話ですの」
「我がクロケット王国はこの10年間、ソースクロケットによる反逆が起きております」
(きのこたけのこ戦争のようなものでしょうか)
「ちょうど10年前、我が国のコロッケ達により【ソース】が開発されました。それは一部のクロケット人を虜にして、身体を支配してしまいました。
 それからというもの、彼らは私たちをその黒い魔物に引きこまんとかどわかしてくるのです。心奪われたが最後、汚れに支配されて、正常ではなくなってしまうのです……そうその姿はまさに……悪魔」
 重たい空気が頭をもたげてくる。
(ソースって、わたくしが知っているおソースのことではなくて別の意味なのかしら……これもコロッケ語なのでしょうか?)
 千鶴が尋ねようか迷っていると、国王が先に口を開いた。
「そこでメスムンバンカ様に助けて欲しいのです。ソースコロッケたちに、ソースなど必要ないと思わせて欲しい。ありのままの姿が一番であると、正気に戻して欲しいのです」
「ちょっとまってください」千鶴は思わず遮った。「話が大きすぎませんか? 10年かわらなかったひと、コロッケの心を動かせと?」
「いいえ、貴方にならばできます。それにすべてを解決したら元の世界に戻れてお仕事にも間に合うという言い伝えがあります」
「絶対今考えたでしょう」
「言い伝えによればメスムンバンカ様はここ最近、スーパーの試食品めぐりに精を出しておられるという言い伝えもあります」
「え、なんで知っ――」
「言い伝えによれば試食品をタッパーに詰められるんじゃないかと真剣に考えて実際に手提げにタッパーとジップロックを5つほど」
「まーーーーったくしょうがありませんわね! そーんなにわたくしが必要ならばやってやりますわ! この一流アイドルの二階堂千鶴がね!」
 胸を張ってビシィ!と指差し。まるで言葉を遮るように叫んで啖呵を切った。
「おお、やってくださるか! ありがとうございまする」
 クロケット人はさくさくした衣を恥ずかしげもなく振り乱して喜びを表した。
 パーティー開場のようになった謁見の間。千鶴は自分で引き起こしたどんちゃん騒ぎを、満足そうに咳き込みながら見渡した。
 その満面の笑みは高貴な引きつりをみせていた。
(厄介なことになってしまいましたわ)

 ▽

 その満面の笑みは派手な絶望をみせていた。